25.メイリィ
「はぁ、はぁ、はぁ」
漆黒の夜の森を急いでかけていく少女がいた。月は雲に隠れ、少女の足元はまるで溶けるように飲み込まれた。
森の中の空気は冷たく、そして静寂の中、少女の荒い吐息が響き渡った。
顔は泥だらけであり、いたるところは紫色に腫れているが、それでも少女は走ることを辞めない。
少女の名はメイリィ。
「クソッ、あのクズどもめ!」
メイリィは夜をかけて悪態をついた。
メイリィは思い出す。本当の父と母と過ごした温かい日を。
そしてギリィっと唇をかみしめ、メイリィを引き取った叔母メイヒを思い出す。
メイリィの父と母は病気で死に、母の妹であるメイヒに面倒をみられることになった。
だが叔母メイヒは、メイリィを可愛がらなかった。
言うことを聞かなければ頬を打ち、腹を蹴り飛ばした。
メイヒはメイリィを愛さなかったのだ。
メイリィはギリッと奥歯を噛みしめた。
メイリィは一人では生きていけない。メイヒが最低限でも食事を用意してくれなければ野垂れてしまう。
数刻前、叔母のメイヒの様子がおかしかった。メイヒは、メイリィに何かが入った袋をわたして、それを森に隠すように命令した。
メイリィは袋をこっそりと開けてみると中には金貨が数枚入っており、明らかにおかしい。一般人が持てるような金額では決してない。
叔母はきっと何か悪いことをしたに違いない。
そう感づいたメイリィではあるが、逆らうことはできなかった。
この金貨を持って逃げることができるだろうか?
そんな考えがメイリィの頭をよぎる。
しかしコレを隠せということは、何かよくない金に違いなく、下手なこともできないと考える。
少し様子を見て、大丈夫そうなら回収して、家から逃げようとメイリィは決心を決めた。
そしてメイリィは家に帰る。怖い叔母が住んでいる家に。
「ちゃんと隠してきたかい? いいか、絶対に誰にも言うんじゃないよ」
叔母メイヒはメイリィに強く念を押しながら、強く頬をぶった。
メイリィの顔は大きくはれ上がり、その瞳はメイヒを強く睨みつけた。
◇◇◇
ギルドからの依頼を達成するため、レイジと銀孤は、依頼主の元へ向かった。
「美味しいパンが食べたい」という依頼ではあるが、どのようなパンが好みなのかを調査しなければならないからだ。
依頼者の家の戸をノックすると、中年らしき女性が顔を出した。
「すみません、美味しいパンが食べたいという依頼を受けた冒険者の者ですが……」
そう挨拶すると、中年の女性はペコリと会釈をした。だがどこか不機嫌そうだ。
「私はメイヒと言います。確かに依頼しました。だが私が言う美味しいパンというのは、貴方には達成できない。ほら、帰った帰った!」
メイヒはシッシッと手をふり、まるで邪魔者を追いやる様に手を払った。レイジは少し面を喰らったが、流石にメイヒのいうことを鵜呑みにして帰ることは出来ない。
「メイヒさん、私はギルドに認められてここに来ています。美味しいパンを見つけ持ってくることもできると思うのですが」
腰を低くして丁重に話してみるも、メイヒは耳を貸す様子がない。
「違う、貴方には”絶対に”用意できないんだ。それに私は別の人が依頼を受けると思った。いつも依頼している人がいるんだ。ほらっ、そういうことだから、帰った帰った」
メイヒは迷惑そうな顔をして、
銀孤は非常に不愉快だったが、レイジが何も言わないので黙ることにした。
「そうですか。それは仕方ないですね」
レイジは諦めたように戸を閉めた。銀孤は不愉快そうに言う。
「なんやあの態度。依頼しておいて、務まらないなんて失礼なこと」
「まぁそういうな銀孤。依頼をしていれば色々な人にあたるものだ。あの人はたまたま機嫌が悪かったのかも知れないし、どうしようもないことだよ」
レイジは銀孤をそう嗜めるが、銀孤の耳が大きく膨れ上がっている。
銀孤の美しい毛は、水分を吸ったように膨れ上がって、その様子がとてもかわいらしかった。ほんわかとした目を向けたレイジを見た銀孤は、レイジを軽く小突いた。
「そんな目でウチを見るんじゃありません」
その時だ、トタトタと寂しそうに歩いている少女を見かけたのは。
顔は紫色の痣が出来ており、ひどい怪我をしている。目には隈ができ衣服は泥だらけだった。
年は14歳ぐらいだろうか。まだまだ成長期であるその体がボロボロであることが見て取れた。
レイジは、その眼をスッと細める。銀孤も驚いたようにレイジを見た。
「君、怪我してるようだけど大丈夫かい?」
少女は立ち止まり、そして詰まらなさそうな顔で言った。
「大丈夫に見える? それなら大変なことだわ。急いで医者にかかることね。そんなものあてにはならないでしょうけど」
少女は体を大きく膨らませて、威勢よく言った。




