26.レイジの決断
「大人を揶揄うんではありんせん。どうしたの、その傷」
銀孤が少女へ尋ねた。街ではあまり見ることない少女だったからだ。
少女は黙ったまま、銀孤の顔を見つめた。
「お姉ちゃん、大人になっても人生って辛いの?」
「そうね、辛いけど、良いこともあるよ」
銀孤はレイジをチラリとみてから少女に返事をした。
少女はそれを聞いて、何も言わずに、駆けてその場を離れた。
その背中は、とても寂しそうで、銀孤の心を刺激していた。
「ねぇ、レイジはん。あの子、普通じゃないよ」
「いうな、銀孤。俺達はあの子に何もしてやれないんだ」
ぎゅっと銀孤は拳を握りしめた。
何だか気分が悪いな、そう思ったレイジはギルドに戻り依頼を断られたことを伝え、宿に戻ることにした。依頼が断られたことを伝えると、ギルド嬢も「そうでしたか」となんとなく素っ気ない。
「依頼主都合でのキャンセルですから、運が悪かったんですかね」
営業っぽく、何とも味のない慰め方であった。
そのまま宿に戻った二人だが、銀孤はどこか機嫌が悪く、レイジとしては居心地がよくない。
レイジにはその理由がわかっている、もちろん昼間の出来事だろう。
「レイジはん、あの子、気になるよ。だってあの目、絶望してた」
そうポツリとつぶやいた。レイジは銀孤の気持ちがよくわかる。しかしレイジは五十台の男で物事の分別がついている。レイジ達に何ができるというのか。
「銀孤、君の気持はわかるさ。だけど、俺達に何ができるんだ。彼女には親がいて、それを引き離すことはできない。助けてあげることだってそうだ」
「レイジはん、いうてることは正しいけどそれでええの? ええと思う?」
銀孤の瞳がレイジを射すくめる。ジっと、深く見つめられ、そのエメラルドの瞳に吸い込まれそうな程だ。
レイジは思い悩んだ。正直なところを言うと、レイジとしてはあの少女を助けたいとは思わない。面倒ごとであることは間違いないし、レイジ達にできることもないのだ。他人の家庭に踏み込むというのは、そういう意味なのである。
しかしここで否定すれば、銀孤からの評価が下がりそうな気もするし、レイジ自身も少女が気にならないと言えばウソである。
彼女の体の生傷は明らかな虐待の後であり、そしてあの少女の精一杯の強がりであろうセリフは、レイジの心に刺さるものがあった。
「大丈夫に見えるか、あの少女はそう言ってたよ。うちは見えんかった」
「もちろん、大丈夫な訳はない。だから後で様子を見に行かないか? 本人に聞いてみよう、どうしたいのかを」
レイジはこういった他所の事情に口を出したくない。しかし、しかしだ。本人が決めれば別である。彼女の意思、まずはそれを確認すれば、できることもあるかもしれない。銀孤たっての希望でもある。大きな課題は、小さなことから始めるのが良いと人生の長い経験から知っていて、今回のもそうしようと決めた。
「レイジはん、ありがとう」
そう微笑んだ銀弧を見て、これも惚れた弱みかとレイジはため息をつきそうになった。
だって、銀孤が望むならそうしてあげたかったのだから。
銀孤はきっと、自分の過去を重ねているのだ。どうにもならない閉塞感のある環境、銀孤は飛び出す実力があったが、あの少女はどうなのか。きっとそういうことだろうと、レイジは腹を決めた。
場合によっては、少女を救い出すことを含めて。




