29.金色の万能薬
レイジは銀孤の後を追い、燃え盛る家の中へ突っ込んだ。火が燃え盛り通れないような場所も、レイジは魔力を体に纏うことで火を耐えた。自前の経験から、できるだけ姿勢を下げながら煙を吸わないように道なき道を進んでいく。
床がギシギシとなり、火がバリバリと音を立てて燃えている。
通ってきた道の瓦礫や燃えそうな家具をどげながら道を作る。
建物の中にはおそらく銀孤と少女。いつ崩れてもおかしくない古い家。
呼吸無しでかつ緊急事態、レイジには余裕も時間もなかった。
レイジがクローゼットの傍で銀孤と少女が倒れているのを見つけた時は血の気が引いた。心臓がキューっと冷え込むが、努めて冷静を維持して二人の体を背負った。この時ばかりは、幼少の頃より鍛え続けた体に感謝しながらも、火を避けつつ急いで外へ向かう。
さらに勢いを増す火炎がレイジ達を囲むが、レイジは来た道を突っ走る。
通ってきた道は、火が回っていなければ安全なはず。そのために可燃物をどけながら走ってきた。
レイジが銀弧たちを抱えながら外へ出る。
街の人々が水を持って消火活動にあたっているが中々消えそうになく、悲鳴のような叫び声が街中に響き渡った。
「銀孤、死ぬな!」
レイジは倒れ伏している銀弧を見て顔を真っ青にしながら状況を確認した。脈を図り、呼吸を確認すると、死んではいないようだ。火の外傷も見られず、問題なさそうに見える。
良かった、そんな考えをすぐにレイジは打ち消した。ここからが勝負だ。つまり応急処置を適切に行えるかという問題であり、速やかに実行すべき事柄だった。
レイジは若返る前の記憶を必死に手繰り寄せる。火事から生還したものも多く、それは適切な処置によるものが大きいはず。レイジは、新鮮な空気を吸わせなければいけないと古い友人が言っていたことを思い出した。
銀孤と少女の体を抱えて近くの公園へ急ぎ連れて行った。銀孤と少女を寝かせ、風の魔法を使い、緩やかな風を起こす。穏やかな風の流れが空気を動かした。効果があるかはわからない。しかしレイジはできることやった。
頼む…… そうレイジが願った時、愛しい人の声が聞こえた。
「あは、またレイジはんが助けてくれた」
銀孤の意識が戻ったようで、レイジの顔を見るなりそう零した。
レイジは笑うこともできず、ほっと銀孤の体を抱き寄せる。
「良かった…… 生きていてよかった……、もう二度とあんな無茶はしないでくれ……」
レイジは涙を流しながら、銀孤の体を抱き寄せた時、少女がうめき声を漏らした。顔色は悪いが、しかし大丈夫そうに見える。銀孤はその様子を見てつぶやいた。
「あの子は……? 大丈夫なんか……?」
「わからないけど、今のところは」
銀孤はその言葉を聞いて安心したかのような表情を見せて気を失った。
レイジはその様子を見て焦り、急ぎギルドの救護室へ二人を連れて行った。
◇◇◇
「アンフィル先生、銀孤は大丈夫ですか?」
「レイジさん、大丈夫ですよ~。彼女、妖狐だったんですね、初めて見ましたよ」
レイジはギルドの救護室のアンフィルと面会していた。アンフィルはカブルポート腕利きの医者らしく、ギルド長が特別手配してくれたらしい。ギルド長に「Bランク、よろしくな」と言われてしまったことが困りごとではあったが。
「うちは大丈夫やって。心配はかけたけどね」
ベットから体を起こしてそう笑うのは銀孤だ。銀孤は暇そうにはしていた。目を覚ました時、レイジが手を握って眠っていた時は心から嬉しかったものなので、今の状況は悪くはないものである。
少女メイリィは未だに目を覚まさない。銀孤の隣で眠っているが、時折悪夢を見ているかのような表情を見せる。
「アンフィル先生、この子は……?」
「この子は、火事の現場にいすぎたようですね。それに体中に痣が見られますから、日常的に暴力が振るわれて体力が落ちていたようです。もともと限界に近かった体に、火事です。おそらく、このまま目を覚まさない可能性が大きいでしょう」
それを聞いた銀孤は悲しそうな表情を見せる。見ず知らずの子供とは言え、命をかけて救った子供でもある。幸せになってほしい、自分と同じように。
「そんな! 先生、この子を救う方法はないんですか? きっとこの子は人生に絶望してました。そのまま亡くなってしまうなんてあんまりです」
「う~ん、入手は難しいですが金色の万能薬ならもしかしたら救えるかもしれませんね。しかしそんなものはありませんし、あっても高額ですから難しいと思いますよ」
銀孤はそれを聞いて絶望したような表情をする。そもそも金色の万能薬はギルドでも虎の子の薬である。しかもそれは前日にヴィンセールの治療に使われてしまっていた。
「なるほどな、金色の万能薬か」
レイジは得心したようにつぶやいている。銀孤は思い至った、もしかしたらレイジは金色の万能薬のありかを知っているのだろうか?
「アンフィル先生、私が治療薬を探してみます。その間、この子を頼みます」
それを聞いたアンフィルはひっくり返ったように驚きの顔を見せた。
「それは構いませんけど……。治療費もギルド負担で面倒を見るようにギルド長に言われていますし」
「すまないな。銀孤も休んでいてくれ。まあ十日ほどで帰るよ」
レイジはそう言って銀孤の手を握る。その手には温かさがあり、レイジにとって何よりも失いたくない実感があった。
「待って! レイジはん、うちも行く。あの子を救いたいと願ったのはうちや。そのうちが寝ているなんて格好がつかん。体は大丈夫やから、うちも連れて行って」
レイジは銀孤の訴えを聞いて考える。レイジとしては銀孤には寝ていてほしい。しかし銀孤はパートナーなのだ。苦楽を共に。それがパーティーの理念であるとも言える。銀孤の意思が何よりも優先される。
じっとレイジを見つめる銀孤の決意を秘めた美しさにレイジは心を打たれてしまった。つまるところ冒険のフォローをすればよく、レイジにはその実力がある。
「わかった。じゃあ一緒に行こう。無理だけはしてくれるなよ」
真剣な声色で答えたレイジ。
目指すは金色の万能薬、カブルポートの北側、山を越えた先にあるノウェルの峠である。
次からやっとラブコメができるっ!!
明日は短編作品を一つ投稿するかもなので、金曜日投稿になるかも。




