41.帰らずの森
サイクロプスが住んでいると言う帰らずの森へ向かって、ママル達が乗る馬車と、
兵士達がそれぞれ乗っている馬が走っている。
「女と獣人2人…しかも内2人は年端も行かない感じじゃないか」
「討伐には賛成だが、大丈夫なのか?」
「シモンヌ様が大丈夫そうだって仰っていたが…」
「一番小さいのが身に着けてる装備には恐怖を感じるけどな」
兵士たちの会話が、蹄の音と共に聞こえてくる。
「あの」
「はっ、部下が失礼致します!後ほどきつく言っておきますので!」
ママルの声に、即座にそう返事をしたのは、
同じ馬車に乗る、隊長を務める初老で長身の男、バッダスだ。
「いえ、それはまぁ良いんですけど…、到着したら、後方から着いて来て貰う感じでお願いします」
「それは…戦闘になってもですか?」
「むしろ、戦闘の時ほど…、ユリちゃんが一緒に後ろに行って守りますので」
「任せるがよい」
「はぁ……」
この辺りの段取りは昨晩3人で話し合った。
結局ママルとテフラで行く方が確実だし安全という事だけで、
特に何か凄い作戦を思いついたわけではない。
間もなく目的地に到着すると、馬具の紐を木に結び、御者には待機していてもらう。
村からここまでは足跡が残っていたため、
森へ入ってもそのまま足跡を追って行けばサイクロプスの元にたどり着けるはずだ。
「では、先行します」
「承知いたしました…、よろしくお願いいたします…」
「任せたで~」
「そっちもね~」
「ユリさん達もお気をつけて」
「なんか…緊張するなぁ」
殆ど独り言のように言葉を漏らすママルにテフラが答える。
「数が多かったら困りますね、慎重に行きましょう」
「ですね。最低でも3体…」
(しかも交戦した記録もほぼ無いと来たもんだ、妙なスキルとか使ったりとかしてこなければ良いけど)
少し歩くと、熊や猪、鹿などと思わしき獣の屍がいくつも転がっていた。
「サイクロプスがやったんですかね?」
「おそらくは、………でも…」
「どうしました?」
「……この辺り、まだ縄張りの外だと思います、既に入っていたとしたら、襲われていると思うので」
「まぁ、そうですね」
「外の獣を狩っているのに、ほぼ食べるでもなく放置されています」
「あ、確かに。…モンスター化の影響とかですかね」
「そんな気がしますね」
(モンスターのモンスター化って考えると頭がこんがらがる。
いや、モンスターの定義が、前世でのそれとは違う事は解ってるんだけど。
サイクロプスだよ?一つ目の巨人。いよいよもってファンタジーだ)
「見かけたら一応、俺が初手≪アプライ:鑑定≫で探ってみます」
「お願いします。頼りにしてますからね」
「えっ、あ、ありがとうございます」
――――――
10日ほど前、斥候のスカアは、遠距離から吹矢で3体のサイクロプスに魔法薬を打ち込んだ。モンスターになった場合、基本的には獣であれば暴れまわる。人間であれば悪事を働く。
であれば、その中間程度の理性や知能しかないこいつらの場合はどうなるのか。
その検証をするために、フォルネルと言う街からやってきていた。
人の理性とは中々厄介で、一度の投与でいきなりモンスター化を引き起こすことはそれほどない。
だが、元々凶暴性が高いサイクロプスであれば、一度で効果が表れるだろうと聞いた。
そしてその効果の程を確認して、スカアは驚愕する。
3体のサイクロプスは徒党を組み、仲間のサイクロプスを丸太で叩きのめしたのだ。
その後、普段出る事のない森の外へまで足を延ばすと、人間の村を襲った。
だが恐ろしい事に、全てを破壊し尽くさなかった。
奴らは理解しているのだ、弱者を一方的に嬲り、奪う快楽を。
そしてそれを一度で終わらせないためにどうするべきかを。
アルカンダルが落ちた今、魔法薬実験の進捗に支障をきたすのは間違いない。
この危険な任務は半ば強引に押し付けられた形だったが、
ここで得た情報があれば、普段は出来るだけ関わらないようにしている、
こういった凶暴な種族の使い道が解ってくる。
むしろ思考パターンをもっと知れたら、支配することもできるかもしれない。
(呪術師の奴らも喜ぶだろう、奴らの後ろ盾があれば、インザルあたりを次の国王にする事も出来るはずだ。いや、むしろ俺がこの手柄でもって国王になったりしてな)
スカアはそんな馬鹿な妄想をしながら、サイクロプスを観察し続けた。
提示された期間は15日間。そしてその半分程は過ぎた。
サイクロプス達は元の縄張りを中心に、森の中の獣を狩って遊んでいるようだ。
折角労力をはたいて獲物をしとめているのに、大半は一口程度齧って捨てている。
そしてそんな行動にも最近は飽きが見える。
人里から奪ってきた食料ももう食い終わってしまっているし、
また森の外に出ていくかもしれない。そうしたら観察が難しくなる。
ビービムル村に行ったときは結構苦労した。
スカアは気怠さと、新しい情報が得られるかもしれない期待で揺れる。
そんな時、サイクロプス達の方へ向かう2人の獣人を見つけた。
(なんだ、あいつら…、いや、あの黒い小さい方…あれは あの見た目は、
国王殺しの悪魔じゃないか?真っ黒い装束に鳥の様な仮面、そして大きい尻尾、
実際にこの目で見るのは初めてだが、どうすべきか)
すっかり慣れて来たこの任務だが、初日の頃のような緊張が走った。




