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第二十五章 VR

 一昔前に流行ったベストセラー本、『VR新世代』にはこんな一節がある。


『VRで仮想の肉体を操る時、私たちはそれを自分の体と同じように動かすが、彼らはそれが自分の体であるかのように動かす』


 言葉遊びじみていて、無駄に分かりにくい表現ではあるが、それは現代のVR事情を的確に表現している言葉ではあるかもしれない。


 他の偉大なる発明と同じように、VRによって少しだけ世界は変わった。

 いや、今も変わり続けている。

 しかしその一方で、VRが生んだ新しい技術に追いつけていない人間も僅かながら存在しているのである。


 そして、俺とこの世界の人間の間にも、同様の壁が存在しているように感じた。




「スキルの使い方、ですか?」

「ああ。イーナは普段、どんな風にスキルを使ってる?」


 たった半日で66までレベルを上げたトレインちゃんことイーナだが、戦いはレベルだけで決まる訳ではない。

 そして、戦いのプロという訳でもないゲーマーな俺が教えられるのは、やはりスキルの扱い方だろう。


 しかし、そもそもゲームではないこの世界では、スキルはどんな風に受け止められているのか。

 その確認のため、まずはイーナにスキルの発動方法について尋ねた。

 俺としては単なる話のとっかかりとしてこの質問を選んだだけで、この部分がゲームと違っていることなど想像もしていなかったのだが……。


「あの、別に普通、だと思います。

 スキルをイメージしながら、心の中で名前を言うだけで……」

「スキルをイメージ?」


 思わぬ言葉が出て来て、俺は反射的に聞き返してしまった。

 俺の反応に戸惑いながらも、イーナは丁寧に説明をしてくれた。


「例えば、スラッシュを使う時は自分が剣を振っている具体的なイメージを浮かべながら、『スラッシュ』と念じるんです。

 そのイメージと名称が正しければ、スキルが発動する、んですけど……」


 何か変なことを言ってますか、という顔で、イーナは不安げにこっちを見ていた。

 どうやらそれが、この世界における一般的なスキルの発動法らしい。

 いや、よくよく思い返せば、ゲームでもこれと似たような説明を受けたような気はする。

 だが、やはり違和感は残る。


「だけどそんなやり方じゃ、いざって時にうまくスキルが出せなかったりするんじゃないか?」


 俺が訊くと、イーナは当然のことのようにうなずいた。


「あ、あの……はい。

 慣れていないと緊張したり焦ったりした時に技をうまくイメージ出来なくなるので、どんな時でもきちんとイメージが出来るよう、反復練習するのが大事だってよく言われますけど……。

 でも、それって当たり前のことですよね?

 ソーマさんにとっては、そうじゃないんですか?」


 不思議そうに訊かれたが、どうだろう。

 スキルを使う時、俺は動きをイメージなんてせずに、ただそのスキル名を『オーダー』しているだけだ。

 だからスキルの発動を失敗したことなんてないし、ことさらにそれを練習することもない。

 もし、彼女の言う『念じる』というのがただ強く考えるだけというのなら、やっぱりそれは違っているのかもしれない。



 俺たち現代人が、母国語と同じくらい当たり前に習得するVRでの基本操作に、『フォーカス』と『オーダー』というのがある。


 コンピューターは歴史と共に単純で直感的な操作が可能になったと言われているが、ある意味その最先端であるVRにおいては、機械を操るのにマウスだのキーボードだのといった余計な物は要らない。

 そもそもVRマシンは脳と直結している。

 だから意識を向けるだけ、考えるだけで全ての操作を行うことが出来るのだ。


 マウスでポインタを操って対象を『クリック』して決定するように、あるいはタッチパネルの画面に『タッチ』して項目を選ぶように、俺はVR空間に投影されたアイコンを『フォーカス』して選択することが出来る。

 キーボードを使って文字を『打ち込む』ように、あるいは音声入力を利用して声で文章を『吹き込む』ように、俺はVR空間に望むコマンドを『オーダー』することが出来る。


 ただ、単なる注目と『フォーカス』、単なる想像と『オーダー』には明確な差がある。

 注目した物全部がいちいち選択されたら面倒極まりないし、考えた言葉全部が文字になったら視界が文字で埋まってしまう。

 むしろそれを避けるための技術が、『フォーカス』であり『オーダー』だと言える。


 しかし、ならそれがどんな物なのか、と言われると、俺も解説しにくい。

 『フォーカス』も『オーダー』も、俺たち世代なら自然と出来てしまっていることなので、改めてどうやっているかと聞かれると説明が難しいのだ。

 無理矢理言葉にするなら、意識をとがらせて、その部分を強調して外に押し出す感覚、というのが一番うまい説明だろうか。



 もちろん、VRの基本操作である『フォーカス』と『オーダー』は、VRゲームである『猫耳猫』でも当然使われている。

 ゲーム中のメニュー画面の呼び出しには『オーダー』を使うし、メニューの選択には『フォーカス』を使う。

 その他にも さっき言った通りスキルの使用には『オーダー』を使い、魔法のターゲットなどを選ぶのには『フォーカス』を使っている。

 この二つの技術は、『猫耳猫』をプレイする上でも基本になるような働きをするのだ。


 ただ、VRに慣れていない人のための救済措置は大抵のVRソフトにはついている。

 設定画面でVR補助というのをONにすると、『フォーカス』や『オーダー』を使わなくてもゲームはプレイ出来るようになっていたはずだ。

 俺は一度も使ったことがないから分からないが、もしかするとVR補助をONにした時にスキルを使う方法が、さっきイーナの説明した『動きをイメージして念じる』という物なのかもしれない。


 まあイーナの言う発動方法が、本当にVR補助という物かは分からない。

 だが少なくとも、この世界のキャラが『フォーカス』や『オーダー』を使わない理由は想像がつく。


 基本的にNPCの台詞に『メニュー画面』や『セーブ』に『ロード』、『ログアウト』といった、ある種メタ的な、この世界がゲームだと連想させるような言葉が出て来ることはなかった。

 同じように、『フォーカス』や『オーダー』なんていう現代のコンピューター文化に根ざした技術は中世ファンタジー的世界観と競合すると考えたのだろう。

 システムメッセージを除いて、ゲームの説明や台詞の中には一切使われていなかったと記憶している。


 世界観よりも先にきちんとしないといけない部分はたくさんあったと思うのだが、こだわりだけは人一倍なスタッフたちである。

 恐らくだが、ゲームの時からNPCはイーナが言うようなやり方でスキルを使っていた設定になっていたのだろう。

 うろ覚えだが、チュート爺さんのスキルについての解説でも、『スキルを発動するには型を頭に描きながら技名を唱える』みたいなことを言っていたような記憶はある。


 この世界の人々に『フォーカス』や『オーダー』という概念がないとすると、スキルを『オーダー』で発動するなんていうのは、いわば裏コマンドを使っているような立ち位置になるのかもしれない。

 まあ、それはいい。

 一般的な方法ではないとはいえ、『オーダー』でいつも通りスキルが使えるのは分かっているのだから、俺に実害はない。

 しかし……。


(そうなると、スキルのキャンセルをイーナに教えるのは難しそうだな)


 すっかり考え込んでしまった俺を、きょとんとした目で見ているイーナを見て、そう思う。

 PCとNPCのスキル発動法の違い。

 これは小さな違いのようだが、細かいスキルの操作をしようと思うなら、そのちょっとした差が致命的になってくる。


 スキルキャンセルは便利な技術だが、必然的に狙った通りのタイミングでスキルを発動する技術が必要になる。

 『オーダー』でスキルを発動しなければ、それは到底不可能だろう。

 少なくとも、『動きをイメージしながら念じる』なんてアバウトな方法で、コンマ1秒のキャンセルポイントを狙えるとは思えない。

 スキルキャンセルという技術を広めるかどうかは置いておいて、とりあえずイーナが習得出来るか試してみるつもりだったのだが、やるまでもないようだ。


 俺のスキルの活用法は、全て『オーダー』での発動を前提としていると言っていい。

 スキルの使い方についてのアドバイスは難しいだろう。

 だとすると、イーナのために俺が出来ることは限られてくる。


(あんまりこういう手は使いたくなかったんだが……)


 だが、仕方がないだろう。

 俺はいまだにこちらをじっと見たまま動かないイーナに、こう告げた。


「次は武器の訓練だ。

 イーナ、君に決闘を申し込む!」


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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
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