58.晴れ
うつ伏せに倒れているクァダバルの上に、メイリーが跨っている。
「なんで!なんで!お前らは!!」
ドスッ ドスッ ドスッ
先程から何度も背をナイフで刺されて、クァダバルは既に絶命している。
「死ね!死ね!死ね!死ね!」
ドスッ ドスッ ドスッ ドスッ
「め、メイリーさん…」
ママルがおずおずと声を掛けると、メイリーはハッと気づいたようにママルの顔を見た。
「ママルちゃん…」
「その、そいつもう、死んでるから」
「……うっ…うううぅぅ……」
「それと、何て言うか……、メイリーさんは……、死ななくて良いからね」
「……どうして?」
「…良いじゃん。悪い奴を殺してるだけなんだから、俺も、モンスター、て言うかそうじゃない人も、沢山殺してるし」
「…………でも…」
「割り切れない気持ちは解るけど。割り切らないとどうしようもないんだ。きっと」
「…でもね。違うのよ?…だって、私はね。殺してる時、嬉しいんだもの…」
「それはっ………」
「じゃあね………≪潜闇≫」
「メイリーさん…」
「こればっかりは、どう言葉にしたらよいか解らんな」
テフラが居た扉の奥から、ユリが歩いて来た。
「あ、ユリちゃん、うまく行ったね」
「うむ。読み通り。やはりコープスが関わっていたな」
ユリのスキル、≪人避けの守り:人認識阻害≫の効果は、その範囲内の者が人から気にされなくなるという物だ。
いつもの当たり前の風景のような。
特に理由もなく、なんとなく避けて通る道のような。
気配はあるのに、そこに疑問を持たれない、意識を割かれない。
存在を認識されている最中に使っても意味は無いが、
確認してみたところ、テフラでも認識できなかったため、クァダバルにも有効だと考えた。
あとはテフラがユリを背負って、ママルが扉を破った後からこっそりと侵入。聖堂内を探索し、クァダバルの武器となるであろう、コープスを殲滅するだけだった。
「どこ行ったんだろ」
「まぁ、またさっきみたいに、そのうち姿を現すんじゃないですかね?」
「だと良いんだけど…」
「ではお主たち、街を周るとするか。おそらくもうモンスターもいないだろ」
「そっか、まだ生き残ってる人達がいるか調べなきゃ」
「じゃあ私は、街の外周沿いに見てきます。ユリさんはママルさんと一緒に」
「む、モンスターがまだいたとしても、一般人くらいであればわしでも勝てるぞ!」
「いや、また何か変なの出てくるかもしれないでしょ。行くよ」
「むぅ……」
「あー、そうだ、その前に一応…≪アプライ:鑑定≫」
●モンスター:人間:呪術師:クァダバル Lv120 スキル:体眼 呪詛 宍陀混 宍填換 眼奪経 冥屍留 etc…
呪術師集団、ワールドバースの一員。人の肉体を弄る事が好きなため、コープスの研究開発に熱を入れている
呪耐性(中) 弱点:突
「ワールドバース……ダッサ!」
――
「もうこの街は安全になりました!皆さん、日常を取り戻してください!
ただでさえ人口があまりにも減っていて、このままでは日々の食料も持ちません!
それは皆さんが良く解ってるはずです!」
テフラはその足で次々と家々を駆け回り声を上げる。
だが、まだ誰1人として生存者を確認できていない。
隠れ潜んでいる事を考えると、どこまで本当の意味で声が届いているのか解らない。
例えば水を発生させる魔道具は、魔導核1つで半年は使えるらしい。
ギリギリの状況だとしても、なんとかなっているのかもしれない。
(しかしこれは、何か対策しないとマズいかも…)
気づけば、この街に来た時の入口付近にたどり着いていた。
「あれ?」
テフラは知っている人間を見つけて駆け寄る。
「バッダスさん!それと…、ベンさんとケイさんも」
3人はシモンヌの私兵、隊長とその部下だ。
「おお!テフラさん!」
話を聞くと、ビービムルに戻ったファーマンは村長に、
そしてそのままシモンヌへ話を通すと、3人に様子を見に行くよう指示し、
シモンヌ自身は用事のためにアルカンダルへ向かったのだそうだ。
「ふむ…そういう事であれば、私に考えがあります」
今度はテフラから話を聞いたバッダスの提案の元、ショーンの家に全員を集める。
ママル達の居場所はテフラが鼻で追えた。
そして皆を前にバッダスが話始める。
「街の住民は警戒している、結局そこが原因という事ですね」
「まぁ、そうだのう」
「ですので、ええと、ショーンさんと言いましたか。それにデックさんの家族や、カールさんの兄妹。あなた達が頑張るのです」
「お、俺達が?何を?」
「少しでも知っている人間の心当たりは、沢山あるでしょう。兎に角知り合いの家や、思い当たる場所を片っ端から当たってください。
そして、もし人が見つかったら、また同じことをしてもらってください。
ディーファンは大きい街ですが、必ず人と人は繋がっています。
状況的に知人でも警戒はするでしょうが、見ず知らずの人よりはずっと簡単なハズです」
ママル達3人、特にユリは目を丸くしていた。
(確かに、俺達は何て言うか、ここの人たちは、守るべき対象としか考えていなかったな)
バッダスは続けて部下に指示をする。
「ベン!悪いが外のファーマンの所へ行って、またビービムルに帰るんだ。
まずは村長に伝えて、そこから村長を連れてディーファンまでの村を周ってくれ」
「協力者を募るんですね?」
「あぁ、場合によってはむしろ、このディーファンの住民にはここを捨ててもらう事になるかもしれんが。まぁ詳しい事はシモンヌ様が戻ったら決めよう、何にせよ、こういう時こそ協力しなければ」
「承知しました!」
「バッダス…お主…」
「どうされました?」
「わしは感動しておる。…まだこの世界で、人が人を助けるために協力する事があるなど…」
「いや、はは、大袈裟ですよ。私達の食料1つにしたって、協力があって成り立っているのですから」
「…ユリちゃん?……めっちゃポカーンってしてる…」
「いや、何と言うか、アルカンダルの件以来、ずっとわしは、常に、警戒しておった」
「まぁなんとなく解るけど」
「聞いたか?!食料の協力と一緒だと言うこやつの言葉!それと今の、一方的な無償の奉仕は別だろう!だのにこやつは今、同じだと言った!」
「聞いたよ」
「シイズでは当たり前だった、でも、外では当り前じゃなかったのだ!でも!良い人はちゃんとおる!」
「はは、テフラさんもシイズの外の人だし、シモンヌさんとか、ダニーの村長とか、ちゃんと良い人じゃん」
「そ!そうだ!そうだったのだ!!」
「えっと、つまり?」
「眼の霧が晴れた様な気分だ!!」
ユリは結局、いわゆる普通の人達の中に、ちゃんと良い人が居るという事を、
本当の意味では信じられなくなっていたのだろう。
切っ掛けは今のバッダスだったが、きっとここまで出会ってきた人達の、
当り前の、普通の優しさが、外界を知らなかった少女の心を少しずつ溶かして行ったのだ。
「私は別に良い人じゃないと思いますけど」
そうテフラが真顔で答えると、バッダスが続く。
「私も、ただこうあるべきだと思って行動しているだけです」
「かー!!お主たち!!!かーーっ!!!」
「ははは、ウケる」




