19.Sランクなんだよなぁ
筋肉隆々の男が出てきた。どうもギルド嬢が呼んできたらしい。ギルドマスターだろうか。
「やりすぎだ! 確かに気持ちはわかるが、ヴィンセールは街に必要な人間だ。腐っても軍隊をまとめ上げている。乱暴な兵士もいるが、それでもだ」
「なるほど。ギルドマスターが言うなら、その通りなのだろう。なら俺を捕まえるか?」
レイジは、ギルドマスターに気合と殺気を込めて威圧を送る。
だがギルドマスター、歴戦の勇士らしく。
レイジの威圧に少し委縮したようだが、気合いで何とかしたようで、姿勢を正し、言葉をつづけた。
「いや、おまえは捕まえない。大方の話の流れは想像がつく。冒険者にトラブルはつきものだ。ここまでにしてやってくれ。おい、野次馬共! 今日は何も起きていないし、何も見なかった! いいな!」
ギルドマスターが大声を上げて野次馬に釘を刺した。相応の威圧が籠っており、なるほど、ここにいる冒険者達では逆らえそうにもない。
そうであれば、仕上げが必要だろう。
「ヴィンセールだったな。俺の名はレイジ。お前を苦しめた男の名だ。覚えておけ、舐めた真似を次にしたら、どうなるか分かるな?」
レイジはヴィンセールに向かって、圧倒的な威圧と殺気を込めて言葉を投げる。レイジには、このヴィンセールという男がどれほどのものか分からない。
レイジに復讐するのか、心が折れるのか。だが結果として、レイジがヴィンセールにしたことは残酷だ。レイジは名を告げ、責任を持たねばならない。
「おい、レイジだったな。ギルドマスター室に来てくれ。そこの銀孤君も。救護班、ヴィンセール様を治療しろ!」
そうして、エントランスでの一幕は落ち着きを見せた。
レイジ達はギルドマスター室に通される。Aランクの魔物、ビックオーガのはく製が飾られており、中々の迫力がある。
テーブルはオークウッドと呼ばれる黒曜の木材を使用しているようだ。中々誂えがいい。新婚生活、こんな家具を揃えてみたいものだな。
レイジは、ギルドマスター室をそのように評価し、能天気に考えていた。
「さて、俺はギルドマスターのメイス。レイジ君。君がしたことはとんでもないことだ。この街の重役、ヴィンセールを表立ってあんな風にするとは」
「メイスさん。とんでもないことをしたのはヴィンセールだ。彼女——銀孤を傷つけたのだから」
ギルドマスターのメイスさんは深いため息をついて、言った。
「俺はギルドマスターだ。ギルド員は守る。俺の命に変えてな。だから、レイジ君をどうしようという訳ではない。しかしヴィンセールもこのギルドとは無関係ではないので、殺させるわけにもいかん」
「なるほど。確かにメイスさんのいう事は筋が通っている。で、俺は今後どうなるんだ?」
「どうなるもこうなるもあるか。揉み消しだ。ヴィンセールもあんな無様、人には言えないだろう。治療はギルドで全力を出す。伝説の秘薬、《七色の万能薬》があればよいが、そんなものはない。しかし名薬、《金色の万能薬》ならばギルドにある。以前Sランク冒険者が置いて行ってくれたものだ。これがあれば回復はするだろう。後遺症は残るかもしれんがな」
メイスさんはもみ消すつもりらしい。大人の世界、そういうルールだよな。レイジからすると、意外だったのはお咎めなしということだ。レイジは暴れて街から逃げなければならない事態も想定していた。指名手配されたかもしれない。
「そうか。手間をかけてすまなかった」
「何だ、素直じゃないか。まぁヴィンセールが悪いのは分かっている。銀孤さんだったな、すまなかった。ギルドマスターとして君に謝罪する。ギルドの監督不行届きである事は間違いない。後で宿へお詫びを持っていこう」
「別に。ギルドマスターに謝られてもねぇ。まぁヴィンセールは痛い目を見たみたいやから、レイジはんに免じて堪忍したる」
銀孤は唇をかみしめて難しい顔をしている。その表情は、まるで何年も忘れることのできないような、深い怒りを称えていた。銀孤が怒るのは分かるが、そこまで難しい顔をするだろうか。ヴィンセールは未遂で終わり、業が回って被害もなかったのに。
「申し訳なかった。だから今日は何も起こらなった。それでいいね。ここからはギルドマスターとしてではなく、俺の個人的な話だ。まずは、よくやった。スッキリしたぜ。ヴィンセールには手を焼いていた」
ギルドマスターのメイスはにっこりと笑う。ご機嫌だ。
どうやらかなり腹に据えていたらしい。
「あいつは、あの通り厄介な奴なんだ。ああやって偉い顔をさせて泣き寝入りするしかなかった。実力もあるから、一般の冒険者では何もできないし、俺は立場があるから無理だった。すっきりしたぜぇ! ヒャハァ!」
「ははは……」
キャラが変わりすぎだろう。今まではギルドマスターとして、今はメイスさん個人として、の人柄ということか。
「それに聞きたい事がある、ヴィンセールはこのギルドきっての冒険者だ。Bランクは貴重。Aランクは世界に数えるほどしかいない。Sランクは伝説だ。それを簡単に打ち倒してしまった。単刀直入に聞く。君は何者だ?」
まぁ、そうだよな。EランクがBランク倒すのはおかしいよな。さてどうしよう。
「秘密です」
ハッキリって誤魔化せそうにもないので、言う気がない事を伝える。だってSランクなんて言っても信じられないだろうし。
「まぁ、そうなるわなぁ。もう一つ、これが最後だ。レイジ君のその剣は何だ? ヴィンセールの持つ《竜殺しの剣》は、Aランクの名剣だ。Cランク以下の剣はだいたい叩き折られてしまう。それにその剣は鞘に収まっていても美しさを感じる。俺にわかるぞ」
「これは、俺の愛剣だよ。自慢の剣さ。銘は内緒だ」
《雪月花》これは伝説の迷宮『ユグドラシル』で鍛え上げた剣。俺が持ち続け、いつしか俺の魂が宿った剣。勿論Sランク級だろう。
「っく。まぁそうだろうな。さて、最後の話だ。これはギルドマスターとしてだが。今ギルドではBランクの冒険者が一人不在になってしまった。補充が必要だ」
「俺にBランクになれと? Eランクですよ、飛び級のしすぎです」
「バカな事を言うな。レイジ君がEランクで済むわけないだろう。ランク詐欺もいいところだ。だから、俺がコネを使って無理やりねじ込む。Bランクだ、おめでとうレイジ君」
レイジは思った。
ハッキリって、Bランク冒険者は面倒くさい。Bランクからはギルドの扱いが代わり、ギルドの食客のような扱いになる。その代わり、ギルドへの恩は果たさねばならない。
う~ん、ギルドの仕事より俺には優先してやることがあるんだよな。
嫁探し第一だ。過去の失敗は繰り返さんぞ。
「Bランクは面倒くさいからCランクにしてくれ。気がむいたらBランクに自力で上がるよ」
「おっ、その台詞忘れるなよ。おまえならAランクもいけそうだ。今日のは貸しにするか」
ギルドマスターも、Bランク昇格を受けてくれるとは思っていなかったらしく、したり顔を見せた。
レイジは、返事が早計だったかなと思案したところで、銀弧が割って入ってきた。
「レイジはん、今日の事は全て忘れるんだったよねぇ。貸しなんて忘れてしもたね」
銀孤が少しクスリと笑って指摘してくれた。確かにその通りだ。
「ギルドマスター、そういう訳だ。今日は何もなかったし、何があったか忘れた、また頼むよ」
「む、これは一本取られたな」
そうしてレイジ一行はギルドマスター室を出た。




