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第六十八章 秘密のメッセージ

 ゲーム生活、10日目。

 今朝は、久しぶりにいい目覚めだった。


 昨日の寝床については迷ったが、赤い部屋に大きな冒険者鞄でベッドをもう一つ持ち込んで、リンゴと二人で寝ることにした。

 真っ赤な部屋で寝るのは勇気が要ったので、リンゴに部屋の落書きをさせてみたら、これが大成功(前衛芸術的に)。

 まあ壁がどうなっていようと目をつぶってしまえば同じ、という真理に達して、俺はさっさと寝ることにした。


 赤い部屋はどうやらストレス系のトラップ部屋だったらしく、夜中、テーマパークのネズミみたいな耳に優しくない声で、「あなたは|好きですか?」とかしつこくささやかれたのだが、眠かったので無視したらあきらめたようだった。


 ただ、それで部屋は何とかなったとしても、このままくまのぬいぐるみを放置していれば何が起こるか分からなかったので、俺は一計を案じた。

 目を離すといきなり出てきて脅かされそうだったので、抱いて寝ることにしたのだ。

 窮鳥懐に入らば猟師もこれを撃たず。

 何か根本的に間違ってるような気もしたが、くまは結構いい抱き心地だった。



 とはいえ、清々しい目覚めなのは何も充分に眠れたことだけが理由ではない。

 昨日は、成果の多い一日だった。

 多くのクエストをクリア出来たし、そのいくつかではゲームの時以上にいい形でクエストクリアが出来たという確信がある。


 『ミハエルの青い鳥』では青い鳥を死なせずにクエストクリア出来たし、『ドキッ! 貴族だらけの殺人事件』ではリチャードの父親以外に一人の犠牲も出さずに事件を終息させられた。

 これはクエストをこなしたこと以上に価値のある成果と言えるだろう。


 俺はどうしてもこの世界をゲームと同じ感覚で捉えてしまうが、ここはゲームであると同時に現実でもある。

 この世界に生きている人間はデータの塊ではなく、生身の人間なのだ。

 その人たちをゲームの知識で救うことが出来たのであれば、これは喜ばしいことだと言える。


 イベントの流れを利用しつつも、ゲームとは違う所で干渉して、本来のイベント以上の成果を出す。

 この基本方針が間違っていなかったという自信にもつながった。


 それに、戦力強化という意味でも実りの多い一日だった。

 家に戻ってから、各種武器と属性の熟練度を上げたこともそうだが、クエストでの報酬で色々といい物が手に入った。


 特に殺人事件の報酬だが、あれはグレッグの殺人をどの段階で止められたかでもらえる品が異なる。

 捜査の行動は本来であればリチャードが死んでからでなければ解禁されない上、グレッグが犯人だと宣言するためには証拠やキーワード集めなど複雑な手順を踏まなければならないのだが、この世界ではそういった制限はない。

 今回は、ゲームでは助けられないはずのリチャードまで助けたため、報酬もワンランク上の物になった。


 中でもHPとスタミナの上限を大きく上げる、『不撓不屈の首飾り』は予想外の戦果だ。

 早速装備させてもらったが、それだけでなんとなく強くなったような気がする。

 流石貴族様のクエストだと言っておこう。


 俺が首飾りをいじりながら悦に入っていると、リンゴが話しかけてきた。


「…ソーマ、ごきげん?」

「ん? ああ、そうかもな。

 というか、よく分かったな」


 そんなに表情に出てるだろうか。

 俺は思わず自分の顔をなでたが……。


「…えだげ、はねてるから」

「それはただの寝癖だ!」


 勝手に俺の髪の毛におかしな機能をつけないで欲しい。

 リンゴの指摘を受けて、俺は今度は顔ではなく髪をなでつけた。

 一応全面鏡張りの部屋で身だしなみは整えたのだが、鏡の中の自分が俺とは違うポーズを取り始めたので、早々に抜け出したのだ。


「まあでも、ご機嫌なことは確かだよ。

 昨日はいい物が手に入ったからね。

 ほら、これとか」


 俺は、『ミハエルの青い鳥』の報酬でもらった魔法書を見せた。


「…これ?」

「ああ。ずっと狙ってた魔法書だよ。

 『ラストヒール』って魔法で、詠唱時間がやったら長いが、物凄い効果がある」


 ちなみに魔法書の副題は『霊鳥の最後の祈り』。

 クエスト内容を考えるとそこはかとない悪意を感じるが、まあ死ななかったんだからいいだろう。


「…ものすごい?」

「ああ。使うとでっかい青い鳥のエフェクトが出てきて、30秒もかけて術者から半径3メートルの人たち全員に、各種の回復、補助効果をかけてくれるんだ」


 ちなみにこの魔法、このクエスト以外では手に入らないある意味での専用魔法だ。

 キャラクターを殺さないと手に入らないクエストにレア魔法を配置する辺り、製作者の底意地の悪さは筋金入りだと言えよう。


「まあ、そのエフェクトが出て来てる30秒の間、スキルと魔法が使用不可能な上、身動きが出来なくなるっていうちょっとした欠点はあるけどな」

「……ちょっとした?」


 リンゴの、ぼんやりとしている割に案外鋭いツッコミが入る。


「い、いや、長いエフェクトっていうのは決して欠点ばっかりじゃないんだぞ?

 ほら、大太刀の最強技だって、武器スキルの中でトップクラスのエフェクトの長さだけど、あれだって使い方次第では役に立たないこともないこともないなんてことはないかなー、なんて……」


 これからお世話になる予定の魔法である。

 俺はラストヒールの弁護をしてやろうとしたが、リンゴの澄んだ目の前にはどんな言い繕いも通用しない気がした。

 俺は色々あきらめて、話を逸らす。


「…ええと、ほら。

 それはともかく、今日はみんなに引っ越しの報告をしようかと思ってるんだ」

「ほうこく?」


 興味を示したらしいリンゴの言葉にうなずく。


「ああ。この街で少しだけ知り合いが出来たけど、みんなまだ俺たちがどこに住んでるか知らないだろ。

 だから、ちゃんと教えとこうと思ってさ」


 正直、昨日は充分過ぎるほどに動いた。

 しばらくは家にこもって、ひたすら待ちの姿勢を取るのもいいだろうと思う。


 や、これは別に、リンゴが冷たかったから活動する元気がなくなった訳ではない。

 難攻不落の城に攻め入るのは難しい。

 そういう時はどっしりと腰を据え、相手が招いてくれるのを待つという手もある。

 駆け足の解決をあきらめて、じっくりと腰を据えて解決した方がいい事案も存在するということだ。


 リンゴも、これには特に異論はなかったらしく、


「…いく」


 無表情ながら、乗り気の姿勢を見せる。

 まあ、やる気があるのはいいことだ。


「じゃ、まずはバウンティハンターギルドから回ってみるか」


 こうして俺たちは、一日遅れの引っ越しのあいさつ回りに向かうことにしたのだった。




 前に泊まった宿屋二つの主人にその娘のアリスさん、バウンティハンターギルドの職員やポイズンたん、アイテムショップの店員さんやこの前の依頼で仲良くなったミハエル君親子、それに『迷子の道標』のケニーとアニーの兄妹にも引っ越しの報告をした。

 場所を説明するのが大変かと思っていたが、その必要はなかった。

 俺たちの住んでいた屋敷は長らく買い手がつかなかった『謎の猫耳屋敷』として、この街で有名だったらしい。


 名前の由来?

 俺も気付かなかったが、屋敷の上にはしゃちほこのような置物があって、それが遠くからだと猫耳のように見えるらしい。

 スタッフめ、どんだけ猫耳が好きなんだと言ってやりたい。


「…これでおわり?」


 ケニーたちと別れた後、リンゴがそう声をかけてきた。


「いや、まだだ」


 まだ、一番の大物が残っている。


「喜べ、リンゴ。

 お前の大好物が食べられるぞ」





「おばちゃん、リンゴ二つ!」


 という訳で、やってきたのはもちろん八百屋である。


「あんたもまたよく来るねぇ……」


 八百屋のおばちゃんには呆れられてしまった。

 けれど、やっぱり情報と言ったらここだと思うのだ。


「まぁた王女様の噂でも聞きに来たのかい?」


 苦笑しながら言うおばちゃんの言葉に、俺もまた苦笑で返した。


「そんな、いつもいつもって訳じゃないですよ。

 今日は、引っ越しの報告に来たんです」


 そう言って俺たちが『猫耳屋敷』に住んでいると告げると、おばちゃんはすぐに理解してくれた。

 『猫耳屋敷』はやはり相当に有名なようだ。


「それにしても、あんたらがねぇ……」

「と、ところで、最近何か新しい噂は?」


 おばちゃんほどの事情通になると、あの家が2000万Eしたことも知っているのかもしれない。

 俺は話を逸らす意味もあって、おばちゃんに最近の話を頼んだ。

 話したがりのおばちゃんのことだ。

 俺が話を逸らしていると知っていても、乗ってきてくれるだろうという思惑があった。


「そうさねぇ。

 冒険者のあんたにしてみれば、最近急に活躍し出したメイスを持った撲殺少女なんてのも気になるんだろうけど、今日の噂と言ったらなんと言ってもあれだねぇ」

「ああ、あれ、ですか」


 俺が視線を『そっち』の方へ向けると、おばちゃんはうなずいてみせてくれた。


「その様子じゃ、あんたももう知ってるみたいだね」

「はい。というか、むしろ詳しいかもしれないです」


 その噂については、引っ越しの報告の時に他の人にも散々聞かされていたし、もはやこの街で一番詳しいと言ってもいいんじゃないかと思う。


「広場に描かれた謎の図形、のことですよね?」

「そうそう、それだよ!」


 やっぱり話をしたかったんだろう。

 おばちゃんは声をひそめながらも詳しい話を聞かせてくれた。


「状況的に、昨夜の夜に仕掛けられたらしいんだけどね。

 まあ、一応危険はないらしいよ」

「え、そうなんですか?」

「ま、騎士団が調べた限り、だけどね。

 別に魔法がかかっている訳でもないし、どんな効果なのか移動させることは出来ないけれど、壊すことは出来る。

 何かの召喚陣だとしても、今はもうほとんど壊しちまったから危険はないそうだ。

 って訳で、騎士団も不可解ながらも目立ちたがり屋による悪戯の線で決着をつけるつもりだったんだよ」

「……その口ぶりじゃ、そうはならなかったんですね?」


 ここからが俺の聞きたかった情報だ。

 俺が思わず身を乗り出すと、おばちゃんはにやりと笑った。


「ああ。そこで出て来たのがおまえさんの気にしてる王女様だよ。

 どうも、自分の家の前を荒らされたのが相当気に食わなかったらしくてね。

 絶対にその犯人を自分の前に引っ張ってこいって、えらく興奮して言ったそうだよ」

「…なるほど、そうですか」


 俺は沸き立つ心を抑えて、相槌を打つ。


「そもそも、あれを図形だって言い当てたのも王女様なんだよ。

 あたしなんかが見たって、変なもんが置かれてるなくらいしか思わないんだけどね。

 高い所から見ると、なんかの記号だか字だかが書かれてるんだとか」

「なるほど、マスゲームとかの要領ですね。

 それで、犯人を見つける目処は立ってるんですか?」


 俺の質問に、おばちゃんは顔をしかめた。


「それはどうかねぇ。

 ただ、図形を解読した所によると、犯人は『ミカミ』って野郎らしいよ。

 だけどあたしが見た時は、もう半分以上片付けられちゃった後だからねぇ。

 どうしてそうなったのかまでは……」

「あ、俺、あの図形の並び、実は書き写してました」


 そう言って、俺は一枚の紙をポーチから取り出した。


「本当かい!?

 それは是非見せてもらいたいね!」

「いいですよ。ええと、王女様の部屋から見える角度だと……こんな感じですかね」


 そう言いながら、俺は紙を傾けておばちゃんに見せた。

 それを見たおばちゃんは、ううむ、とうなる。


「なるほど。

 こりゃあ確かに犯人はミカミって奴だね!

 ほんと助かったよ!

 今すぐゴシップ仲間にもこの情報を流さなきゃ!」

「いえいえ、いいんですよ。

 俺も、この犯人には早く捕まって欲しいですから」


 そう言って俺が手を振ると、おばちゃんが表情をくもらせた。


「ほんとにそうだよねぇ。

 騎士団が、うまく捕まえてくれるといいんだけど……」

「大丈夫ですよ。

 あんな物を大量に手に入れたらきっと足が付きますし、夜にやったんだとしても少しくらい目撃者はいるでしょう。

 きっと、犯人はすぐに捕まりますよ」


 そこで俺はおばちゃんに別れのあいさつをすると、リンゴを両手持ちして食べているリンゴを促し、その場を後にする。

 その途中、背後から、



「それにしても、どうしたってあんなドクロを広場になんて……」



 というおばちゃんの声が聞こえて、すぐに雑踏に紛れて消えていった。


「じゃ、屋敷に帰ろうか」


 とリンゴに言いながら、俺はなんとなく、おばちゃんに見せた紙をもう一度取り出してみた。

 当然ながら、何度見ようと書かれた文字が変わるはずはない。

 俺の視線の先、手の中の紙には、



「ま、お前じゃなけりゃ、これを『さんじょう』とは読まないよな、真希」



 昨夜広場に置かれたドクロの並びと同じ、『オレ三上』という文字が躍っていた。


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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
― 新着の感想 ―
[一言] 「※このドクロは依頼終了後、スタッフが責任を持って移動させました。」 ってガチの移動かよ!? メイスを持った撲殺少女が知り合いぽい気がする・・・
[一言] 赤い部屋懐かしいな あなたは赤い部屋が好きですか
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