第49話 芽生え始めた気持ち
「なんか、こういう日もいいな。代わり映えのないようにも感じるけど、休日に二人でのんびりと過ごして、そして……お酒を飲みながら談笑するつうのがさ」
「いいよね~。何気ない日常の1ページって感じで……」
「気持ちが和むっていうか、安らぐっていうか……まぁ、言葉じゃ言いづらいくて、上手い喩えが思い浮かばないけどな」
「わかるよ。私も同じ気持ちだからねぇ〜。のんびり、のほほーんって感じ」
「ははっ。そっかそっか」
同意してくれたのは、建前かもしれないし、真実かもしれない。
口に出したことが事実であるなんて、それは本人しか知り得ないことだ。
そうだとしても、嫌な態度をとられたりあからさまな演技をされていない。“同じ気持ちだ”って、いつもの調子で言ってくれている……それだけで、救われた気分になる。
くすっと思わず笑ってしまうような、そんな温かい気持ちに……。
——俺ってこんな生活がしたかったんだなぁ。
そう、実感すると途端に心臓が、とくんと高鳴った。
「奏には話したことなかったけど、俺はどちらかと言うと休みはインドア派でさ。家にずっといるのが好きって感じだったんだ」
「へぇ~。そうだったんだ。確かに、ゲームとか好きって言ってたもんね! あ……、じゃあ、外に連れ出しちゃってごめん……」
「謝るなよ。奏を責めたくて、そう言ったわけじゃないんだからさ」
「そうなの?? なんか珍しく哀愁に満ちた顔で言うから何事かと思ったじゃん」
「哀愁って、お前なぁ……」
それってどんな顔だよ!
って、ツッコミたい衝動を抑え、俺は嘆息する。
それから話が逸れないように、話題を戻すことにした。
「単純に、今日みたいに外の空気を吸うのも悪くなかった。そう思ったんだよ。自分ではインドア派で家でゴロゴロが至高で至福と思っていたけど、違ったんだって」
「そっかぁ。じゃあ、新しい発見だねッ!」
「まぁね。奏といると色んな価値観が変わってくな。勿論、いい意味で。奏と過ごす日は楽しいよ」
俺が素直な気持ちを言ったのが珍しかったのか。
奏は大きな目をぱちくりと瞬かせ、自分の頬をつねる。
まるで夢か現実かを確かめるような仕草に、思わず苦笑した。
そして、俺が言ったことをようやく自覚したのが表情を緩ませる。
何度か自分の頬をペチペチと叩き引き締めると、奏は俺の表情を窺うような視線を向けてきた。
「ねぇ、しんたろーはまだ不安?」
「不安?」
漠然とした問いに顔をしかめる。
普通だったらこんな脈絡のない質問を理解することは出来ないだろう。
けど……。
俺には、彼女の不安そうな顔から何が言いたいか感覚的に理解できていた。
「不安がないと言えば嘘になるかな。気になることも多いしね……」
「そうだよね……って、気になること?」
「ああ。もっと、自分が簡単な性格してれば良かったんだけどね。これは、A型の特徴なのかな? 割り切ればいいんだろうけど、どうしても気にしちゃうんだなぁ」
「私は気にしないよ。何があっても」
「強いな、奏は……。でも、当事者になると思ってた以上に精神がやられることもあるんだぞ?」
奏は知らないが、離婚をしてから少なからず偏見の目に悩むことがあった。
それに加えて、先の不安……。
奏に救われたと言っても、どうしてもチラついてしまう。
けど、そんな俺を元気づけるように俺の手をぎゅっと握り、微笑みながら俺の目をしっかりと見つめてきた。
「もう私は昔のように弱くないよ。どんなこ辛いことからも逃げないし、何があってもきちんと受け止める。周りに何を言われても、私だけは味方。だから、悩むことがあっても一緒に解決しようよ。しんたろーは……もう、独りじゃない」
彼女の口から出た言葉に、俺は昔の自分を重ね、ため息と笑みの混合したものを大きく吐き出す。
同時に、すーっと胸の奥が軽くなったような気がした。
「ありがと。ほんと、頼もしいな」
「……これも、誰かさんの受け売りだけどねー。でも、その考えや気持ちは私の中で血となって巡ってるよ」
「はは、そっか」
自分が言った言葉で彼女が救われ、そして自分に返ってきた。
あの時、自分の言葉よりも大きな説得力を伴って……。
こんなにも、嬉しくて励まされることはない。
そして、俺の心に不安とは正反対の感情が大きくなってゆくようだ。
頭で考え、自覚することでそれがどんどんと大きくなる。
やべぇ……こんな気持ち……。
初めてなんだけど……。
顔に火がついたぐらい熱い。
動悸は激しく、高鳴る心臓の音が周りにも聞こえそうなぐらいだ。
俺が熱を冷まそうと手で顔を扇いでいると、奏が冷えたビールを顔に当ててきて魅力的な笑顔で微笑んできた。
「さぁ! じゃんじゃん飲むよぉ~~っ。今日は無礼講だぁぁああ!」
「おいおい。叫ぶのは近所迷惑だからな? ってか、奏に無礼講とかは存在しないだろ」
俺がツッコミを入れると、彼女は待ってましたと言わんばかりに屈託のない笑みを浮かべ、ケラケラと笑う。
こんなやりとりに俺は唯々、癒されてゆくのを感じた。
「飲み過ぎるなよ?」
「大丈夫大丈夫! あ、でも~前後不覚になっても、襲っちゃダメだよー?」
「安心しろ、そんなことはしないから」
「え~。ヘタレじゃ~ん」
「うっせ」
仏頂面で答えた俺の頬を「何とか言え~」とダルがらみをしながら突いてくる。
お酒が入っているからか、いつも以上に密着してきていた。
こんな何気ない日常。
何気ないやりとりが、俺には楽しく――かけがえのないものに感じた。
デートの締めとなる奏との飲みは、彼女が寝てしまうまで続いたのだった。
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次回から元嫁が二話。
そして、終幕に向かいます!




