第十三章 墓穴掘り
町に戻りながら、俺は実は武器とかを扱う商人で、さっきのは商品にしているレアなアイテムの力だったんだ、な、なんだってー!という方向で強引に話をまとめた。
まあ冷静に考えると色々と粗があるような気もするが、そこら辺はもう勢いである。
これ以上話してボロが出てしまってはまずい。
町に入った所で、用事があるから、と断って、半ば強引にトレインちゃんと別れる。
「あ、待ってください!」
と言って追いかけてきたので、ちょっとだけ神速キャンセル移動も使って逃げる。
というか、流石はトレインちゃん。
さっきまで息も絶え絶えだったとは思えないほどの俊足だった。
「……何とか、撒いたか?」
息を潜め、後ろを振り返るが人影はない。
振り切ったようだ。
「ふはぁ……」
逃げ切れてよかった。
トレインちゃんに嘘をついてしまったのはちょっと心苦しいのだが、ここで彼女に目をつけられるのはやっぱり避けたい所だった。
うまく別れられなかったのは気になるが、アイテムの力だけで強くなった商人だと話しておけば、トレインちゃんもそんなに気にはしないだろう。
……たぶん。
町まで戻る途中、助けてくれたお礼をしたいと言い出していたが、ここで俺の武器について口外しないようにというのを交換条件で出した。
これで貸し借りなし。
言い方は悪いが、彼女とはうまく縁が切れた形になる。
とっさに出た名前がラインハルトだったのだけは失敗だったが、まあ本名を名乗るよりはいいだろう。
商人だったら身の丈に合わないような強い武器を持っていてもおかしくない。
そう考えての嘘だったのだが、商人といって思い浮かんだ名前がラインハルトだけだったのだ。
むしろ、今思えばなかなかいいチョイスだったのではないだろうか。
仮に何かの気まぐれで彼女がもう一度俺を探そうとしても、出て来る情報は明らかに俺とはかけ離れたリザードマンの商人のことだけ。
しばらくはあまり人目につかないように動くつもりだし、そこで情報は止まるだろう。
「何もなければ、彼女と一緒に冒険するのも楽しそうなんだけど……」
トレインちゃんが出て来る前、邪神のレリーフの上で考えたこと。
ともかく俺は、強くなるべきだ。
少なくとも、自分の命を簡単に脅かされない程度には。
そして、そのために必要な物は正にその足元に埋まっていた。
敵レベル平均250の最高難度ダンジョン。
ゲーム中最強の敵である『邪神の欠片』が眠る地下迷宮、その名も『封魔の迷宮』は、ラムリックの南、『封魔の台地』の邪神レリーフの下に眠っているのだ。
本来であれば、ラスボスを倒し、その際に手に入るアイテムを使わないとその門の前に行くことも出来ないのだが、この世界はゲームではない。
欲しい物があるならどうすればいいか、俺は既に盗賊メリペに学んでいる。
「武器は……まだ、大丈夫だよな」
モンスターやキャラクターだけでなく、武器や防具、一部の道具などのアイテムにはレベルとHPが設定されている。
武器や防具は使用する度に損耗して、HPがなくなると壊れてしまうのだ。
その他にも、ランプや松明のような明かり系アイテム、結界を張るアイテムなどの効果が継続するタイプのアイテムも、使うとHPが減り、やはりHPが0になると壊れる。
逆にそれを利用したクエストなどもあり、HP表示のある吊り橋を攻撃して壊し、敵の進軍をさまたげる、なんて作戦をこなしたこともあった。
……まあ、その吊り橋のHPが異様に高かったせいで、まず敵を全滅させてから吊り橋を落とすという本末転倒なことをしないとクエスト達成出来なかったりするのだが、それが安心の『猫耳猫』クオリティである。
同じ武器を使い続けるつもりなら、定期的に鍛冶屋に寄らなくてはいけないのだが、今日行く必要はないだろう。
とりあえずお腹が減ったので、町に戻って昼食にすることにする。
食事は宿屋で取った。
もちろん昼食は別料金だが、ついでに今晩の分の宿代も払っておく。
更についでと思って、駄目元で宿の主人に、穴を掘れる道具があったら貸して欲しいと頼むと、ずいぶんとごついシャベルを貸してくれた。
思わぬ幸運だ。
しかしこのシャベル、庭の手入れに使ってるという話だったが、本当だろうか。
そういえばこの宿の庭には立派な木があった。
もしかするとその根元には……。
なんて馬鹿な妄想をしつつも、シャベルを担いで外に出た。
気分は穴掘り大好きスコッパーだ。
いや、持ってるのシャベルだけども。
門を出る時、門衛の人の怪訝そうな目が大きなシャベルに向けられたが、無視して『封魔の台地』に向かった。
適当にモンスターを平らげながら、レリーフのあった場所まで進む。
それなりの数の敵がまとまっている時もあったが、横薙ぎは使わないように心掛けた。
心配ないとは思うが、やっぱり人には見られたくない技だし、これにばかり頼るようになっても困るだろう。
「……ここだ」
幸いにも、レリーフの場所まではすぐに着いた。
まあ町からほとんど離れていない場所にあるし、そもそも隠しダンジョンには何度も通ったし、そうそう間違えるはずもないのだが。
しかし、ここからは初体験だ。
「この辺り、かな?」
レリーフの少し奥にシャベルを突き立てる。
このレリーフはあるアイテムをかざすことで動き出し、そこから地下への通路が姿を現わすのだが、その通路は確か邪神の頭側に伸びていたはずだ。
ならこの辺りを掘れば、ほどなく地下通路が掘り当てられるだろうという見立てである。
「地面の堅さは……大丈夫そうだな」
ゲームにおいては干渉不可能だった地面の土だが、この世界ならやはり問題なく掘れた。
低レベルとはいえ、ゲーム世界の俺は現実世界の俺よりもずっと体力がある。
そう深い穴が必要という訳でもないし、穴掘りにそう時間はかからないだろう。
早速穴掘りにかかる。
「よ、っと」
掛け声を一つかけて、地面を掘り始めた。
シャベルはなかなかの使いやすさで、地面がさくさく掘れる。
これならすんなりいけそうだ。
「…………」
さくさくと地面を掘り返す音だけが耳に届く。
黙々と地面を掘っていても面白くないので、歌でも歌ってみることにする。
「ひとつ掘っては、俺のため。
ふたつ掘っては、自分のため。
みっつ掘っては、我が身のため」
いや、なんだこれ?
自分に正直に歌ったら、やけに利己的な歌になってしまった。
その通りではあるのだが、これではちょっとテンションが上がらない。
「うーん」
気分は上がらないが、穴は少しずつ大きくなってきた。
体感では結構長い時間掘っているような気がするが、掘り始めてどのくらい経ったのだろうか。
「……しまったな」
メニュー画面が開けないのを忘れていた。
時計がないので時間が分からない。
あまり長い時間居座れば、またトレインちゃんを呼び出すことになるだろう。
「仕方ない。真面目に掘るか」
俺は余計なことを考えるのをやめて、全力でシャベルを打ち下ろした。
「おかしいな……」
地面から一メートルほど掘った所だった。
その辺りから急に土が固くなって、シャベルの刃が地面に食い込まなくなってきた。
「もう少し、だと思うんだけど」
たぶん、あと一歩だという感触がある。
しかしその一歩が遠かった。
「もしかすると、レベル補正か?」
少なくともゲームにおいて、普通の壁や地面は元々攻撃が意味をなさないためHPもレベルも設定されていなかったが、この世界では自由に干渉が可能だ。
高レベルエリアの壁や地面は、低レベルエリアの物よりも固いのかもしれない。
だとすれば、これはゴールに近付いているという証拠でもある。
ならば、力尽くで押し通るしかない。
「これなら……どうだ!!」
俺はシャベルを高々と掲げ、思い切り地面に振り下ろす。
手元にジーンとくる良い手応えと共に、
「……あ」
シャベルは折れた。
呆然としていたのも束の間、
「なら……これでどうだぁ!」
俺は迷わずに不知火を抜き出すと、
「喰らえぇ!!」
それを思い切り、地面に突き立てる!
ずん、という奇妙な感触に、一瞬不知火折れちゃったか、と焦りそうになるが、いそいで抜き出してみると不知火は無事だった。
ほっと息をつく。
なんか変なテンションになって思わず不知火を使ってしまったが、こんなことで不知火をなくしてしまったら目もあてられない。
よくよく不知火が刺さっていた場所を観察すると、そこに黒い穴が開いている。
地下通路まで開通したらしい。
あの奇妙に手応えのない感覚は、奥の空洞に刺さったせいだったようだ。
「ははっ! さっすが不知火!」
いくら高レベルエリアの物だと言っても所詮は地面。
本物の武器である不知火には敵わなかったようだ。
こうなればしめた物。
折れたシャベルを捨てて、不知火で地面を掘り進む。
形状から言って穴掘りに適しているとは言い難いが、小さな穴を広げるくらいは出来た。
夢中になって作業を続け、何とか人が一人通れるくらいの大きさに穴を広げることに成功する。
「やった!」
小さくガッツポーズ。
すると、そんな俺の努力を祝福するように、中から底冷えするような冷たい風が吹いてきた。
単なる冷気以上の何かを感じて、俺は身震いした。
「流石、邪神の欠片が眠ってるだけのことはある。
でも、それでこそ、だ」
早速中を覗いてみようと穴に身を乗り出した、その時だった。
「――なにを、してるんですか、ラインハル……いえ、ソーマさん」
はっきりと、『俺の名前』を呼ぶ、誰かの声に振り返る。
(え? いや、うそ、だろ…?)
俺は思わず目を見開いた。
そこには……。
「その穴、それにさっき、邪神、って……。
一体どういうことなんですか、ソーマさん!」
こちらに向かってナイフを構え、俺を警戒の眼差しで見つめる、トレインちゃんがいた。
(……あれ?)
その、トレインちゃんの思いつめた表情を見て、思ってしまった。
もしかして、もしかして、なのだが……。
(――俺、なんか大変な誤解されてません?)




