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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【誕生編】
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026 ボーンチャイナいきます






天領窯が修復完了したのは、冬至も間近な10月16日【※注1】のことである。

苦労に苦労を重ねた窯が完成したのだ、関係者の鼻息は俄然荒くなった。


「なんとしても来月中には一度本焼きしたい」


そうしてなされた、小助どんの決意表明。

裏で代官の坂崎様が結果を出すようせっついたとかそういうわけでもなく、幕府御用という大変な窯の立ち上げに全責任を負っている、小助どんの内心の焦りが現れたからに他ならない。

この窯、すでに開発が始まって三年程が経っているのだという。開発費はむろん実質的な所有者となる江戸の林本家からの持ち出しで、この時代の御家人などほとんどが火の車の財政に苦しんでいることから、本家も相当に焦ってはいるに違いない。窯の開発に失敗すれば、小助どんばかりか開発に携わったすべての人間が最悪打ち首になる可能性もある。

全員の命を預かる形の小助どんとしては、一日でも早く結果を出したいところであったろう。

窯のひびがすべて埋められたあとは、窯を乾燥させるための仮焚きを繰り返す必要がある。徐々に低い温度から、高温へと窯を慣らしていく。このあたり、窯は一個の生き物のようでもある。

一度目は、窯を素焼き状態の800度前後に。

二度目は少し温度を上げてみて、1000度ぐらいに。簡単な陶器なら焼き上がる温度だ。もちろん少しお遊びみたいな焼物を入れてみた。


(ま、昔の割れ易い瓦程度の焼締まりだな)


最初に掘ったという高社山の土を使ってみたが、あんまり結果はよろしくない。ほとんどの器にひびが入ってしまった。


(現代の土錬機【※注2】でもあればもう少しましな粘土になるんだけどな。もっと徹底的に水車小屋で突いて粉にして、ちゃんと水簸【※注3】せんとまともな粘土にはならんな…)


まあ、完成度がとても低い土、ということだ。

いまのままでは使用には耐えられない。

そっちの土についてはもともと諦めてもいたから、結果さえ分かればあとはゴミクズとしてポイである。

それよりも注目だったのは、耐火煉瓦用に造った第一号土である。

これの完成度には小助どんも少々興奮気味だった。


「…焼上がってもほとんど縮んどらんな。縮みが2分とは…」

「次に窯作るときは、こいつを手本にもっと土を吟味してみんとなぁ」

「…まぐれにきまっとる」


最後のコメントは周助である。本当にケツの穴の小さいやつである。

成功に気を良くしてにへらっと周助に笑いかけたら、不機嫌そうに鼻を鳴らされた。たぶんこいつはおのれの有能さを父親に証明したくて辛抱たまらないのだろう。そんななか目の前の5歳児が一目置かれ出していることが腹に据えかねるのだろう。

そうして三度目の窯焚きで、実用レベルの1300度ぐらいまで温度を上げた。ひびに詰めた目土が縮んで隙間ができ始めたが、とりあえずこのくらいなら実用には耐えるだろう。

試しに入れた磁器土は、しっかりと焼きあがっていた。指で鳴らすと、チーンと澄んだ音がする。

窯の完成に自信を深めた小助どんは、とうとう本焼の日程をぶち上げた。


「いよいよ本番や! 火入れは末の10月30日にするし、入れたいもんがあったら大急ぎで作りゃあて!」


その宣言に、テンションが上がらない職人がいるはずもない。

オーガは飛ぶようにろくろ小屋に消え、周助も乾燥室の方に飛び込んでいく。もうすでにいくらかある作り置きのチェックにいったんだろう。ろくろ小屋のふたつの蹴回しろくろは小助とオーガの専用だ。周助や草太は、彼らが遣っていない時間にしか使用許可が下りなかった。


(よーし! 材料探しに行くぞ!)


《ジョブ大学者》の5歳児は決して慌てません。

もうすでになにを作るかのプランは出来上がっていたのだ。


(牛の骨を何とか見つけないと…)


もうお分かりだと思うが、このとき草太の狙いは《イギリス焼》にしぼられている。

あの磁器を越えた乳白のまろやかな曲線!

そして恐るべきチッピング強度!

某製パンメーカーのパン祭りの景品に酷似したそれは、史上類をあんまり見ない最強の防御力を誇る焼物なのだ!


(いくぜボーンチャイナ!)



***



かくして草太は、林家の領内を目を皿のようにして(うまい!)牛骨を探し回っていたのだった。


「なかなかないね…」

「………」


家を飛び出してすぐに、強力な助っ人が現れた。最近の想い人のイケズな態度に門前の柳の下の幽霊と化していたお妙ちゃんである。

いつものように裏口から姿を消そうとしていたのだが、さすがに行動パターンを読みきられたようだ。すでにがっちりと右手は捕獲されている。

そんなゆっくりと探している場合でない草太は焦りのあまり振りほどこうともがくが、7歳の女児の力を甘く見るなかれ。おそらく馬力換算で草太の倍はあるに違いない。女の子はたいてい早熟なものだが、お妙ちゃんはそうした地域平均を大きく押し上げる存在なのだろう。

未来の旦那様の反抗が、彼女のハートをさらに激しく燃え上がらせる。


「たしかこっちに何か骨みたいのがあったかも」


大原川の川原まで来て「あれぇ?」と首をひねり、意味ありげに草太の顔をのぞき見る。草太の反応が思わしくないと、また何かを思いついたように


「そういえばおじいちゃんがあそこに大きい骨があったとかいってた」


とかいって今度は対岸の高根山の藪の中に突っ込んでいく。

もちろんなにも出てこない。半ば意地になって彼を振り回しているのだろう。

普段の余裕がある時の草太なら、大人の鷹揚さで彼女の我が侭に付き合って見せただろう。

しかしいまはダメだ。

天領窯のカウントダウンが始まっているのだ。一分一秒が黄金の価値がある。


「あのね、お妙ちゃん…」

「そ、そういえば北丘郷のへんに…」

「お妙ちゃん!」


両手を掴んでまっすぐに彼女の眸を仰ぎ見る。

キョドっていたお妙ちゃんの視線がとうとう彼に捕まり、とたんに盛大に涙があふれ出てきた。

やることの多すぎるいま、彼女の存在は草太には負担だった。なるべく早めに結論をつけなければならなかったのだ。

息を詰めて、なるべくショックの残らないような言葉を捜して唾を飲み込んだ草太の真剣な眼差しに、お妙ちゃんは直感の稲妻に打たれたのだろう。

いきなり藪の中を駆け出した!


「お妙ちゃん!」


現代のように整備が進んでいないこの時代の森は、薪拾いのよく入る手入れされた山と、まったくの手付かずの雑木林では雲泥の差である。藪の中に突然沼があったりして地形的にも危ないところが多い。マムシなどの毒蛇もそこいらじゅうにいたから、足元の見えにくい藪にはあまり入らないほうが安全だった。

こうなった以上はレディを保護するのは紳士の役目である。追いかけるように草太は藪の中に分け入ったが、藪の向こうで「ヒギャッ」と短い悲鳴が上がって、お妙ちゃんの姿が視界から消えた。

草に足をとられて転んだのだろう。慌てて草太はお妙ちゃんのいそうな所に駆け込んで、そして同じように何か硬いものに足を取られてすっころんだ。

藪はそこから下りに傾斜して、奥のほうは湿地っぽくなっていた。

藪の中でお互いを認め合ったとき、双方がびしょ濡れになっていたのでふとした切っ掛けで笑いがはじけた。着物がぐっしょり濡れて、ふたりとも雨のなかで凍える子犬みたいだった。

その屈託ない笑いのなかで、草太のなかにあったマイナスな感情がリセットされたようだった。

さあどうやってここから出ようと考えをめぐらそうとした草太を、お妙ちゃんの短い声が遮った。


「あっ!」


お妙ちゃんが、草太の背後を力いっぱいに指差している。

何事かと振り返った草太の目に。


(なにか骨発見したッ!)


彼らが躓いたのは、何かの大きな動物の死体だった。

まだ体毛の残る微妙にスプラッタな死体だったが、むろん草太にそんな些細なことは関係なかった。


死体は、馬のものだった。






【※注1】……10月16日。西暦に置き換えると、1854年12月5日。

【※注2】……土錬機(どれんき)。自動で土を練ってくれる機械。ソーセージのように粘土をひり出してきます。

【※注3】……水簸(すいひ)。粘土の粒子の大きさを選別し、採り分けるために水につけ置くこと。粒子の大きな土は下に沈み、粒子の小さいきめ細かな土が上に浮いて来ます。


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