30.汗ッ! そういうのもあるのか!
レイジと銀孤は宿で旅支度を整えていた。太いロープや保存食、布や寝具を纏めている。
目的地であるノヴェルの峠は、カブルポートの北側に位置しており、細い獣道を行かねばならない。つまり馬車等を用いることはできず、数日間歩き続けなければいけないような旅になるということである。休憩所なども当然なく、未開の地同然。険しい山脈を超えるためのロープ、冷え込む夜を乗り切るための寝具、乾燥させた肉など、準備が必要である。
「レイジはん、ほんま色々詳しいよね。行ったことあるん?」
レイジは返答に困る。若返ったことは銀孤にはまだ言っていないし、それにまだ言うのは早いと思っていた。だが銀孤も薄々、レイジの異常性には気づいているらしいが、深く追及はしない。よって正直に答えるべきだ。
「昔にちょっとね。道も知っているし、入手の目途もたっている。金色の万能薬は、ノヴェルの峠にある、とある怪鳥の卵から調合できる。金色の万能薬は、入手できる薬の最上位だが、入手不可なわけじゃない。入手困難だけどね」
「へぇ~、そうなんやね。この前の火事は、少し格好悪いところを見せたけど、魔物やったらうちは負けへんで」
「期待してるよ、でもこの前みたいに一人で行かないでくれよ。俺たちはパーティーなんだ。二人で一つ。協力していこう」
レイジがそう伝えると銀孤はバツが悪そうな顔になる。
「ごめんて。あの時はうちも焦ってもた。レイジはん、止めてくれてたのにな。気を付けるよ」
科を作りながら、申し訳なさそうに笑う銀孤。その顔すら可愛らしさを感じてしまう。一緒に過ごして、こんな些細なやりとりがとても幸せに感じてしまうほど、独りが長いレイジであった。
◇◇◇
「日差しがきついなぁ」
汗をかきながら、獣耳も元気がなさそうに頭に張り付いている銀孤。勾配のある岩肌を歩いていくが、足がとられて体力を消耗する。レイジが背負ったカバンから水筒を取り出して水を取るように勧めてきた。
「レイジはんは水分補給せんでええの? うちばっかり飲んでる気がするで」
「俺は大丈夫かな。もちろん、水分補給はしてるよ。銀孤は女の子だから、水分はちゃんととったほうがいい」
銀孤は、レイジに対して申し訳なかった。レイジは遠慮してくれていると感じた。自分の半分ぐらいしか水分をとっていないような気がする。気を使われているのではないかという気持ちが銀孤を責めた。
一方レイジはというと。
(汗でぬれた銀孤、可愛すぎるだろ。汗の滴る髪の毛と、元気のなさそうな狐耳が最高にかわヨ。狐耳がしょんぼりしてるけど、それがイイ! しかも女の子の汗は良い匂いがするんだなぁ)
銀孤が真面目に考えている中、レイジはエロガキと化していた。。水分補給を進めるのだって、銀孤の可愛いを体感するためである。この決定的なすれ違い、レイジは得をしていた。
しかしながら銀孤も一流の女性である。いくらレイジに恋をしているとは言え、そのような視線に気づかないわけがなかった。
(レイジはん、なんかエッチな目で見てる気がする。なんでやろか……?)
銀孤はよくわかっていなかった。妖狐と人間は価値観が違う。汗の匂いとかで興奮しているレイジなど、理解不能である。男の子は、好きな女の子なら何でも好きなものではあるが、レイジ君は独身が長いためよりそうなってしまうのだ。
(まぁレイジはんがええなら、それでええんかなぁ。でもそんな目で見られるのもなんかなぁ)
なんだかんだで恋する乙女である銀孤。エロガキと化したレイジの視線も悪くないかなと思えるほど目が眩んでいた。普通は嫌がる視線なはずなのだが、もうそれは眩みまくっている。
(俺の彼女最高すぎる~。長生きしてよかったって思うわ~。俺の昔の仲間に紹介できないのが本当に残念だよなぁ)
汗を感じさせる銀弧を堪能しながら、ふとレイジは思い立った。百年たった今、レイジのことを知るものは殆どいない。人外のものは生きているかもしれないが、大切な友人達だった。ただ彼女を紹介できたら、もっと幸せだったんだろうなぁという考えが頭をよぎった。
(贅沢だな、俺は。銀孤が俺を見てくれればそれでいいのに、さらに求めてしまうんだから)
エロガキと化したレイジは自分を取り戻す。だらしなく垂れた頬と目はキリリと格好良さを取り戻した。脳内で昔の仲間が指を立てて良い顔をしたような気がする。
(あら、レイジはんの雰囲気がえっちじゃなくなった。やっぱこっちのほうがええな~)
昔の仲間に救われていたことに気づくことのないレイジは、険しい岩肌を登っていく。目的地まであと少し。




