八十八話 意外な繋がり
レンゲの誤解を晴らせなかったスカイだったが、ちょうどタイミング良くレメと一緒になれたので、彼女を伴って生徒会長のもとを訪ねることにした。
レメがいると生徒会長との交渉がスムーズに進む、とかいう考えはなかったが、普通なら思いつきそうな考えだ。そういう計算がないからこそレメは純粋な気持ちで今ついて来ているし、この後会うスルンにも変な警戒心を与えないだろう。無邪気……いや、考えなしといった方がいいだろう、そういった状態がいい場合もあるということだ。
生徒会室には、いつものように執務に取り組む生徒会長と、補佐する副会長がいた。
「会長、頼みがある。聞いてくれ」
何の前触れもなく、いきなり切り出すスカイだった。
「変な要求をするんじゃないわよ。変なこと言ったら会長の前に私のフィルターが入るからね」
レメの事前審査に通らねば会長までたどり着けないらしい。
しかし、頼まれる本人は意外と気さくな様子だ。
微笑ましい笑顔でスカイたちを眺め、一旦自分の仕事を止めた。
「スカイ君には、日頃から生徒会の仕事でお世話になっている。君は何も欲しがらないからね。ようやくお返しができそうで一安心なのだが、それはレンギアとレメたんがいても大丈夫な話かな?」
普段何も要求しないスカイが頼み事をしに来たのだ。簡単な話ではないと悟ったスルンが一瞬にして判断し、こういった気を利かせた。交渉事になれた人物故できることだろう。
今回のことは自分の師匠と、三大公爵家に関わることだ。
レンギアもレメも関係はないが、スカイはいても大丈夫だと判断する。
「レメには助力願うことがあるかもしれないし、それにレンギア副会長は会長の指示には従うよな?黙っていてくれるように言ってくれれば、この場にいてくれて構わない」
「レンギア、この話はこの場だけでお願いします」
「はい、会長」
従順で真面目な男だ。充分信頼に足る。
「一応、レメたんもね?」
念のためにこちらも釘を刺しておく。
「わかってますってば」
頬を膨らませて抗議するレメ。その顔が少し可愛くて嬉しそうにほほ笑むスルン。この顔を見たくて敢えて言ったのかもしれない。
「先日、騎士団長が来て話したことを覚えているか?」
「……『死神』についてかしら?」
騎士団長がスカイの機微に気付いたように、スルンもスカイが死神という名に反応したことに気が付いていた。すぐに返答できたのはそれ故。
「ああ、実を言うと『死神』は俺の師匠だ。今重大な嫌疑をかけられて騎士団に狙われているし、昨日は公爵家の陰謀に巻き込まれて牢にも入った。『死神』を中心にいろいろと事件が起きている」
「公爵家……まあアルランカ家ってところかしらね」
スカイが敢えて名を言わなくても、同じ公爵家であるスルンにはいろいろと容易に想像できる部分があるらしい。
「俺は師匠を助けたい。このままだと師匠は死神として騎士団から目をつけられ続けるし、アルランカ家の陰謀に振り回されて体が持たないだろう」
「死神、たしかアンス・ランスロット。『ランスロット家のごくつぶし』よね?あれが、あなたの師匠だなんて、とても不思議な感じね」
「師匠を知っているのか?」
「ええ、公爵家の人間として貴族の顔は広く知っているわ。あれがあなたのような傑物を生むとは、人はわからないものね」
「師匠は充分優れた人物だ。性格や生活能力はあれだが……」
治療師としての腕や、魔法の才は疑いようもないが、生活能力のなさなどをあげると……その全てを褒めてやることは弟子のスカイにも難しかった。
「弟子だと名乗るあなたが言うのだから、そうなのでしょうね。世間の評判なんて当てにならないわ。で、その師匠を助けるために私がやることはなにかしら?大体察しはついているけれど」
「まさか、会長に会いに来たのって……」
レメとレンギアにもこの話の先が見えたみたいで、緊張感を顔に浮かべていた。
「最近王都で流行っている髑髏の発疹が出る奇病だが、師匠はこれを人為的なものだと推測し、それを俺の能力で断定した。病の裏にはアルランカ家がいる。公爵家がなにを企んでいるかははっきりしないが、相手が相手だ。アルランカ家を探るために、同じ公爵位であるイストワール家の助力を頼みたい」
レンギアとレメが、予想が当たったとばかりにがっかりする。
公爵家の陰謀に巻き込まれている時点である程度は予想できたが、ハッキリと口にされるとやはり改めて驚かざるを得ない。
信じられないような話しだが、スカイは三大公爵家の一つと喧嘩したいらしい。そうするために、同じ公爵家であるスルンを頼りに来たのだ。
そっと天井を見上げたスルン。簡単ではないこの話しを、その良く回る頭で整理しているみたいだった。
「うむ、突飛な話だけれど、事情をある程度知っている私からするとそうおかしな話でもない。アルランカ家は公爵家を名乗るには既に厳しすぎる財政状況。陰謀を企てるには動機が十分すぎるほどある。それに、昔アルランカ家には、それはそれは美しい土地固有の花が咲いていたらしい。しかし、人に移るその強烈な毒性が見つかって以来、アルランカ家の歴史から消された花。実家にある古い資料にそう記されていたのを見たことがある。情報統制はおこなったらしいけど、同じ公爵家である我が家には少しばかり情報が漏れていたらしいわ」
スカイがアンスと導き出した話すまでもなく、スルンも同じ推測を行った。
治療してとしての観点からアンスが推測し、爵位の観点からスルンも同じ推測をした。更にはスカイの『いきなり真犯人』もある。真っ黒に染まって来たアルランカ家。
ただし、権力が不足している。
「アルランカ家には確実になにかがある、か。正妃様の実家であるポワゾン家。それに我がイストワール家が今回の病をアルランカ家の陰謀だと弾劾して領地の調査に押し入ることは可能よ」
「なら――」
そうしてくれ、と頼みそうになったスカイだが、スルンがすぐに首を横に振って拒否した。
「しかし、そうすると段取りに数か月はかかるでしょうね。病はその間王都を蝕み続ける。あなたが救いたい師匠様は治療に明け暮れて、倒れてしまうのでは?救えない患者が出ると、騎士団から更に『死神』の名に拍がつけられそうね」
アンスの背景まで見えてきたスルンが、状況をうまく回すために安直な策は取れないと説得する。
「ったく、仕方ない。また師匠と相談してなにか考えるか」
イストワール家の助力は頼めないと思ったスカイだったが、その決断もどうやらまだ早いらしい。
「いいえ、イストワール家単独の力なら貸せるわ。いい案もある。あなたの願いなら、何でも叶えてあげるっていつも言っているでしょう?」
スカイはいつも見返りを求めない。生徒会の報酬も、卒業後の華々しい出世街道も。だからこそ、何か求めてきたときには絶対に応えると決めていたし、いつもそう口にしていた。彼女はうそをつかない。
「そうよ、スカイ。会長に不可能はないんだから!」
なんとか話に付いて来ていたレメが、いつも通り最後に会長万歳をして話のまとめに入った。
最後に告げられた案を、スカイも了承することになる。
タルトンが自室の扉を開くと、そこには生徒会長と副会長が立っていた。
真剣な顔に、少し癒し系ぽっちゃりの可愛いらしいタルトンの顔も引き締まる。
流れる冷や汗。
「え?……まさか先日の学校脱出の罰ですか?」
スレインズ襲撃の際、最初の被害者になったのはタルトンだった。夜間に脱出しようとしたところをカネントに捕まり、実の両親に会う機会を奪われたあの不運。
もちろん罰則覚悟だったが、こうして生徒会長と向き合うと途端に不安になるタルトンだった。
実は、事が大きくなりすぎてタルトンの脱走の件など誰も覚えていなかったし、罰則もなかったのだが、ちょうど使えそうなネタだったのでスルンはこれを使った。
「ええ、罰則よ。一か月間の停学。療養の意味合いも込めて、あなたには実家へと戻ってもらうことにするわ」
「て、停学……。いや、まあそれくらいで済んで良かったというべきか。あの、寮にはいさせて貰えませんか?その、実家は、というか育てて貰った人はいるにはいるんですが、とても変わった人で。停学で帰ったとか言ったら、なんかいろいろと怒られるというか……しばらくカエルとかに変えられそうというか」
「カエル?変わったお方なのはわかったわ。でも帰りなさい」
「そんなー」
停学はたったさっき思いついたが、自宅療養で帰らせるのは事前に決めていたことだ。
停学の方が、強制力があっていい。
「ほら、送迎には私が付く他、生徒会の二人も付くから」
扉の端から、ひょこっと姿を見せたスカイとレメが笑顔で手を振る。事情を知らせていないので、二人はあくまでも優しき同級生の同伴者だ。
「はぁー、まあいいか。スカイにはちょうど俺の育ての親と会わせたかったし」
無色の七魔を習ったときにも、そんなことを言っていたタルトンだった。
ちょうどいい機会だと納得したのだろう。
それに、なんだかんだスカイとレメがいるだけで少し安心できるタルトンだった。笑顔が効いたのかもしれない。
こうしてタルトンの帰郷が決まった。
タルトンの実家、育ての親がいる土地は、今回の事件の中心地、アルランカ領内である。
同級生の療養帰宅に、生徒会のメンバーが護送するという名目でアルランカ領に入る。
イストワール家の者であるスルンは、その際にアルランカ家に挨拶をする予定だ。彼女が視線を引いている間に、スカイとアンスが動けばいい。そういう作戦だ。
「自称賢者を名乗る爺さんで、俺の育ての親だけど、本当に変な人だから気を付けるんだぞ、スカイ」
タルトンがやたらとまずそうな顔をしているが、スカイは一目会うだけで、そのあとはアルランカの花の捜索に出るつもりなので特別意識もしていない。
魔法の知識に優れた人らしいが、今は後回しする人だという認識でいた。面白そうな人ならまた会いにいけばいい。
しかし、そう考えてはいたが、アンスに報告しにいった際に予定が少し変わることになる。
スルン達と作った計画を詳細に報告する。
「そうか、作戦はそれでいい。私は道中の健康管理のための治療師として同伴か。それもいい作戦だ。それはそうと、前に言いかけたのだが、スカイに大事な話があるんだ」
「なんです?」
「君が使う不思議な力だが、私の知識にも限界がある。けれど、回答をくれそうな人を私は知っている」
「誰ですか?
「私の、師匠だ」
「へえー、師匠にも師匠がいるんですね。当然か。いや、それにだいぶ前に少し聞いた気もする」
「私も少しだけ言った気がするな。自称賢者を名乗る変わり者の爺さんでな、たぶん今はアルランカ領にいる。いい機会だ、会って話を聞いてくとしよう」
「あれ?」
自称賢者の変わり者の爺さん、どこかで聞いたようなフレーズだった。




