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第二十二章 トレインモード

 さて、今回の実験で確かめるのは、トレインちゃんのトレイン能力、通称『トレインモード』の検証である。


 場所は、町の近くの一番敵の弱い北側の平原。

 まず、二人がかりで周りのモンスターを一掃し、万が一にも事故が起こらないよう、俺の持っていたミスリル装備一式を貸して装備してもらう。

 そして、本人の了解を得て彼女の手足をぐるぐるに縛り、準備完了だ。


「何かあったら大声で呼んでくれ」

「……はい」


 まだ狐につままれたような顔をしているトレインちゃんを置いて、大声で呼べばようやく聞こえるかというくらいまで彼女から距離を取る。

 近くにモンスターの姿はなく、縛られているトレインちゃんの姿もよく見える。

 これなら実験の環境としては申し分ないだろう。


 始めてから一時間くらいは、何の問題もなければ何の進展もなかった。

 縛られているトレインちゃんは退屈そうにごろごろ転がったり、たまにこちらに今の時刻を尋ねてきたりした。

 俺はトレインちゃんから借りた時計で今の時間を答えながら、それ以外の時間をひたすら松明を千切りするのに使う。

 たいまつシショーはあいかわらずの回復能力で傷をつけた側から直っていったし、プレイヤーの近くではモンスターのリポップはない。

 何事もない、平和な時間が過ぎていった。



 変化が起こったのは、実験の開始から一時間と五十分ほどが経った時だった。

 転がることにも飽きたトレインちゃんはおとなしく草原で寝転がっていたのだが、その様子が段々とおかしくなり始めた。

 なんとなくじっとしていられないというように足をばたばたさせたり、その場で転がり始めたり、明らかに落ち着きをなくしていた。


 そして、実験開始からちょうど二時間が経過した時、決定的な異変が起こった。

 トレインちゃんから十数メートルほど離れた場所に光の粒子が集まり、そこに突如としてゴブリンが現れたのだ。


「モンスターポップか!」


 想定していた事態の一つとはいえ、あまりに非現実的な光景に、俺は声を上げた。

 モンスターポップ、あるいは一度倒した相手だから、リポップと言うべきなのか。

 いわゆるモンスターの湧き現象のことだ。


 フィールドやダンジョンの雑魚モンスターは大抵一定時間で復活リポップするのだが、通常、プレイヤーがその瞬間を目撃することはない。

 設定上、モンスターはエレメントの集まりなので、一見何もない場所からモンスターが生まれてきてもおかしくはないのだが、モンスターがぽんぽん生まれる瞬間を見せるとファンタジー的な雰囲気を壊すと判断したのだろう。


 特別なイベントなどでない限り、プレイヤーの近く、特に視界に収まる範囲においては、基本的にモンスターのポップは起こらないというのが『猫耳猫』の仕様だ。

 だが今、俺の目の前でその法則に反する出来事が起きている。


 ネットでも、トレインちゃんのモンスターを引き連れる数が多過ぎると指摘されることがあった。

 モンスターを全滅させたエリアやリポップの遅いエリアでも、変わらずたくさんの敵を引き連れて現れることから、『トレインモード』のトレインちゃんにはモンスターを強制ポップさせる能力があるのではないか、とされていたのだ。

 それが今、ここで証明されたことになる。


 だが、そんな悠長に物を考えている場合ではないことに気付いた。

 ゴブリンが舌なめずりするような喜びようでトレインちゃんに近付いているのだ。

 レベル差はあるし、ミスリル防具があるから大丈夫だと思うが、見た目、ちょっとエッチなファンタジーマンガの『そういうシーン』の直前みたいな絵面になっている!


 とりあえず急いで助けないと!

 そう考え、トレインちゃんの所に駆けつけようとした俺は、今度こそ予想外のとんでもない光景を目撃することになる。


「きゃ、きゃああぁあああああ!!」


 ゴブリンが自分に近付いてきたのに気付いたトレインちゃんが、悲鳴を上げ、


「いやいや、嘘だろ!」


 縛られたままごろごろと地面を転がって逃げ始めたのだ。

 しかも結構速い!

 ゴブリンたちを置き去りにして、彼方へと転がっていく。


 だが、無理もないかもしれない。

 ゴブリンは初心者の壁と言われるモンスターで、特に魔物がリアルになったこの世界ではトラウマになるくらい怖い。

 どのくらいの怖さかというと、大体リザードマンと同じくらい怖い。

 ……あ、すみませんラインハルトさん。


 とにかく、そんなのがいきなり何もない場所から現れたのだから、トレインちゃんも驚いたのだろう。


「待て! ちょっと待てって!」


 しかし、逃げた方向が悪い。

 なぜかトレインちゃんは、俺からも町からも遠ざかる方向に向かって、全速力で転がっていく。


「なんで転がってるのにあんなに速いんだよ!」


 流石に置いていかれるほどではないが、尋常じゃないスピードである。

 もしかすると、『トレインモード』に入ったおかげで速度補正がかかったのかもしれない。


(縛っておけば、もし『トレインモード』になっても動かないと踏んでいたが、逆効果だったか?

 下手に手足なんて縛るんじゃなかった!)


 後悔するが、後の祭りという奴である。

 いや、縛られてなくてもパニックは起こしたかもしれないし、その時にはもっと速い速度で逃げ出していただろう。

 何が正解かなんてまだ分からない。

 とにかく追いかけなくては。


 厄介なことに、トレインちゃんが進むとその付近から次々に雑魚モンスターが湧き出してくる。

 どうやら『トレインモード』のモンスター強制ポップ能力は転がっていても有効らしい。

 彼女が引き連れていくモンスターの数が、どんどん増えていく。


 焦る俺だったが、


「このままじゃ……あ?」


 しかし、突如としてトレインちゃんの動きが鈍る。

 あれほどの速度を出していた彼女の身体が、急に緩慢になる。

 すぐに悟った。


「そりゃ、あれだけ転がってれば目が回るよな」


 むしろここまでもったことが奇跡だ。

 三半規管が丈夫なのだろうか。


 だが、とにかくこれで状況は単純になった。

 醜悪で威圧感はあるものの、ゴブリンたちの速度は遅い。

 雑魚中の雑魚であるノライムやノライムブスなんて言わずもがなである。


 俺はあっさりとそいつらを抜き去ると、トレインちゃんを抱きかかえる。

 戦ってもいいのだが、やはりグロッキーになっているトレインちゃんを抱えたままというのもあまりよろしくない。

 俺はトレインちゃんを持ち上げたまま、ゴブリンたちから逃げ出した。


 人を抱えているとはいえ、マッドハウンドのような足の速いモンスターならともかく、ゴブリンたちに追いつかれるはずがない。

 俺はすぐに追いかけていたモンスターたちを引き離した。


 俺が抱えてからは、トレインちゃんの周りで新しいモンスターがポップするということもない。

 やはり、彼女の『トレインモード』は単独でいる時しか効果を発揮しないらしい。




「そろそろ平気か」


 追いかけていたモンスターたちが豆粒程度の大きさになったのを確認すると、俺はトレインちゃんに声をかけた。


「おーいトレインちゃん。

 起きてる? 大丈夫か?」


 俺の声に、トレインちゃんはハッと目を見開いた。


「あ、あれ?

 ええと、これ……えぇえ!?」


 我に返って早々、いいリアクションをする。

 俺は苦笑しながら彼女を地面に降ろし、縄を切ってやった。


「おかしなことに付き合わせて悪かった。

 事前に何が起こるか言っておけばよかったな」

「い、いえ、それは……ソーマさん!!」


 急に硬さを増した彼女の声に何事かと振り返ると、


「げっ!」


 一度は振り切ったと思ったモンスターたちが、しつこく俺たちを追いかけてきていた。

 どうやら一度『トレインモード』のトレインちゃんに遭遇したモンスターは、目標を見失うということがないらしい。

 つくづく性格の悪いシステムである。


 俺は少し迷ったが、


「悪い、抱えるぞ」

「え、あっ!」


 まだ体力が戻っていない様子のトレインちゃんを、もう一度抱え上げる。


「あっ、あの、わたし自分で……」

「いいから! これも、実験なんだ!」


 固辞しようとするトレインちゃんを、強引な理屈で押し留める。


(うーん。流石にちょっと、落ち着かないな)


 こういう時は、ハーレム漫画の主人公の鈍感さが羨ましい。

 奴らはさらっと女の子をお姫様だっことかして、その結果女の子が自分に惚れても気付きもしないが、実際やってみるとこれって結構照れくさい。


 さっきのように相手にまともな意識がないならまだしも、それほど差し迫ってもいないこういう状況では、女の子と触れているという事実を意識してしまう。

 とはいえ、流石にこんな所で悠長にラブコメやってる場合でもない。


「敵の横を抜けてくから、しっかりつかまっててくれ!」


 そう口にして、俺は元来た道を戻り始めた。

 幸いにもトレインちゃんがすぐに目を回してダウンしたため、引き連れているモンスターの数はそう多くない。

 目の前を斜めに突っ切るように走り抜け、まず先行していたゴブリンたちを躱す。


 後に残ったノライムたちについては簡単だった。

 速度が違い過ぎるので、そもそも意識する必要もない。

 労せず脇を通り抜ける。


 進んできた道を逆に抜け、町の入り口まで向かう。

 それでもやっぱり奴らは俺たちを追いかけてきていたが、


(やっぱり、か)


 俺たちが町の入り口に一歩足を踏み入れた瞬間、魔物たちはまるで俺たちに興味を失ったというように散開し、それぞれのエリアに戻っていった。




「これで一安心だな。

 ……大丈夫だったか?」


 俺が尋ねると、トレインちゃんは健気な感じでうなずいた。


「は、はい。全然、問題ないです。

 あの、わたしもびっくりして、取り乱してしまって……」

「いや、それはいいけど……」


 もしかすると抱き上げて逃げた件が尾を引いているのだろうか。

 お互いに言葉がぎこちない。


「あの、訊いてもいいですか?」

「あ、ああ、もちろん」


 想像よりも思いつめた目で、トレインちゃんは俺を見ている。

 彼女の質問は、やはりモンスターポップのことだろうか。

 確かにあれは異常事態だった。


 それともやっぱりゴブリンから逃げた時の……などと身構えていたが、彼女が尋ねたのはどちらでもなかった。


「わ、わたし、ちゃんとお役に立てましたか?」

「え?」


 あまりに想定外の言葉に、俺は面食らってしまった。

 俺の反応をどう思ったのか、トレインちゃんは必死になって言葉を重ねた。


「い、色々と変なことが起きちゃいましたし、わたし、いきなりパニックになって逃げだしたりして、だからもしかしてソーマさんの実験、うまく出来なかったんじゃないかって……」


 不安げに語るトレインちゃんを見て、俺は分かってしまった。

 トレインちゃんにとってはさっきの異常現象や自分が受けた理不尽な扱い、それにモンスターから逃げた時の顛末なんかより、初めて出来た仲間との作業が成功したか、自分が相手の力になれたかどうかの方が、もっとずっと重要なことなのだ。


 少し気にしすぎな気もするが、今までずっとぼっちでやってきたなら、このくらいの反応も当然なのかもしれない。

 他人と関わってこれなかったせいで、自分が他人の役に立っているという自信がないのだ。


 俺がいる内に、彼女が少しでも自信を持てるようになればいいなと思いながら、俺は彼女を安心させるように答えた。


「もちろん役に立ってくれたよ。

 さっきの実験は、君じゃなかったら出来なかった」

「そっ、そうですかっ?!」


 俺の言葉に、トレインちゃんの顔は花開くように明るくなった。

 彼女はさっきまでの陰のある表情から一転、輝かんばかりのやる気にあふれた顔で、ぐっと両手を握りしめた。


「あ、あの、実験でも何でも、どんどん言ってください!

 わたしに出来ることなら、何でもやりますから!!」


 俺はその勢いに苦笑しながらも、トレインちゃんのやる気に応えるように、元気よく言った。


「じゃあ次は、ひもなしバンジー行ってみようか!」

「はい?」


 ――人、これを天丼と呼ぶ。

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この時のためだけにわざわざ一年前に連載を始め、この一週間で何とか二十三話まででっちあげた渾身作です!
二重勇者はすごいです! ~魔王を倒して現代日本に戻ってからたくさんのスキルを覚えたけど、それ全部異世界で習得済みだからもう遅い~
ネタで始めたのになぜかその後も連載継続してもう六十話超えました
― 新着の感想 ―
[一言] ゲームでも速攻試す人はそう多くはないだろう検証をリアル化した世界で躊躇いなくやる辺り、頭のネジがダース単位で飛んでらっしゃる。 それがまたクソゲーマーらしくて好きです
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