33.寄せてアゲる
レイジはその男を見て警戒心を一気に高めた。気配には気づくことができたが、男の身のこなしは一流そのものだったからだ。レイジをして背後に立つまで気づかせない気配の断ち方、余裕を伺わせる身のこなし、何よりも銀孤に色目を使いそうな所が問題であった。
「そんなところ。ちなみに彼女は俺のパートナーだ」
レイジはかろうじて男の問いに返答をした。俺の連れだぞという言外の警告も込めて。
「そう。しかしかわええ子やなぁ。う~ん、サイコー。90点かな」
男はレイジの言葉を気にした様子もなく、高い所から銀孤を覗き見た。レイジ的にはそれがなんだか気に入らず、少しイラついてしまう。90点だと? 120点に決まってるだろ。
「俺の彼女でもある。そうやって胸を覗くのはやめてくれないか? 気持ちはわかるが」
「っほ。あんさんの彼女かいな。羨ましいことやなぁ。ならやめとこか。怖い怖い」
男はおちゃらけて笑ってみせ、銀孤を覗き見ることをやめた。そしてレイジが手に持っている卵を見て、驚いていた。
「俺の名はティスタだ。あの卵を手に入れるってことは利用方法も知ってるってことか。料理しても美味しくないし卵やし。中々腕のたつ御仁のようで」
ティスタは目を細めて自己紹介をした。帯刀した武器をみるに、どうやら細身の剣士のようで、油断ならない強者のオーラを感じる。レイジとしてもこれほど腕のたちそうな男は初めて見た。
「俺はレイジだ。ちょっと入用でな。あんた、”でき”るだろ」
レイジが油断なくティスタを視線で射貫くと、ティスタは参ったなといった風に頭をかいた。
「レイジさんも中々……。世の中広いなぁ。これも何かの縁か。俺は下流に用があるし、お暇するわ。どこかで会ったらよろしくな」
ティスタはそう言って、崖を飛び降りる。どうやら卵ではなく下流に用があるらしい。途中、銀孤とすれ違うが、特に何もせずに崖を下ってしまった。
「レイジはん、さっきの男は知り合い? なんかおもろそうな男やったけど」
「あっ、あぁ…… 知らない男だが、通りがかったので声をかけられた感じかな」
「ふ~ん。ところでレイジはん、うちの胸見てたやろ?」
「!? 見、見てないっすよ!?」
レイジは何故か罪悪感を持ってしまった。見ようとしたわけではなく偶然見えてしまっただけで、決してやましい気持ちはございません!
「正直に言えば見せたんのに、少しだけやけどな」
そう言って銀孤は両腕を使って胸をキュッと寄せた。デカいというよりは美しいよりの銀孤のそれ。チラりと見えるのではなく、銀孤が自身で寄せているという感覚はレイジのハートをつかむのに十分なものである。
「あっ…… えっ」
レイジはとてつもなく狼狽した。人生生きて50年。若返った体のため、性衝動もそれなりに強くなっていた。だがレイジも筋金入りの独身貴族であったのだ。手を出す度胸などもあるわけもなく。
「ご、ごめん。俺にはちょっと刺激が……」
正直に白状して白旗を上げる以外になかった。
「可愛いなぁ。ほんま」
銀孤はレイジを見てそう思うが、しかし銀孤も少し恥ずかしかったので、自身の耳が赤くなっていることには気が付いていない。




