28.火事
「レイジはん、急いでいくよ!」
夜、レイジと銀孤は少女に出会った付近を歩いていた。虐待を受けているであろう少女、夜も外を出歩いている可能性があると踏んだからだ。善は急げ、面倒ごとは早く済ませるべき、そう考えていたレイジは、銀弧を連れて少女を探した。
宿から出て、一直線にメイヒの家へ向かうレイジ一行。
「メイヒの家が燃えてる! 火を消せ!!!」
周囲が騒々しい。レイジ達が火事だと気付き、其方へ視線を向けると、何と昼間に立ち寄った依頼者の家ではないか。周囲は叫び声をあげる野次馬と何とか火を消そうと消火活動にあたる人物でいっぱいであった。
「隣の家に燃え移らせるな!」
怒声がとび、現場は混乱している。そんな中、レイジは不思議な人物を見た。
悠々と背中を見せながら立ち去る、優男。口角を吊り上げ部下を引き連れるその姿が、何だか気になったが、銀孤に声をかけられた。
「レイジはん、中に人がいるかも、助けに行く!」
レイジが止める間もなく駆け込んでいく銀孤。
「やめろ、死にたいのか!?」
かろうじて声を絞り出したレイジであったが時はすでに遅かった。
「大丈夫、うちは妖狐やから火には強いんや」
そういって銀孤は建物の中に駆け込んだ。レイジは舌打ちをしたくなるような気持になり、少し逡巡した。
強靭な肉体を持つ妖狐、鍛えに鍛え上げた冒険者のレイジであろうと、火事は違うのだ。火に強いはずの種族でさえ、火事では死ぬ。その理由は判らないが、呼吸が辛いといって亡くなったものが多いことをレイジは知っていた。息ができなくなるということが一部の有識者に知られており、火事は決して侮れないのだ。
過去、冒険者のトップにいたレイジは口を酸っぱくして後輩に指導した。火事には近づくな、理由はわからんが死ぬぞと。
銀孤はきっと知らないのだ。火に強い自分なら楽々と中を確認することができると思っている。レイジはそう考え、そして血の気が失せた。魔法の火と火事の火は違うのだ。
銀孤が死ぬかもしれない。
水の魔法があればよいが、魔法では水を生み出すことはできない。魔法力を使い火をおこしたり、モノを冷やしたりすることはできるが、無から何かを生み出すようなことはできないからだ。
レイジも意を決して銀弧を追った。ギルドの経験則ではあるが、火事の中は呼吸を止めれば良いと伝わっているからだ。
銀孤が急いで中に入ると、それはまるで業火に焼かれる地獄のような景色だった。火の回りがあまりにも早すぎる。まるで油がそこらに巻かれているような勢いであり、ただの火事ではない。
「誰かおるか!? 助けたるよ!」
銀孤は声を張り上げるが返事はない、しかしクローゼットの傍に女の子が倒れているのを見た。昼間の少女に違いなかった。
「生きてるか? 生きとるな!」
急いで傍により少女を抱え上げた。気を失っているようだが、心臓の鼓動と呼吸を感じることが出来た。ほっと一息つき、あとは家を出るだけだと思った銀孤だが、ふと足から力が抜けた。
「えっ?」
銀孤は、思ったように体が動かなかった。体がしびれ始めているというのに、意識ははっきりとしている。手からは少女が崩れ落ち、銀孤の体は意思に従わず膝をついた。
「な、なんで…… 業火の魔法だって直撃しても大丈夫やのに……」
そう疑問に思うが、しかし体が動かない。何故という疑問と共に良くない状況を自覚した。
死ぬかもしれない。そう銀孤が感じ、深い後悔が襲った。
「せっかく、せっかくレイジはんと出会えたのに。いやや、こんな所で死にたくない!」
助けて…… そう思い銀孤の意識が消え去ろうとした時。
その手は掴まれた。




