8.結婚相談所へ行こうと思ってたんだよ!
レイジは、荒れ狂う感情を抑制していた。
落ち着け、銀弧は偶然助けたんだ。やましい気持ちを持つな! 相手をもっとよく知ってからだ!
「なぁ、レイジはん。うちも聞きたいんやけどな、レイジはんはどこからきたんや? 迷いの森なんて入ってくる人間は殆どおらへん。それに、《七色の万能薬》は幻の秘薬。人間の生活圏で手に入るもんやない。それに、その若さでうちの攻撃を避けた実力、レイジはんは何者なんや?」
銀孤は至極真っ当な疑問をぶつけてくる。レイジは少し迷ったが、事実は伏せることにした。中身がおじさんという話も俄かに信じがたい話だろうし、レイジは新たな人生を送るのだ。過去は不要だろう。
「俺は、田舎から出てきたんだ。薬はいざという時にって、家族が俺に持たせてくれた。そんなスゴイ秘薬だとは知らなかったけどね。俺は冒険者を目指していて、体も鍛えてる。『カブルポート』にもギルドへ登録しに行くんだ」
『ユグドラシル』を攻略して秘宝で若返りましたなんて、信じてもらえないだろう。それに百年たった今やレイジは無職。冒険者として所属していたギルドからも登録が抹消されているだろう。
無職というのは嫁探しに良くないし、世界を飛び回るために冒険者登録をする必要もあるとレイジは考えていたのだ。レイジの人生設計に間違えはない! たぶん。
「そうなんやねぇ。確かに初心な感じがするわぁ。それに知らないとはいえ、レイジはんにとって大事な薬だったのは間違いないねぇ。ほんま、ありがとうなぁ」
「いいよ、俺がそうしたかっただけだから。少し寂しかったし、こうやって一緒にいけるのも嬉しいよ」
銀孤がにこやかに笑っている。か、可愛い。やばい、これチョロいのは俺だ。
俺がチョロいって言いたいのに!
もう寝ちまおう。これ以上は無理!
レイジの心情はタジタジで、銀弧を直視できなかった。
「それじゃあ、そろそろ寝ようか。魔物が近づいて来たら俺は殺気でわかるし、安心して眠ったらいいよ」
「バカにせんといて。うちも寝てても魔物の殺気はわかるよ。そうじゃないとこの森じゃ生きていけん。おやすみよ」
そしてレイジと銀孤は、夜営を行い夜を明かすのだった。
◇◇◇
レイジ一行は深い森を抜け、平野にやってきた。もう少しで『カブルポート』に到着するだろう。
しばらく歩き続け、ようやく街が見えてきた。
きっと『カブルポート』だ。
百年前の『カブルポート』は、海辺の街だった。陸地は城壁で覆われていて、屈強な防御力を持つ街だ。街の外では魔物が跋扈する世界。この堅牢な城壁と海辺が街を守り、大変発展した街だった。
レイジが外から見る限りでは、あまり変わっていないようだと思った。
城壁の入り口でる通行所には、鎧を纏った兵士らしき人物が門を守っていた。街に入らないと話が進まないので、レイジは兵士に声をかけた。
「なんだ、貴様。『カブルポート』に出稼ぎにきたのか?」
兵士が何とも気だるげにレイジに話しかけていた。レイジは、若い体だしこういう態度を取られるのも仕方ないかもしれない、と大らかに対応する。
銀孤の手前、出稼ぎでいいだろう。嫁探しに来たなんて口が裂けてもいえない。
銀孤に出会わなかったら、結婚相談所へ行くつもりだったんだけどな。
今は銀孤が気になって仕方がないのである。
「まぁ、そんな所だ。田舎から出てきたから、右も左もわからない。とりあえず、ギルドに行って冒険者登録したいんだが」
レイジがそういうと、兵士は薄ら笑いを浮かべた。
「ははぁ、田舎者が出稼ぎに。それにギルドと来たもんだ。ギルドの冒険者は命がけの仕事だ。おまえみたいな身分証もない田舎者じゃ無理だし辞めておいた方がいい。そういう訳で通すわけにはいかないなァ。田舎に帰って出直してきな!」
むむむ、兵士に意地悪をされている。『カブルポート』は、レイジの拠点として一軒家を建てた程だ、しかしレイジの死亡扱いでギルドに接収されているだろう。帰る場所も身分証もない。さぁ、どうしたものかなと、レイジは思案した。
「おっと、そちらの美人も『カブルポート』に御用かな? 服が破れていますね。到着するのにさぞ苦労されたのでしょう? どうでしょう、今夜私と……」
兵士がそう言って銀弧に色目を使った。
むっ、こいつ銀孤を口説いてやがる。 俺が先に目を付けたんだぞ、コノヤロー! とレイジは憤った。
「いややなぁ、美人やなんて。恥ずかしいわぁ。でも、彼はうちの連れなんしねぇ。あんな意地悪する人、うち嫌いやわぁ。一緒に入れてくれたら、考えてあげるさかいにねぇ」
銀孤が、面白可笑しそうに対応している。銀弧の頭の狐耳は隠せるらしい。こうなると人類と殆ど見分けがつかないな。
「むぅ、そういう事でしたら。『カブルポート』は港の交易所。誰でも入場できますよ。そこの兄さんには、ちょっと意地悪させてもらっただけで、別に入れない気はない。さぁさ、どうぞ。夜は気を付けて。お嬢さんみたいな美人は襲われてしまう」
兵士はレイジを一瞥した後、饒舌に語り出した。若返ったレイジは無名だから、失礼な態度をとられてしまうのは仕方ないとも思ったが。以前のレイジは名声があったが、それが邪魔して婚活が上手くいかなかったので、世間は中々難しいものだと感じた。
「ありがとうねぇ、兵士のお兄さん。中々かっこええよ。でもごめんねぇ、考えたけど、今日は連れとご飯を食べる約束があるんよ。じゃあね」
銀孤は、兵士の手を軽く握り、笑顔で話しかけた。兵士はどうやら固まっているようだ。それは仕方ない。銀孤のような美人を見たら、固まるのも仕方ないというもの。
そうしてレイジ一行は『カブルポート』へ到着した。




