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陶都物語~赤き炎の中に~  作者: まふまふ
【独立編】
177/288

049 颯太vs円治①






「これはこれは陶林様。江戸に行かれているとうかがっておりましたが、いつこちらにお戻りで」


このクソ爺はやはり油断ならない。

朝っぱらから川を渡ってくる人目につく集団を見た人間が報せたのか、颯太らが西浦屋の門を叩く前にはすでにそうしてにこやかに出迎えていた。

屋敷の中に招じ入れられ、颯太ほか同行の人間たち全員がやや大きめの間に腰を据えた。

颯太に庫之丞、後藤さんに太郎伯父、さらには荒事に備えたほうがいいと代官所の名代として天領窯の警備担当であるお役人、若尾も顔をそろえている。

お上の直臣に地元有力旗本の跡取り、大原の庄屋の『元』跡取りに代官所の役人までいるわけで、豪商とはいえ西浦屋がどうにかできる面子ではないのだけれども、後藤さん若尾さんあたりは刀の柄に手を添えたまま離そうとしない。

かなり殺伐とした空気をまとった一団に西浦屋の家人たちが目に見えて怯えるなか、当主である円治ひとり、まるで揺るぐことなく平然と茶をすすっている。


「相変わらず……というほどには忙しそうやないね」


朝方から押しかけてきた結構迷惑な客なのだが、客もホストもそのあたりは華麗にスルーして、おざなりな挨拶もそこそこに会話の口火が切られた。

颯太はこの部屋に入るまでの西浦屋の風景をじっくりと反芻するように、手に取るべき得物(言葉)の切れ味を確かめるように言葉を刻んでいく。


「大阪のほうはよう知らんけど、江戸向けの荷がだぶついとるからその出荷待ちってとこかな」

「陶林様に御骨折りをいただき、ようよう江戸店への荷が動き出したばかり、さすがに窯繁期の普段ほどの忙しさにはまだまだでございます」


颯太の切り口がなんであるかを見定めているのだろう、そこで湯飲みを置いた円治が居住まいを正して深々と平伏する。江戸便割り込みに便宜を図ったのは颯太なのだから、まずは確実に上手の取れるネタ振りであるといえる。

いかに颯太がお上の直臣とはいえ、主従関係があるわけでも特別な商取引があるわけでもない円治は、とくに許可を求めるでなくややして面を上げた。


「陶林様のご高配により、美濃のいくつの窯が潰れることをまぬかれたか。薄利の美濃焼は品物が少しだぶつくだけですぐに命取りになりかねませぬ。美濃焼を取りまとめる総取締役として、改めて御礼を…」

「あの娘をダシにつかうとかほんとやめて欲しいんやけど……まあ、感謝してくれるなら、その感謝はとりあえず心の床の間にでも置いておこうか」

「いずれ何か形のあるもので…」

「まあ、後々の『貸し』のひとつでカウントしとって」

「かうん…、とは」

「勘定しとってってこと」

「………」


含みのある言い方に何かを感じ取ったように、円治は押し黙って颯太を見やってくる。まずは優勢を決める有力な取引カードの存在が、場に伏せられる。


「…前触れもなく突然押しかけて申し訳ないんやけど、少し西浦屋さんに聞きたいことがあるんやわ。…お時間はええかな?」

「何か難しそうな話のようですな。多少の事ならば」


円治の眼差しが油断なく物々しい同行者たちに配られる。その頭のなかではいまいろいろな打算がめまぐるしく駆け回っていることだろう。

多少などと、話の向きが都合悪くなればすぐに逃げ出す気なのだろうが、四の五の言い出す前に畳み掛けてやる。


「…お忙しいところ申し訳ない。…実はさ、公儀の役務にて西へと向う途上、束の間の休暇もかねてたまたま実家に寄ってみたんやけど……なんかいろいろと頭の痛い問題が起こっててね。株仲間の役方としてくたびれた身体に鞭打って不承不承こうして動いているところなんやわ」


そうしてずばりと本題へと切り込んでいく。

朝っぱらから押しかけてきているその『来意』がまさしくそれだと、あからさまに口にしているわけで。言葉で直接責めているわけではないのだが、物々しく徒党を組んでやってきている時点でその意図が伝わらぬわけもない。

そのあたりの言外の問いに、円治はどのように反応するのか…。


「…長旅でお疲れのところに、それはまた大変なことでございますな。…して、その件とこのご来訪が何か関係でも?」


まあこの辺は予想通り。

さすが面の皮の厚さは半端ない。

ただ、ちらりとその視線が同席させた太郎伯父に向けられたことを颯太は見逃さない。


「…実は西浦屋さんに相談したいことがあってね……以前、そちらの祥子殿とうちの伯父上で例の話が進められていた折、しばらくうちの伯父上がお世話になっとったようやけど……そのとき商家の空気に感化でもされたんやろうね。…まとめ役不在をいいことにド素人が知った気になって生兵法を振り回したおかげで、うちの株仲間が大混乱なんやわ」


本来なら恥ずかしくて外には言い出せないようなことを平然と口にして、颯太はなお探る目に力を込める。


「お世話などと滅相な……うちで感化とは、太郎殿がなにを?」

「お恥ずかしい話やけど、株仲間筆頭取締役、普賢下林家の次期惣領なれどこの伯父上は株仲間にとっては実質まったくの部外者。調子のすぐれん祖父の名代で何度か出席しとる間に色気が出たのか、良く理解もせずにそちらの『仲買人株』を真似てまってね」

「うちの仲買人株……『鑑札』を、ですか」

「そうそう、その鑑札。…勝手に作って、勝手に売ってしまったみたいなんや」


颯太と円治の視線が空中で火花を弾けさせる。

ほとんど動揺らしきものもないその様子に、颯太は内心舌打ちしつつアクセルを徐々に踏み込んでいく。


「西浦屋さんには鑑札で囲っとる仲買人が大勢おるそうやけど…」

「話の筋がまだよく見えては来ないのですが……郡代様の計らいでそちらの天領窯は美濃焼取締役所の領分からは外れているのですから、鑑札などお好きにすればよろしいかと。…都合が悪いのだったら、ただ振り出した鑑札を『無効』とすればよいだけのこと。ご相談を受けるほどのことでは…」

「むろん、うちの窯でも『無効』にすることが決まったんで、いまは鑑札に金子を払った仲買人を探し出して、払い戻そうとしとるんやけど……なかなか見つからんくてね」

「………」

「美濃に出入りしとる仲買人のことなら、総取締役の西浦屋さんが一番把握しとるやろうってことで、こうして相談させてもらいにきたんやわ。…西浦屋さんのとこには仲買人たちと取り交わした鑑札のかたっぽがあるんやろう? もしかしたら出入りの人間のなかに被害者がおるかもしれんし、その鑑札の片割れを見せてもらえば見つけられるんやないかと思って」


(ククク…)


ザ・筆跡鑑定!

仲買人が大勢いるとしても、せいぜい数百人、というところだろう。筆字は上手い下手が如実に現れるので、特定の筆使いに焦点を合わせれば個人特定は割合に容易であろう。

返金のため……そんな颯太のおためごかしを見抜いたように円治の眼差しが厳しくなるが、そこは海千の商売人である。慌てたそぶりもなく、


「たとえご恩のある陶林様の頼みであっても、この西浦円治、商売人としてそればかりは請合えませぬ。仲買人は蔵元にとって大切なお得意先と同義、それをお教えするなどとてもとても……陶林様はお武家様であると同時に同業、『天領窯』の人間でございましょう。同業者に商売のタネをわざわざ見せるなどさすがにありえませぬ」


まあ断るわな、普通。

企業にとって、得意先のデータ流失は死活問題に関わるような大事である。ダメもとであるので構わず颯太はもう一歩間合いに踏み込んだ。


「…それは残念。うちの伯父上が見せてもらったというから、あるいは気軽に見せてもらえるかもとか思ったんですが。…ねえ、伯父上」不意に目配せをされて、後ろで所在無さげに縮こまっていた太郎が泡を食ったように居住まいを正す。

「見せてもらったんでしょう? 伯父上」

「そ、そうです」


言葉の煉瓦を積み上げつつ、クソじじいの退路を少しずつふさいでいく。

仲買人を鑑札で飼うなどという商売を想像もできなかった素人が、まがりなりにも書式の整った証文を用意するにはすでに完成した雛形を見るのが一番である。つまり太郎は鑑札となる証文を見て覚えたわけであり、今回の騒動の発端に西浦屋が噛んでいたという傍証のひとつとなる。


「…太郎殿には、いずれ娘婿との思いもございましたので……たしかにそのようなこともございました。しかしそれとこれとは…」

「それを見せられたのはずいぶん最近の話だというじゃないですか。破談寸前の相手にそんな理屈で見せるようなものでもないでしょう。…なんかおかしいですね? そう思いませんか」

「………」

「何も知らない素人には、あんな手の込んだ問題を起こすことなんかできん。火の気がなけりゃそもそも火事も起きんし……どんなつもりだったかは知らんけど、伯父上にいろいろと空気を入れてくれてたみたいやね……西浦屋さん、不在中に家ん中かき回されて、ぼくが不愉快にならんとでもおもっとるの」

「…陶」

「ちょっと男同士、腹を割って話そうか」


ハメ技、『男と男の話し合い』モード発動!

過日、見上げるほどに格上だった西浦円治が、いま身長差を埋め合わせてもなお同じくらいの高さにいる。

まだあれから1年経ったかどうかというくらいなのに、人生なにがどうなるか分からないものだ。

逃げを打とうとしたに違いない円治が、初めて会談したあのときと立場をひっくり返したような颯太の『男と男の話し合い』モードで絡めとられた。

逃がさんよ、クソじじい。

颯太に肩を叩かれて、その日初めて円治は身震いした。


今日はここまでです。

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