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第38話 肩にかかる温かい重み

 

 ——暑くなり始めている晩夏の昼下がり。


 自己主張がやたらと激しい太陽は、これでもかと言わんばかりにぎらぎらと照りつけている。

 電車内にいる俺にもその日差しが当たり、冷房が効いなければ溶けていたかもしれないと思わせるほど、鋭いものに思えた。


 夏も本格化してきたなぁ……。


 冷房の効いた電車は心地よく、お手軽な避暑地のようだ。

 ガタンゴトンと揺れる電車は、乗車している人を眠りへと誘うゆりかごのようで、辺りを見渡すと船を漕ぐ人が何人もいた。


 気持ち良さそうに寝てる。

 そんな人たちを俺は微笑ましい目で眺め、ふぅと息を吐く。

 それから窓の外に視線を移し、ぼーっとのどかな風景を見ることにした。



「有賀っちー……」



 肩にかかる温かい重み。

 頭を少しだけ傾けて彼女を見ると、甘い香りが俺の鼻腔をくすぐってきた。



「……起きたと思ったけど、寝てるのか?」



 そう訊ねて見ても、何も返ってこない。


 俺は、肩にもたれかかって寝る奏を見て苦笑する。

 寝ている姿は、いつもの彼女とは違う雰囲気に醸し出していて、どこかあどけないものに見えた。

 スヤスヤと寝息を立てているのを見ていると、口元が緩み笑みが溢れる。


 ……写真を撮りたくなる寝顔だよなぁ。

 眼福と評しても過言ではない端正な顔立ちから、無防備な寝顔。

 普段の元気の良さからのギャップが、俺の心を妙に揺さぶってくるのだ。


 俺は気を紛らわそうと電車の中吊り広告を見る。

 だが、そんなことをしても彼女から伝わる熱が俺を落ち着かせてくれない。



 家だと緊張しないのにな。

 外ってだけで、妙な緊張感があるのだろうか?



「それにしても寝るの早かったなぁ……珍しい」



 隙があるようで隙のないのが奏だ。

 そんな奏が電車に乗って10分ほどで、すぐに寝てしまっている。

 俺の横で無防備に隙だらけな状態だ。



 ——きっと疲れていたのだろう。



 彼女のことは、よく知っている。

 なんでも一生懸命で、我慢強くて、負けず嫌いで……そして、人を思いやることができる——それが奏だ。


 俺よりも一枚も二枚も、精神的に上で達観している。


 ——妹とのわだかまり。

 ——家族とのしがらみ。

 ——自分らしく生きることの難しさ。


 こういった辛い時期を乗り越えたからこその産物だろう。

 人として飛躍的に成長を果たしたのは……。



「見た目だけは、あの頃とそんな変わらないんだけどなぁ」



 彼女の寝顔が机で突っ伏して寝ていた時を彷彿とさせ、不意に昔のことを俺に思い出させてきた。


 昔、奏が生徒だった時に聞かれたことがある。

『せんせーって、なんでそんなにニコニコして優しいの? いつも他人のためにで、めんどくさくない?』って。


 その時、俺はなんて答えたのか……それは覚えていない。

 でも、彼女から言われたことは——今でもハッキリ覚えている。



『じゃあそんな優しいせんせーのことは、誰が救ってくれるんだろうね』



 俺はその時、不覚にも固まってしまい曖昧な笑みで誤魔化すしかなかった。


 けど、思い返してみるとそこからかもしれない。

 奏が俺を気にかけるような世話焼きになったのは……。


 だから彼女にとってはいつも通り。

 今日もデートのために、あれこれ考えてきてくれたに違いない。



「……いつもありがとう。潰れずに済んだのは奏のお陰だよ」



 気づくと俺はそう口にしていた。


 寝ていて聞いてるわけがない。

 だから、起きている時に改めて言うべきなのだろう。


 でも、気のせいだろうか?

 彼女の方が薄らと赤くなった気がした。



「……実は起きてんの?」


「………………」



 返ってくるのは寝息だけ……か。

 俺は気持ち良さそうに寝ている奏を横目にちらりと見て、微笑を浮かべる。

 それから車窓の外に広がる風景へと視線を移した。


 夏だからか……身体が妙に火照るな。

 そんなことを思い、俺は顔を手で扇いだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] 両方とも、初々しいなあ。 一方はバツイチの既婚者なのに。
[気になる点] 電車内での居眠りにはヨダレが付き物(←偏見) [一言] 女の子の寝顔はじろじろ見る物ではない。 チラチラ見る物だ!!(嘘)
[一言] 今でさえ夫唱婦随のような関係性で過しているので、時が満ちれば深い契りで結ばれた真の夫婦に成るでしょう。
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