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第三十章 トラウマ

 アクセサリー屋の店内。

 嫌な記憶をよみがえらせてしまった俺は、思わず顔をしかめていた。


 プロポーズイベントと、そこから派生する最悪のイベント、『魔王の祝福』。

 これはいまだに、俺のトラウマの一つである。



 このゲームの売りの一つに結婚イベントがあって、キャラが立っているNPCのほとんどとは結婚が出来るようなシステムになっている。

 『猫耳猫』の世界がよほどスーパーフリーな世界観なのか、単に男キャラと女キャラでイベントを変えるのが面倒だったのかは知らないが、このゲームで結婚出来る相手は多岐に亘る。

 性別や種族差は無視で、結婚可能キャラ相手なら誰とでも何人とでも結婚出来るし、結婚によるペナルティは基本なし。

 しかも、その相手毎に結婚ボーナスでアイテムやスキルをもらえたりするのだから、これはもうやらなくては損、ということらしい。


 結婚イベントを発生させる方法は簡単。

 まず、指輪系のアクセサリーをプレゼントして、それを指にはめてもらう。

 その状態でモノリスの前で『大事な話がある』と相手に切り出した瞬間、告白フェイズに移る。

 そこで告白の言葉を口にして、その時に相手の友好度が100以上あれば、告白成功。

 無事にプロポーズ成立となる。


 ただ、プロポーズ成立=結婚とはならない。

 それがこのゲームの性格の悪い所で、『猫耳猫』の『猫耳猫』たる所以だ。


 プロポーズを終えると、今度は自動的に結婚の誓いを立てるイベントに移行するのだが、誓いの言葉を口にした瞬間、空から魔王の声が聞こえてくる。


 そしてまず魔王は、結婚相手に『不老不死の祝福』を与える。

 これは回避不能で、この『祝福』を受けたキャラクターは完全に静止し、まるで時間を止められたかのような状態になる。

 それはいかなる回復手段をもってしても治せないし、その間は死ぬことも老いることもないが、何をすることも出来ない、生きた彫像のようになってしまうのである。


 つまりプレイヤーが結婚をしようとした瞬間、その最愛の相手が石化させられてしまうようなもので、これを見たプレイヤーはまず呆然とする。


 しかし、魔王の『祝福』はこの程度では終わらない。

 次には『プレイヤーが永遠に愛を貫けるよう』にという名目の下、結婚相手以外の『結婚可能なキャラクター』全てに、結婚相手にやったのと同じ『祝福』を与え、強制的に他人と結婚をすることを禁じるのである。


 そして、『仲間として連れ歩けるキャラ』というのは大抵が『結婚可能なキャラ』であるため、プレイヤーが仲間と冒険している場合、その仲間たちも高確率でこの『祝福』を受ける。

 停止状態になったのは結婚相手だけだと思っていたプレイヤーは、『祝福』を受けた仲間やなじみのキャラを見て、二度目のショックを受けるのである。


 更に更に、このイベントの恐ろしい所はそれだけではない。

 このプロポーズはモノリスの前でしか出来ないというのはさっき述べた通りだが、そこには理由があるのだ。

 プロポーズイベントの説明には、さらっとこういう注意書きが書いてある。


『プロポーズイベントを起こすと、自動的にデータがセーブされます。イベントの結果にかかわらず、やり直しは出来ませんのでご注意下さい』


 つまりこのイベント、発生させるとデータが自動セーブされて、やり直すことが出来ないのである。


 しかもこのゲームはMMO仕様でデータが一つしかない。

 失敗したからバックアップデータでプレイ再開、なんてことは出来ないのだ。

 プレイヤーは結婚相手にするくらい親しんだ仲間を失い、更にほとんどの主要なキャラが機能停止した状態で、冒険を続けることを余儀なくされるのである。


 もちろんプロポーズをする時点でこんな最悪なイベントが発生するなんて予想出来るはずもなく、ネットなどで事前に情報を仕入れていないプレイヤーは当然のようにこの罠に引っかかり、驚愕し、絶望し、そして激怒した。


 その反響は凄まじく、あるネットの掲示板には、このイベントに文句を言うためだけの、専用のスレッドが立ったほどだった。

 というか、イベント失敗のペナルティならまだ分かるが、成功させてのこの所業。

 しかもリセットによるやり直し不可なんて、性格悪いとかいう次元の話ではないだろう。


 かくいう俺もこれに引っかかったクチで、その時はショックのあまり衝動的にデータを消してしまい、三日間は『猫耳猫』に触ることもしなかった。

 ……逆に言えば四日目で立ち直って、また最初からゲームをやり始めたということだが。


 とはいえこの衝撃はやっぱり尾を引いて、完全なトラウマ体験になった。

 俺がほとんどソロでプレイをしていたのは、実はここにも理由がある。



 しかし、である。

 このように『魔王の祝福』イベントは『猫耳猫』プレイヤーの阿鼻叫喚の地獄を生んだが、このイベントは『猫耳猫wiki』における八段階の危険度ランクにおいて、下から数えて三番目、つまり三番目に危険が少ないとされるCの評価が下されている。


 これほど話題を呼んだ悪意の塊のようなイベントなのに、どうしてC評価なのか。

 なぜかと問われれば、理由は三つほど挙げられる。


・ソロ前提でゲームを進めれば、ストーリーの進行自体は(パッチを入れれば)問題なく出来ること。

・事前に情報を持っていればイベント発生を回避することが容易であること。

・解決手段が非常に想像しやすく、そこにひっかけがないこと。


 と、こんな感じだ。

 一つ一つ説明していこう。



 まず、第一の要素についてだが、このイベントで起こるデメリットというのは、所詮ほとんどの仲間が使えなくなる程度でしかない。

 店のキャラは大半がモブなので各店舗の利用はほとんど問題ないし、ストーリーイベントは(パッチを入れれば)このイベントによってキャラクターがいくらか固まったままでも進行するようになっている。

 熟練した『猫耳猫』プレイヤーであればソロでゲームクリアくらいは余裕でやってのけるので、このイベントのリスクは致命的とまでは言えないのである。


 いや、まあ正確な所を言えば、ver1.00の時点ではゲーム序盤であの結婚イベントを起こすとゲームクリアが不可能になったりもしたのだが、それ以上にひどいバグを起こすイベントが他にたくさんあったため、その時もそこはあまり問題にならなかった。


 こんな風に言われてもピンと来ないかもしれないが、例えばリスクだけで言うなら『ミノたん留守の大迷路』とかいうふざけた名前のダンジョンなどはこれ以上にやばかった。


 このダンジョンはその名の通り広大な迷路なのだが、お助け要素として、この場所専用のクエストアイテムを使うことで迷路をランダムに変化させられるのだが、ver1.11までそのクエストアイテムの使用回数を補充する方法がなかった。

 普通ならそれでもいいのだが、問題なのはランダムに作られた迷路に時々、構造的にどうやっても出口に辿り着けない迷路が生まれる場合があることで、しかも、そのダンジョンの休憩所にセーブポイントがあるという事実が最悪の悲劇を生んだ。


 つまり、クエストアイテムの使用回数0の時に出口に辿り着けない迷路が出て来て、更にその時にセーブをしてしまうと迷路脱出不可能となり、完全に詰んでしまうのである。

 こうなればプレイヤーに残された選択肢は、絶対に辿り着けない出口を探して永遠に迷路をさまよい続けるか、セーブデータを消去して最初から始めるかしかない。

 これは泣ける。


 クリア不能バグがあるということで、俗に『ミノたんのお留守番トラップ』と呼ばれたこのクエストは、パッチ適用前はBランクの栄誉を賜っていた。

 パッチによってクエストアイテムの使用回数は増やせる仕様になったので、現在のランクはDである。



 さて、二つ目の理由を説明すると、この『魔王の祝福』イベント、プロポーズさえしなければ発生しないのだから、事前に情報を知ってさえいればこんな地雷イベントを踏み抜くことなどありえない。

 これは『リザードマンの罠』と同じ、所謂『初見殺し』と呼ばれる類のイベントであり、逆に言えば熟練者は鼻歌交じりに回避することが出来る。


 ゲームクリアする上では避けて通れないストーリークエストとか、砂漠を歩いていると前触れなく発生して回避もほとんど不可能な『砂漠に巻き起こる突発的死亡遊戯』と恐れられる竜巻なんかと比べれば、格段に危険度は少ないと言えるだろう。



 そして最後、このイベントは解決方法が明確で明快である。

 わざわざ魔王が敵役として登場していて、『人の身では解けない』とヒントまで出していることから分かる通り、この『祝福』の解除方法はラスボスである『終末呼ぶ魔王』の撃破なのだ。


 中盤以降、クエストの性格がどんどん悪くなっていく中で、こうも素直に解決手段が分かるというのも逆に珍しいかもしれない。

 例えば王都リヒテルで受けられる『ミハエルの青い鳥』というクエストは、バグなし、戦闘なし、報酬よしと好条件がそろっているのに、そのあまりのひねくれ具合から特別にCランクとして扱われている。


 このクエストは病気のミハエル君のために、不思議な力を持つという青い鳥を探してきてくれ、と彼の母親に頼まれる所から始まるのだが、これがなかなかの曲者クエスト。

 町の各所を回ってミハエル君の病気に効きそうな物を持っていくと、だんだんとミハエル君が元気になって、その度に「庭でこんな物を拾ったんだ」みたいなことを言ってミハエル君から青い鳥の羽根をもらえる。

 そこでプレイヤーはクエストが順調に進行していると判断し、どんどんミハエル君の病気を治していくのだが、そうすると最終的にミハエル君が元気になるだけで、クエスト自体は失敗してしまう。


 このクエストをクリアするためには、町の各所を回って、明らかにミハエル君の身体に悪そうな・・・・アイテムを持っていかなくてはならないのである。

 そうするとミハエル君はどんどん弱っていき、それを何度も繰り返すことで、最後にはミハエル君のベッドで息絶えた青い鳥の死骸を発見することが出来る。

 そこで、実はミハエル君の正体は『息子をなくした女性のために彼女の子供になりきっていた青い鳥』だったという衝撃の真実が明らかになるのだ。


 ちなみにその後、


「約束だから報酬は払うわ。

 でも、二度とわたしの前に姿を見せないでちょうだい。

 ……こんなことなら、あなたたちに頼み事なんてするんじゃなかった」


 とミハエル君の母親に言われてクエストクリア。

 このクエスト作った奴、絶対悪魔か何かだと思う。



 と、まあそういうクエストと比べると、この『魔王の祝福』イベントは実に素直である。

 このイベントは確かに結婚の大きな障害ではあるが、魔王を倒してしまえば全てが綺麗に元通りになるし、魔王を倒してから結婚イベントをやればそもそも『魔王の祝福』イベント自体が起こらない。

 結婚し放題だからハーレムだって作れますよ、みたいなことを製作者がコメントしていたと思うが、それは確かに事実ではあるのだ。


 しかしそもそもなぜ、結婚イベントの前に魔王を倒させる必要があったのか。

 無理矢理にでもここからゲーム製作者の意図を汲むのなら、彼らはこう言いたかったのだろう。


「結婚なんてしてる暇あったら先にゲームクリアしろよ」


 そして、それに対するプレイヤーの返答は、きっとこうだ。


「じゃあそれ口で言えよ!」


 少なくとも、俺はそう言ってやりたい。



 ま、その辺りの真相は分からない。

 一説には結婚出来ない『猫耳猫』スタッフがもてない男の僻みを込めて作ったのがこのイベントだとまことしやかに言われたりもしているが、とにかくこのイベントも、最終的には大多数の『猫耳猫』プレイヤーたちに受け入れられた。


 というか、発売から時間が過ぎてもこのゲームをやるような人間は、その程度では驚きもしない訓練された『猫耳猫』プレイヤーか、あるいは『猫耳猫』がひどいゲームだと知っていて怖い物見たさで始めたプレイヤーばかりだったので、このレベルのことでいちいち文句をつける人間はいなくなったのだ。


 例えば今の俺がこのイベントに引っかかったとして、


「なっ! 猫耳猫! またやりやがったのかぁ!!」


 と一回叫んだ後、


「ま、それはそれとして……。固まってる奴のアイテムとか奪えないかなぁ」


 みたいな感じで、数秒で気持ちを切り替えてプレイ続行するレベルでしかない。

 『猫耳猫』に慣れれば誰しもがそうなってしまうのだ。


 たまに初見のプレイヤーがこのイベントに引っかかってネット掲示板に愚痴を漏らすこともあるが、


「そのくらい『猫耳猫』ではデフォ」

「いや、つうかこれってそういうゲームだからww」


 みたいなコメントをもらって退散する、なんてこともほとんど風物詩と化していった。




 長々と解説してしまったが、一言でまとめるとこんな所だ。


『他のイベントも色々ひどいから、みんなあんまり気にしなくなった』


 実に最悪の理由である。




 とはいえ、『魔王の祝福』のイベントが悪辣で、バグのないイベントの中では抜群にプレイヤーに与える害も大きく、他のイベント以上に精神的に打撃を与えてくる物だということは確かだ。

 だが、それを分かっていてなお、魔王を倒す前にわざとプロポーズをして、この『魔王の祝福』イベントを起こすような人間も結構な数いる。

 デメリットしかないと思われがちなこのイベントだが、実はこのイベントを起こすことでしか手に入らない、レアなスキルが存在するのだ。


 最愛の相手が『魔王の祝福』を受けることで習得出来る特殊スキル、『憤激の化身』。

 まるでこのイベントに引っかかって怒り狂ったプレイヤー自身を示しているような名前だが、このレアスキルは『猫耳猫』においてもバランスブレイカーになりかねない力を持っていた。



 『憤激の化身』は、おひとり様専用スキル、なんて揶揄される特殊なスキルで、二十四時間に一回しか使えない上に、近くに仲間、つまり敵対していないNPCがいる場合は使用出来ない。

 ただしその分、その効果は実に劇的だ。


 発動させてから三十秒間、プレイヤーの基礎能力値を全て三倍にまで引き上げるが、その後の三十秒間は、逆にプレイヤーの基礎能力値を百分の一にまで下げてしまう、という色々な意味でとんでもない壊れ性能。


 スキルの対象になるのは基礎能力値なので、武器や熟練度による補正には影響しないが、それでも十分すぎる性能だ。

 基礎能力値をいじる魔法は希少で、しかも上級クラスの魔法でも、魔法をかけた相手の筋力を50%増やす、という程度が精々なのだから、このスキルの効果は正に桁が違うと言っていい。


 これを習得出来れば、この世界で生き抜こうとしている俺にも大きな力をもたらしてくれるだろう。

 だが、だからといって……。


「あ、あの、ごめんなさい。

 もしかして、何かつらいこと、思い出させちゃいましたか?」


 目の前で泣きそうな顔になって頭を下げる、イーナのような女の子を物言わぬ彫像に変えてまで、それを覚えようなんて欠片も思わない。


「ああ、悪いイーナ。

 イーナが気にするようなことじゃないんだ。

 ただ……」


 さっき、『魔王の祝福』イベントがいまだにトラウマになっていると言ったが、俺の心に引っかかっているのはそのイベント自体のことよりも、その後でデータを消してしまったことの方なのだ。


 あそこでデータを消さず、一人になったって魔王を倒し、仲間を、ティエルたちを戻してやればよかったと考えてしまうことがある。

 もちろんNPCが本当に生きている訳ではないことも、感情がある訳でもないことも分かっている。

 けれど、彼らの存在が偽物でも、彼らを救ってやりたかったと思う俺の気持ちは本物だ。


 もう二度と、あんな後悔はしたくない。

 だから……。


「俺は絶対に、結婚はしないって決めてるんだ」













猫耳猫wiki内、イベント危険度ランク


普通のイベントです

この貴重な普通さを噛み締めながらクリアしましょう


達成困難でひねくれたイベントです

しかし、『猫耳猫』では標準です


警戒が必要なイベントです

状況によっては達成不可能だったり、後のゲームプレイに悪影響を及ぼしたりします


避けなければならないイベントです

正規の方法では絶対にクリア不可能だったり、ストーリークリアが困難になったりします


絶対に避けなければならないイベントです

遭遇してしまうと、以後のゲーム進行が不可能になる可能性が高いです


発生した後にセーブしてしまうと、ゲーム進行が不可能になります

その前にセーブしていても、既に詰んでいる可能性もあります


SS

大丈夫だ、まだ希望はある! ……と、自分に言い聞かせましょう


SSS++

こんな すばらしい げえむを また はじめから やれるなんて きみは せかいいち こううんな にんげん だね!!


※このランクや解説はあくまでも目安です

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
― 新着の感想 ―
[気になる点] 条件や必要好感度とか知ってる、つまり攻略Wikiとか見てると思われる彼または彼等がイベント結果で慟哭する、というのは意味が解らんな。 結果をマスキングしてあるの? Wikiだけじゃなく…
[良い点] むごい青い鳥イベントに関しては運営精神カウンセリング受けた方がいいよ
[一言] 今まで流してたけど、『ミノたんのお留守番トラップ」の件でしれっと描かれる運営の適当さ。 完全な詰みが無くなっただけで、迷路としての詰みパターンを取り除いたり検知する機能は付けていないだろうか…
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