24.美味しいパンが食べたい
正直な所、レイジ達の生活にはお金は継続的に必要なもので、まだまだ足りていない。
なにせ無一文で街に来たのだ。宿のお金も払わなければいけないし、まだまだ稼ぎが足りていない。ギルドでの依頼をたくさんこなさなければならないのだ。
ただレイジはちょっとお金の足りていない生活にも満足していた。何かと節約生活であり銀孤との距離が近いのだ。
食器は殆ど持っていないので、洗い物を食事の度にしなければいけない。お金がないので外食なんて殆どしないのだが、よって銀孤とのコミュニケーションがとりやすい。
一緒にお皿を洗ったり、食事を配膳したりと、一人だとつまらなかった作業がとても楽しい。
「レイジはん、そのお皿には焼き鳥をおきますからね」
何よりも! 銀孤が時たま料理を作ってくれるのだ!
勿論、お互い対等という意識があるので、レイジだって食事を作る。というか無駄に独り身が長いので、料理の腕には自信がある。食べさせる相手がいないことに泣いていたのだが、今はそんなこともない。
そしてレイジにとって銀孤が食事を作ってくれるという圧倒的幸福シチュエーションはたまらない。「妖狐と人間の味覚ってどうなの?」と少し心配していたレイジではあるが、大差はないらしい。惚れた弱みかもしれないが、とてつもなく美味いのである。
「銀孤は何でも上手に調理するからな~。食べるのが楽しみだよ」
お世辞でも何でもないレイジの言葉に、銀孤も気分上々である。
銀孤の過去はお見合いの日々。嫁入りのため、こうした料理の修行はすでに済ませてあったのだ。
「世の中、何が役に立つかわからんね。こんなに喜んでくれたら嬉しいわ!」
お互いの目線が合い、そして朗らかに笑いあう。もともと食事をとるのが好きなレイジではあったが、若返ってからは格別に美味い。
マナーを求められるような高級料理店に一人で入ったりする程度の若返り前の生活を考える。確かに、一流の料理人の食事でもないし、高級でもない。だが、愛する人が傍にいるだけで、もはや比べようもない程の幸福を感じるのだ。
そんなことを考えるレイジだが、さらなる計画があった。結婚を見据えることだ。そのためには冒険者としての職業を固定させるのは重要だ。やはり安定しない根無し草では銀孤的にも嫌なのではないだろうかと思う。それに気が早いかもしれないが、結婚式だって盛大に上げたい。
レイジは冒険に自信があるし、稼ぐこと自体は難しいことではないと考えていた。
そして結婚計画のために最も重要な事項は銀孤と絆を育むこと。
颯爽と結婚した過去の仲間達は、離婚したものもいた。そいつは、寄り添えなかったと自省していた。結婚の先達と同じ轍はふまないと固く決心する。
色々と難しく考えたが、まずするべきこと。
それは銀孤と一緒に冒険に出て、イチャコラすることだ。
銀孤は強く、一緒に冒険をすることができる。つまりレイジの格好良い所を見せられるということだ。レイジは、今の状況がこれ以上ない程の好機だと考えていた。
◇◇◇
レイジ達は、ギルドへ依頼を探しに宿を出た。
いつもの気の良いおっちゃんが、見送ってくれる。
ギルドに顔を出すと、色々な連中から声をかけられた。
ヴィンセールをよくやってくれた! だの、銀孤ちゃん可愛いね! だの、好き勝手に言ってもみくちゃにされた。
しかし冒険者家業、こういった嫌われ者が成敗されるイベントは好印象であり、こうやってもみくちゃにされるのも致し方なかろうと甘んじて、もみくちゃにされた。
そしていつも通り、ギルド嬢から依頼を引き受ける。ギルド嬢の話だと、ランクが上がるのはもう少し先らしい。手続き中だということだ。
ランクが上がっていないので迷宮探索等の依頼は受けることがまだできない。冒険者の華ではあるが、それだけに誰もが出来ることではないのだ。
なのでレイジは銀孤が好みそうな、市政の穏やかな依頼を探すことにする。
ギルドには様々な依頼が掲載されている。
・違法薬物の取り締まり
(カブルポートに違法薬物が出回っている。取り締まりの手伝いをしてほしい)
・ゴブリンの討伐
(町の外の畑にゴブリンがまた現れた。討伐してくれ!)
・美味しいパンが食べたい
(美味しくて幸せになれるような味のパンを探している。探してもってきておくれ)
などなど……
それなりに時間を共有したレイジと銀孤だが、レイジが日ごろ観察した所によると、銀孤は交流が持てるような依頼を好いているようである。
銀孤は、レイジと一緒に穏やかにできる依頼を好いていた。銀孤的にも、レイジには惚の字であるので、一緒に交流できる時間を持てる依頼をしたかった。
その意味を、きちんと理解できていない朴念仁なレイジであるが、しかし銀孤とどのような依頼を受けるべきかは理解していた。
よって選ぶべき依頼は、『美味しいパンが食べたい』だ。
平穏そうで、何よりもパンの話題で盛り上がることができそうな丁度良い仕事である。稼ぎは少なめだが、将来的なダンジョン攻略で大きく稼ぐことができるので問題もない。
「美味しいパンが食べたいなんて、何か変わった依頼やね。うふふ、面白いわ」
銀孤の様子を見て、レイジは一安心である。
レイジには女心は判らない。五十の元おっさんが理解できるわけがないのだ。
いつだって気が抜けないレイジではあるが、銀孤の顔を見ると心から穏やかな気持ちになるので、幸せなのである。




