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18.VSヴィンセール

 

 レイジとヴィンセールのやり取りをみた銀孤は怒りに震えていた。


 「ちょいと待ちなんし。うちの気持ちが一番大事でありんす。あんたみたいな男の所、意地でもいったらん」


 銀孤も怒っていた。いや間違いなく怒って仕方のない事なのだが、嫌な思い出を思い出したような、悲しそうな顔をしながら怒っていた。

 レイジにとって、その表情が、とても放っておけなくて。まるで簡単に砕ける精巧なガラス細工の様だ。


 「女、貴様の意見等聞いておらぬ。女は黙って男に従う。その強気は後でへし折ってやるから黙って待っていろ。それより貴様、軍事総帥たる俺様の命令だ。さっさと首を縦に振るがいい」


 レイジはとてつもない怒りを感じてしまった。

 銀孤の表情を見て、その悲しそうな顔をさせた男に対して、だ。

 

 そしてレイジは気がついた。銀孤を好いているのだ。だからこんな怒りを感じる。

 レイジは銀孤への好意を、はっきりと自覚した。

 

 「断る。総帥だが何だが知らないが、おまえにだけは絶対に渡してやらん。銀孤、手を出すなよ。俺がケリをつける」


 銀孤を傷つけた。そのことが、レイジにとって心の底から程腹立たしかった。


 「ハハハハハ。貴様のようなバカな男、嫌いではない。が、俺に反逆するのは死罪に値する。女の前で死ぬがいい。さぁ女、お前が俺の女になるなら、この男は許してやるぞ」


 ヴィンセールは、腰から剣を抜いた。この男、Bランクを名乗るだけあり、実力もあるようだ。

 剣を抜いた瞬間、ヴィンセールから油断が消えた。獲物を前に手抜きはしないらしい。

 

 レイジは作法に則り、愛剣《雪月花》を抜く。この剣を振るうにふさわしい外道だと考えるからだ。


 「一つ聞きたい事があるが、おまえ、これが一回目か?」


 「何だ貴様、貴様は鍛錬した日数を覚えているのか? 毎日、代わる代わる楽しませてもらっている。心が折れた女とはいいものだ。俺が男であり軍人である事を実感できる。貴様のようなものにはわからぬだろうな。奪ってモノにする。鍛えた力で奪い取った美酒。たまらん」


 「外道め。ここで死んでも文句はないな」


 「ハハハ、Eランク無勢に何が出来る。生意気だ。袈裟切りにしてやる、一刀両断だ。女が泣き付いたら、考え直してやってもいいがな、ガハハハハ」


 ギルド内は騒然となっている。受付嬢は額に手を当ててるし、周りの冒険者は、ヴィンセールに対して憎悪の目を向けている。この悪党に対してギルドが目をつぶるとは、よほどの権力者らしい。そうレイジは考えながら、ヴィンセールを正面から見据えた。


 颯爽とヴィンセールが切りかかった。素早いステップと、体系だった構えから繰り出される一撃はなかなか強烈だ。レイジはヴィンセールを分析しながら、ヴィンセールの剣檄を受け止めた。


 ガキン!!! 


 ギルドホールの中で、剣のぶつかりあう音が響く。

 ヴィンセールは感心したようにレイジを見ていった。


 「ほぅ、良い剣だな。俺の《竜殺しの剣(ドラゴ・スレイヤー)》を受け止めるとは。程度の低い剣であればこれで折ってしまうというのに。Eランクには過ぎた剣だな。俺がもらってやろう」


 「お褒め頂いて光栄だね。しかしコイツもおまえには使われたくないだろうよっ」


 レイジはヴィンセールの剣をはじき返し、距離を取った。


 「減らず口を。ほらほら、俺の動きについてこれるか?」


 離れた距離ではあるが、ヴィンセールがすぐに詰めなおしてきた。

 ヴィンセールは剣技を良く納めていて、中々太刀筋が良いとレイジは分析した。

 軍を統率する頭だけあり、実力者である。


 しかし、レイジは元Sランク。実力は折り紙付き。

 いかにヴィンセールが強くても……

 

 レイジは遊んでやる気もなかった。ヴィンセールの踏み込みに対応して、レイジは半身をするりと入れ込て体当たりをする。ヴィンセールは驚いた顔をして対応ができていない。

 

 まだまだ動きが甘いな。

 

 レイジはそう思案しながら、レイジの体当たりで体制を崩したヴィンセールの利き手へ深く切り込んだ。

 その一撃は、ヴィンセールの手の健を断ち、《竜殺しの剣(ドラゴ・スレイヤー)》がカランと音を立てて地面に転がせた。

 

 ヴィンセールは剣檄を受けてうなり声をあげるが、闘志は衰えていなかった。

 剣で切られたからには浅い傷ですむわけがないが、ヴィンセールも根性を見せて、ただではやられない。

 体術で立て直しを図っているようで、レイジに対して即座に蹴り技を放とうとしていた。

 レイジはヴィンセールを少し評価し、しかし歯牙にもかけなかった。


 痛みを我慢して反撃したのは偉いが、相手が悪いな。


 レイジは身をヒラリと交わして、即座に膝の力を抜いた。

 重力で体が地面に吸い付き、蜘蛛のような体制になりながら、ヴィンセールの片足へ切り込んだ。

 

 レイジに蹴り技を放っていたヴィンセールはバランスが保てなくなり、地面に倒れ伏してしまった。

 

 ギルドの野次馬達は思った。

 決着はついた、と。


 「グアアアアアアア。そんなバカな! 貴様ァアアアアア! 俺様を誰だかわかっているのか!!!」


 ヴィンセールは倒れつつ叫び声をあげるという器用な真似をしながら、レイジへ怒鳴り威嚇していた。


 「俺は知らないな。Eランクだし」


 レイジはそしらぬ顔をして、涼し気にこたえた。

 それがヴィンセールの自尊心を大きく傷つけ、そして切られた傷の痛みがヴィンセールを襲った。


 「があああああああああああああああああああああああああああ! 痛い! 痛い!」


 「そりゃまぁ痛いだろうよ。他人に切りかかって、自分は切られないとでも? それに銀孤はもっと痛かったと思うぞ。心の傷は塞がらない。おまえのような男に、言い寄られて、バカにされて、見下されて。ひどい目にあわそうとしたお前が受け取るには、丁度いい痛みだと思うが……」


 ヴィンセールは、しばらく叫んだあと、目を見開いて傷みを堪えた。

 流石に軍事総帥。最初は喚いたが、すぐに強気になったようだ。


 「貴様、この俺を誰だと思っている。許さん、許さんぞ! 俺の軍で殺してやる、殺してやるぞ! おい、冒険者ども、俺を助けんか!」


 ヴィンセールは、周囲の野次馬達に助けを求めていた。素行が良ければ助けてもらえるだろうが……

 誰も名乗り出ない。


 「嘘だ嘘だ嘘だ! 俺は軍事総帥! こんな、こんな! これは夢か。 ははは、そうに違いない! なんたって俺は……!」


 「ところがどっこい。夢じゃないんだよ」


 レイジはヴィンセールを脅すために、《雪月花》をヴィンセールに宛がう。耳を劈くような悲鳴が上がる。


 「なぁ、俺を殺す気だったんだよな? 銀弧が泣き付いたら、考えてやるんだっけ?」


 「や、やめろ。やめろ! やめろ!!!」

 

 レイジはヴィンセールの態度が許せなかった。

 

 酷いことをしていると思う。正当防衛であるとは思うが、しかしそれでも剣で切られると痛いのだ。

 レイジのヴィンセールに対する暴力的な行為が、銀弧を傷つけないかだけが、レイジにとって心残りだった。

 

 もしかしたら銀弧に嫌われるかもしれない。

 レイジの頭にそんな考えがよぎって、しかし仕方のないことだと諦めた。

 身勝手な思いと理解しているが、レイジは銀孤に嫌われても、ヴィンセールに落とし前をつけさせたかった。


 「おい! 誰か助けて! 助けろ! おい! 痛い! 痛い!」

 

 レイジは覚悟を決める。若返ってすぐに手を汚すことになるとはな。

 しがない冒険者家業。色々あるのは仕方ない。

 レイジがヴィンセールへ剣を振り下ろそうとしたその瞬間。


 「何をやっている! ここはギルドのエントランスだぞ! ギルドマスターの沽券にかけて、何人だろうが、殺しは許されない」


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