表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
28/288

027 すったもんだ






さて、馬の死体を発見したまではよかったんだけど。

子供の手ではらちがあかないとみて、庭の掃き掃除をしていた小者のゲンを連行してきたところ、スプラッタが苦手だったのか魂切る悲鳴を上げて卒倒してしまった。

そして、それが騒動の始まりだった。


「ゲ、ゲンさん!」


その悲鳴に通りがかりの旅人たちが集まってくるし、お妙ちゃんが呼んできた家族たちにも馬の死体に驚愕されて、あまり喜ばしくないことに少々騒ぎになってしまった。

あとから駆けつけた太郎・次郎の伯父連にはこっぴどく叱られ、さらには代官所の役人までもがやってきて、もうわけが分からない。

この武家の時代に、『馬』はそれなりにステイタスのある財産のひとつであったから、その死骸が人知れず放置されていたことが問題であったらしい。

役人まで出てきてしまったことで、伯父の太郎はよほど腹を立てたのか、まるで草太が馬を盗んで殺した下手人ででもあるかのように衆目の前で激しく面罵して、何度も殴った。

林家の恥だとまで言われた。えっ、なんでそうなるの?

たしかにこっそりここから運び出そうとしていたけれど、別に死骸だし、誰が損するわけでもないんだから問題はないと思うんだが。

まあまあと言ってあいだに入ってくれた次郎のおかげで事なきを得たのだが、最後は言葉半分で止まったとはいえ勘当するとまで言われかかった。伯父の太郎とはあんまり打ち解けて会話したことがなかったんだけれど、どうやら前から彼の存在が相当に癪に障っていたらしい。


「…こらえてくれ、草太。兄じゃは勘気がひどくてな」


ぼそっと次郎が耳打ちしてくれた。

まじめ一辺倒なあまり、諸事に融通が利かない人なのだと。最近は祖父の貞正様が草太ばかりをかまいつけるので、それへの不満が切っ掛けを得て爆発したのだろうと次郎は言った。

そういえば代官所へ出かけたあのときも、庭にいた太郎伯父は気のせいか彼を睨んでいたように感じた。

現場で1刻(2時間)あまり調査が行われ、走り回っていた役人により所有者不明の馬であることが判明した。所有者不明ということは遠地で盗まれた馬なのかも知れずそれはそれで問題だったんだが、馬盗人の被害にあったのが領民でないことが分かって、役人たちのテンションは一気に下がったようだった。

そのまま放置するわけにもいかないが、代官所も馬の死骸など欲しいわけがない。ちょうどゲンが引いてきた林家の大八車があったので、適当な場所に適当に埋めることと相成った。

大勢の人の手で馬の死骸が引き上げられ、大八車に乗せられる。林家の大事な大八車に不浄物が積まれたことに太郎伯父が顔色を変えていたが、役人の手前いやだというわけにはいかなかったのだろう。その代わりとばかりギロリと睨みつれられる。うわぁ、うっとおしいなぁ。

やがて人垣がばらけて、大八車が動き出した。

どこに埋めてしまうかそれは役人たちの判断である。傍観者に落ちた草太はどうやって馬の骨を奪い返そうかとめまぐるしく考えをめぐらせていたが、役人の中にあの若尾とかいう若侍を見つけて、こいつに決めた! とばかりに即座に行動に移った。


「あの、できたら、…そ、それを引き取らせていただけないでしょうか!」


遠慮がちにしゃしゃり出るという器用なことをして、若侍の服に取りすがる。後ろで太郎伯父が「あっ、このたわけ!」とか怒鳴りつけてきたが、精神年齢三十路半ばのおっさん経営者にはしたたかなスルースキルが備えられている。


「おお、そういえばどこかで見たと思っていたが、いつぞや天領窯に案内した貞正どのの孫ではないか。窯の修復も順調だと報告は聞いているが、ちゃんと窯頭の小助の役に立っているのか」

「…できることはまだ少ないですが、猫の手ほどには役に立たせていただいているようです」

「…相変わらず6歳(数え)とは思えんもの言いだな」

「あの、それでお願いがあるのですが、その馬の死骸をわたしに譲っていただけませんでしょうか」


そこで若侍が、脳裏の代官と目の前の5歳児を見比べているような顔をする。死骸の処理の面倒さから開放されるメリットと、死骸とはいえ武士の魂のひとつともいえる馬を勝手に下げ渡してしまうデメリットが思考の天秤にゆらゆらと揺れ続けているようだ。

ここは一押しだろう。


「この馬の骨を焼くと、得がたい灰が手に入るのです。天領窯でなにが焼けるのか、なにが名産とできるのか、窯頭の小助様も珍しい材料を八方手を尽くして集められています。…この獣の骨の灰もまた、そのひとつになるんです」

「骨の灰が、焼物の材料になるのか」

「左様でございます。まだあまり試されたこともない新しい材料です」

「そうか。坂崎様も天領窯の産物にはひどく期待しておられる。…よかろう、そういうことなら、孫どのに下げ渡してもよいだろう」


よっしゃ!

心のなかでガッツポーズをしつつも、外面はよくできた子供よろしく「ありがとうございます!」と深々とお辞儀。

そうして面倒ごとから開放された役人たちが去っていき、馬を乗せた大八車のまわりに残ったのは林家の伯父甥と、お妙ちゃん一家である。


「このことは父上に報告するからな!」


太郎伯父は内心の不満でギラギラするまなこを草太に向けて、ふてくされたようにペッと唾を吐いた。そうしてひとり、さっさと帰ってしまった。

むろんやる気満々の草太は大八車の引き手に陣取っている。が、5歳児ひとりではさすがに動かない。

お妙ちゃんの家族は快く手伝ってくれそうな雰囲気だったが、残る次郎伯父の手前でしゃばるのを控えているようだ。

微妙な膠着状態に、最初にこらえられなくなったのは次郎だった。


「…またなにをたくらんでいるのかしらんが、こいつをどこに運べばいいんだ」


ほんと、こいつはいいやつだな。

最近天領窯にかかりきりで、次郎の剣術指南は開店休業状態である。貞正様の許可のもととはいえ、おのれの担当する剣術稽古を軽んじられた格好の次郎はあまりそのことに機嫌がよくなかったりするのだが、太郎伯父と違って10倍は大人である。


「最初脂抜きにじっくり煮込まなきゃならないし、ニカワの臭いがひどいと思うから、大原川の川原にでも運んでもらえれば…」

「この大きなやつを煮るのか? そうなると、でかい鍋が必要になるな」

「水が沸騰さえすればいいから、大きな樽が手に入れば……なかに焼いた石をを順番に放り込んでいけば、沸騰させるぐらいはできると思うし」


焼け石の地獄鍋である。

下手をしたら、地面に穴を掘って鍋代わりにしたっていい。別にニカワを採るわけではないので、煮立つのなら何だっていいのだ。


「そのやり方なら、面倒だが煮るぐらいはできそうやな。…よっしゃ、ほしたらオレが木曽屋から古い風呂桶を持ってきてやろう。たしか箍が緩んで使えんとかいってた古いのがあったはずやし」


おお、風呂桶!

この時代で手に入りそうな器のなかでも、最大級の大きさのものである。まさにベストチョイスというところ。

にっと笑いながら、次郎が草太の横にもぐりこんできて並んだ。

これで大人ひとり子供ひとり。

この重荷の大八車が発進するにはまだトルク不足である。


「それじゃあ、あたしは焚き木を集めて来るね!」


草太の横にわずかに空いていたスペースに、お妙ちゃんがぐいぐいと割り込んできた。薪拾いぐらいなら協力できると踏んだのか、さっきまでの自信のなさは嘘のように消えている。

さらに子供ひとり。しかも怪力少女だ。

娘が無事に所定の位置に着いたと見たのか、お妙ちゃん一家がいい笑顔で大八車の後部に回って押し始めた。

その瞬間、トルク不足が劇的に解消した!

大人数でかかれば、重い荷物を積んだ大八車でも軽々と動き出す。

多少のすったもんだはあったけれども、ようやく核心材料ゲットである。

協力してくれる人たちの暖かさにむず痒くなりつつも、草太はいま一度気を引き締めて、頭の中で骨灰精製の手順を整理し始めた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ