52.幻
(流れで、敵の本拠地と思しき所まで来てしまったけど、
まぁ俺1人でなんとか出来るならその方が良いだろ…。
しかし、メイリー、かなり危険だな…。言動もなんと言うか、
殺しとか掃除とか、一貫してないような感じがする)
道中、モンスター化した人らしき姿や声が聞こえるたびに、
メイリーは即座に殺して周っていた。
(俺の魔法も人の事言えたもんじゃないけど、なんて言うか…)
怒りと快楽で歪んでいるような顔で、必要以上に繰り返しナイフを突き立てる様は、ママルの心を動揺させるのには十分だった。
アジトは、街中の民家から地下へと続くように広がっていた。
入口からここまで20人程度、その半数以上をメイリーが殺している。
敵を見つけ次第、瞬時にスキルで背後に移動し刺す。単純だが強力な技だ。
「ママルちゃん、凄いわ…でも死体が汚くなるのは、なんだか気になっちゃう」
「あ、あぁ、じゃあ、俺は動きを止める魔法でやろうかな…」
「良いわね!それが良いわ!」
結構奥の方へ来ただろうか、少し大きめの扉を開けると、
人が2人通れるだけの通路が現れた。
そこに不用心にも踏み込むと、突如上から大量の粉が、ママル達に向かって落下して来る。
「うおっ!」
「≪潜闇≫」
ママルは粉の下敷きになり、メイリーはスキルで、
地面に潜るようにして、室内まで移動し回避した。
「ママルちゃん、大丈夫?」
(こ、これは…、魔法薬か?!やばい、吸っちまった!)
例えばポーションとは、魔法薬そのものである。
そして魔法薬に限らず、食事等のアイテム然り、ママルはその効果を100%享受してきた。
どれだけレベルが高くとも、アイテムの効果は100%発揮される。
大量の粉は、街中で配られていた魔法薬の改造版。
トランサーと名付けられたそれの効果は、
1.幻覚状態を引き起こし、意識は朦朧とし幸福な悪夢を見る、
かつモンスター化直後の狂乱を抑える。
2.攻撃衝動の増加、モンスター化を促す。
3.精神と意識の結びつきを強める。コープス化させた際に、生前のスキルを引き継げるようにする。
4.自傷、というスキルの付与。スキルの植え付けにより、肉体変化を促す。
これらによって、ほぼ確実に、一撃でモンスター化を成功させる。
さらに自傷のスキルは、別の魔法薬によって強制的に発動させる事が出来る。
(意識が、ボヤける…、胸の奥が、ムカムカする…何、してたんだっけ。
気持ちが悪い。吐き気が込み上げる。
いや、気持ちが良い。脳が、体が、分離して飛んでいくみたいだ。
あれ?ユリちゃん、テフラさん、どうしてここに居るんだ?)
2人は、仲睦まじく談笑している。
その中に、ルゥが混ざって来た、続いてリンが、シイズ村の皆が、
ヒポグリフの皆が、これまで出会ってきた人たちが次々に集まって、
とても楽しそうに、幸せそうにしている。
「何してるの?」
ママルがそう声を掛けると、皆が恐怖におののき、逃げ出した。
だが逃げた先に、ママルと同じ姿をした者が立っていて、
次々と魔法で殺して行く。
「や、やめろ!やめろ!!!」
ママルは、もう1人のママルに飛び掛かって、殴りつける。
頭が弾け飛ぶ、片腕が落ちる、内臓が飛び散る。
それでも何度も殴りつける。
「俺じゃない!これは!だから!」
振り返ると、ユリが笑顔でこちらを見ていた。
(良かった…)
もう一度、もう1人のママルに向き直ると、その姿はルゥの死体になっていた。
「な、なんで!!!」
「フハハハハハ!!!」
「お、お前!アルカンダルの国王!!」
「私は、お前に復讐するために、魔王になって蘇ったのだ!!フハハハ!」
またもや、飛び掛かって殴りつける。
「死ね!死ね!死ね!死ねぇ!」
「ぐわあああああ!!」
「救世主様!勇者様!ヒーロー!ありがとう!ありがとう!」
――――
「良かった。避けたのがメイリーの方で」
「誰?あなた…」
トーチはモンスター化していないため、メイリーは攻撃に移らずにいる。
「思った通り。私はトーチって言うの、覚えなくていいけどね…≪ウィーク:欠点探知≫」
「…?何?」
「ふ、ふ、ねぇ、ちょっとこっちへいらっしゃいな」
「嫌よ、何か、あなた怪しいわ、さっきから、魔法で何してるのよ…」
「ちょっとね、これを、見て欲しいの≪イマージュ:虚像≫」
そう言って、トーチは魔法による幻影で作った姿見を、ドンと目の前に置いた。
「……………!?!!???」
「どう?あなた、最近鏡見た?無意識に避けてた?ちゃんと見て?自分の姿を」
「い、いやっ……」
「ほら、これがあなたよ、あなたが大嫌いなモンスター」
「違うっ!」
「違わないわよ、ほら、よく見ないと!≪イマージュ:虚像≫!」
もう一度同じ魔法を唱えると、メイリーを取り囲むように複数の姿見が配置される。
「そんな!そんな!嫌っ!やだあああ!!!!」
「ほら、ね?殺さなきゃ。憎いもんね?殺さなきゃ!」
その場にへたり込んだメイリーの瞳には、自分自身の顔が、蛆虫に覆われている姿が映っていた。そんな自分の顔に爪を立て、ギリギリと皮膚を抉る。
(痛い、痛い!死ね!殺す!痛い!気持ち悪い!死ね…!)
トーチの背後から、ブランドが姿を現した。
トーチと同じく、ガスマスクのようなもので口元を覆っている。
「おい、このまま殺せ」
「え?こいつら2人に殺し合いさせるんでしょ?」
「よく見ろ。もう俺達だけで殺せる。ここまで見事にハマってくれるとはな」
「確かに…」
「俺ら2人で、ハイクラス2人に勝てるんだ、やるべきだ!」
(2人って、ほとんど私のお陰じゃないの)
「ま、じゃあ駄目押しね。≪トラマト:心傷刺激≫」
メイリーの脳内に、あの日の記憶が不確かに、より辛い思い出となって蘇る。
蛆虫に取りつかれた自分が、友や両親を手にかける景色。
そしてメイリーは自分の、父親のナイフを手にして、自分の胸に当てがった。
刃を横に倒す。この位置だ。骨に当たらず、一突きで心臓を刺せる。
「ハッ…はっ…はっ…はっ……っ!!」




