21.甘い空気を感じる
レイジ達はギルドを後にして、そそくさと宿屋へ向かった。
いつもの気の良いおっちゃんが出迎えてくれる。
「おうおう、兄ちゃん達、最近仲良しじゃないか。いつも一緒だぜ」
レイジはこうやって揶揄われるのは嫌いではなかった。しかし今日はひどい日だったと思い返す。銀孤との関係を整理する必要があるな。そうレイジが一考していると。
「そうなんよ。うち、最近楽しいんや。この宿もええ宿やしね。他の部屋は間違ってもあいとらんよね?」
「ハハハ、全然空かないぜ。この宿屋も儲かってるもんだ。空き室なんてでない。悪いが一緒の部屋に泊ってくれ」
「それならええんよ。レイジはん、行きましょ」
銀孤は何だかご機嫌だ。レイジはヴィンセールの出来事で、銀弧に嫌われていないか心配だったか、杞憂で済みそうと感じ、心の重荷が取れた。
レイジ達は部屋に戻り、テーブルに座る。ここの宿屋にも慣れたものだ。
さて、銀孤に何て声をかけるか悩むな。そうレイジが考えていると。
「レイジはん、今日はありがとうなぁ。うち、嬉しかった」
銀孤が、少し縮こまったように声をかけてきた。照れているのだろうか。
「いや、アレはひどかった。つい怒ってしまったんだ。銀孤は、あんなこと言われて大丈夫だったかい? 俺もやりすぎたかもしれない。もう落ち着いた?」
銀孤はヴィンセールにひどい事を言われた時、とても動揺していた。だからこそレイジも怒ってしまったのだ。
「えぇ、おかげさまで。落ち着いたよ。うちな、嬉しかった。レイジはんがうちの事、大事に思ってくれてるんやって」
銀孤がとてもしおらしい。いつもと違う雰囲気にとぎまぎしてしまう。
「それはまぁ、大事な仲間だからな」
「うちは確かに仲間や。でもレイジはん言うてくれた。ウチのこと、レイジはんの女やって」
レイジはとても恥ずかしい気持ちになった。
確かに、レイジはそう言った。だがアレはトラブルを避けるための方便な訳で……
「確かに言ったけど、アレはそういう意味では……」
「なぁ、レイジはん。ウチ、ほんまに嬉しかった。ウチが迷いの森に住んでた理由。教えるね」
そうして、銀孤は語り出した。もともとの群れで暮らしていたこと。族長の縁談でトラブルになったこと。相手がろくでもない男だったこと。そして『迷いの森』に逃げてきたこと。最後に俺と出会ったこと。
「うちは、妖狐の中でも優秀な妖狐やった。だから、縁談の話がいっぱいやった。でも誰もうちを見てない。見てるのはうちの魔力と血筋だけ。断り続けたけど、群れの中で子供を産む機械か何かのような扱いやった。だから逃げてきた」
「大変だったんだな」
レイジは、感慨深く銀弧の話を聞いていた。
銀孤は、ヴィンセールに暴言を吐かれた時、過去の辛い気持ちを思い出していたのだ。
それにしても、そんな話があったとは。確かに『迷いの森』とかに移り住んで、独りになりたくなるだろうとレイジは納得した。
そしてレイジは、しんみりした雰囲気を察した。
何だこの雰囲気は。
甘い空気を感じるぞ。
「レイジはん、今日の出来事でウチわかったんや。うち、レイジはんの事が好きや。惚れてしもた。レイジはんは、うちのことどう思ってるの?」
なん……だと……!?
レイジは思いっきり狼狽えた。
いや、茶化している場合ではない。銀孤が真面目な顔をして、レイジを見つめている。
はっきり言おう、レイジは銀孤の事が気になっていた。銀孤と冒険するのは楽しいし、とても充実している。
レイジは嫁がほしいと思って若返った。だから銀孤みたいな子に告白されるなんて、誰が思うのだろうか。もう返事は一つだ。
ここまで彼女は言ってくれた。
だからレイジも、覚悟を決めた。
「銀孤、俺は君の事がとても気になっていた。君の事がとても。だからとても嬉しい。そしてごめん、俺から言うべきだった。今日の事で分かった。銀孤が傷つけられた時、はっきりとわかったんだ。君を好いている。俺と付き合ってくれ」
レイジは言った。人生で初めて。女性に好きだと言った。
心臓が跳ね上がりそうな程緊張していた。
レイジは、理想の女性に好意を寄せられたのだ。美人で、お姉さん気質で、優しい銀孤。この瞬間、レイジは銀弧がとても愛おしく感じた。
レイジと銀孤は、じっと見つめ合った。もう言葉はいらないのだろう。
野暮なことは言えない。いや、言葉なんて不要だ。
銀孤の顔が近い。お互い赤くなっているのがわかる。
レイジは冷静に分析して、そして失敗した。
あまりにも、恥ずかしい。でも悪くない。
下目使いに銀孤がこちらを甘えるようにレイジを見た。
そして唇を尖らせた。
いかに女性経験のないレイジでも察した。
これは、あれか! いいのか! キ、キスしていいのか!
この空気、やるしか……、ないのか!?
レイジは意を決して銀孤の腰を引き寄せた。その感触はとても柔らかく、レイジに電流が走った。
銀孤は目をつぶる。彼女の唇に向かって、俺の唇を軽く触れさせた。
何もかもが初体験。
刺激的で、でも優しくて。
レイジが顔を離すと、銀孤がニッコリ笑う。
レイジはもう、口を動かす事も出来ない。
「レイジはん、改めてよろしくや。ウチ、レイジはんの女になるよ」
うわああああああ!!!
レイジは今にも死にそうだった。
何て恥ずかしくて脳天が蕩ける台詞だ。
俺の女…… 男性としての自尊心が刺激される。
「銀孤、好きだ」
「ウチも」
何だこの甘ったるいやりとりは。
レイジは困惑した、自分がこんな甘いやりとりをするとは思っていなかった。
あまりに恥ずかしくて、でもこの心地の良い雰囲気を堪能していた。
その時、コンコンと部屋をノックされた。
「なんや、ええ雰囲気やのに。タイミングの悪い」
「あ、あぁそうだね。はいはい、何でしょうー?」
レイジは内心、ホっとしていた。アレ以上あの雰囲気に耐えられそうになかった。
それに、一緒のベッドに入るなんてできるわけない!!!
銀孤を大事にするんだ!
「ギルドマスターから贈り物だ。迷惑をかけたとの事だ。二人で飲んでくれだと」
受付のおっちゃんだった。どうやらギルドマスターが、本当にお詫びを用意してくれたらしい。
やはりギルドマスター、気が利いている。中身は紅茶の茶葉のようだ。
「あぁ、そんな事いうてたね。まぁ時間はたくさんあるしなぁ。折角や、一緒に飲みましょレイジはん」
そうしてレイジは、一息つきながら銀孤と紅茶を楽しんだ。
はっきり言って、女性経験皆無のレイジには、刺激的なやり取りすぎたのだ。
だが、冷静に考えてみると、これはこれで恥ずかしい。
紅茶を何とか飲んでみるが、銀孤の顔を見るたびに顔が赤くなるのがわかる。
うむ、味が全然わからん。
銀孤は銀孤で、レイジの様子を面白がろうとしているが、やはり赤くなってるのがわかる。
その様子を見たレイジは、あまりの可愛さに昇天しそうになる。
離しそうになる意識を何とかつかみ取る。
可愛すぎるだろう。ヤバイ。
そうしてレイジ達は、宿の狭い部屋で、一晩を過ごした。




