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第42話 努力した甲斐があったね

 

「負けた……これは完敗だよ」



 俺の言葉に奏は、えっへんと胸を張りドヤ顔をした。


 家事全般をやり続け……正直、料理には自信がある。

 だから負けないって、心の中ではどこか思っていたのだろう。

 でも、その自信は今日で見事に崩れ去ってしまった。


 ……色々と凄い。

 なんか語彙力がなくなるほどに……。


 奏の作った弁当は、俺なんかが相手にならないような出来栄えで、食べ進めるとその料理に舌鼓を打ち、仕事の疲れが癒されるようだった。

 締めにはデザートもあり、アフターケアも完璧という……まさに非の打ち所がない。


 そうなると、最早悔しさも欠片もなく唯々、感心するばかりだった。

 清々しさもあるぐらい……。


 俺は食べ終わり、箸を置くと丁寧な所作で頭を下げた。

 降参を示すようなポーズである。



「ふふっ。何やってんの~有賀っち」


「ご馳走様でした。結構な御点前で……」


「は~い。お粗末さまでしたぁ~」



 満面の笑みを浮かべながらも、どこかほっとしたように表情を緩めた。

 それからお弁当を片付けてゆく。


 って、俺の降参ポーズはスルーなのかよ……。



「奏、マジで料理がうまくなったな……。箸が止まんなかったよ。かなり食べたのにまだまだ食べたりないぐらいだ」


「またまた~。大袈裟だよぉ」


「そんなことはないって。これなら毎日でも食べたいぐらいだ」


「へ? い、今なんて……?」


「毎日でも食べたいぐらいって言ったんだけど……可笑しかったか?」


「い、いや全然可笑しくないよ!!」



 食い気味に答え、それから頬を押さえてもじもじとする。

「どうしよー」とか「心の準備が~っ」とか……しまいには「胃袋攻略は正解だったんだ!」と、うんうんと独り芝居を始めてしまった。


 顔面七変化と喩えてもいいその表情の変化が面白くて、俺は思わず苦笑した。

 だが、「あ……」と何かに気が付いた声と共に急に笑顔が消え失せる。

 最終的には口を尖らせて不機嫌そうな態度になった。


 さっきまで浮かれていたのが嘘みたいに……めっちゃ不機嫌である。



「どうかしたか?」


「別に~。ただ、ぬか喜びすると地獄に堕とされそうだから、気を引き締めたのー。最後の最後まで油断はしないってねー」


「俺は、大真面目に言ったつもりだったんだけどな」


「えー……そんな風に言われると期待しちゃうよー?」


「ははっ」


「ちょっと! 笑って誤魔化さないでよね!?」



「もうっ!」と奏は頰を膨らませ、俺を揺らしてきた。

 怒ってるような表情と仕草だが、目は笑っていてふざけてるようである。


 俺は、彼女を宥めると頭に手を置き、ぽんぽんと軽く叩く。すると、奏は嬉しそうに目を細めた。



「とにかく美味しかったのは事実だよ。今まで口にした中で一番だった」


「へへ〜、嬉しいこと言ってくれてありがと。練習した甲斐があったってことだね~っ」


「そっか。奏は努力家だな」


「まぁ、そこそこだけどね。一応ね……お母さんに教えてもらったんだよ」


「そう……なのか?」


「うん。だって、勿体ないでしょ? 身近にプロがいるのにその技を盗まないなんてさ」


「成長したな、奏」


「えへへ~。もっと褒めていいんだよ~」



 猫みたいにじゃれてくる奏の頭を「よしよし」と撫でてやると、にへらと緩んだ顔になった。

 それがどうしようもなく愛おしく感じ、俺は彼女が態勢を変えるまで撫で続ける。


 自分から歩み寄ったのか……あれだけ嫌がっていたのに。


 奏の家は老舗料亭を営んでいる。

 だから、その跡取りを……ってところで昔は色々と揉めていた。


 今では問題なさそうだけどね。

 人って成長するもんだなぁ。

 料理なんて煙たがっていたのに、それがここまでの腕前までになったと思うと……ああ、マジで涙が零れてきそうだ。


 涙腺がゆるくなったかな……?


 俺は彼女に気づかれないように目を擦ろうとすると、なんだか視線を感じた。

 恐る恐る奏の様子を窺うと、至近距離で俺の顔を見ている。



「……なんだ?」


「もしかして、泣いてるの? めっちゃ目が潤んでいない……だ、大丈夫??」



 心配そうに様子を窺ってくる。

 でも、『教え子の成長に感動してるんだよ!!』なんてことは恥ずかしくて言えず、俺は曖昧に笑って誤魔化すことにした。







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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり昔は跡取り問題あったのね。 みんな、変わる。
[良い点] やばい、この距離感尊すぎる
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