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八十六話 ソフィアの実家

牢に入れられた、まさに、その日の出来事だった。

看守がアンスとスカイの入った牢獄を開錠していく。


アンスは訳知り顔だが、スカイは展開の速さに驚いている。

流石に数日は監禁されると思っていたのだが、拘束されてから数時間しか経っていないのだ。

事が早すぎる。一体どんな権力が働けばこんなことになるのか。


牢から出た後、アンスはスカイに身を綺麗にするように言った。

シャワーを丁寧に浴びて、身ぎれいな服装に着替えさせられる。


「さて、お礼を述べに行くよ」

「誰にです?」

「着けばわかるさ」

二人が入れられた牢獄は王城敷地内の地下に作られたもので、これから城の中へと入ろうとしていた。会うのはこの国のお偉いさん方だと予測がつく。

以前スカイも褒賞金を貰いにここに来ていたが、あれが最初で最後の機会だと思っていた。

こんな直近でまたここに来ることになるとは想像していなかった。


二人が城に入ると案内の者が待機していて、奥へ奥へと通された。

以前王様と会った時ほどの規模ではないが、広い部屋へと通される。

その奥に座す一人の女性と、側に立つ若い女性。


一人はスカイも知る人物だった。

「……ソフィア」

ぼそりと言葉が漏れ出た。間違いなくそこにはソフィアがいた。


「正妃様、此度は手間を取らせてしまい、申し訳ございません」

二人の前にたどり着くと、アンスが膝を曲げて頭を下げた。

「いえいえ、あなたは愛娘の命の恩人。これくらいわけありませんよ」

「ありがたきお言葉。弟子のスカイ・ヴィンセントも感謝しておりますが、あいにくと礼儀知らず故、失礼を現在進行形でしておりますこと謝罪いたします」

「ふふっ、御堅いのが嫌いな私にちょうどいいじゃない」

寛大な言葉と態度。正妃様がこういう人だと知っているのでアンスはスカイに礼儀を叩き込むようなことはしなかったのだ。

通常は王族を前にボーっと立っているなどあり得ないのだから。


「久々に城にやってきたのだもの。今日はゆっくりしていきなさい。娘はあなたのことを慕っているようだし、話を聞いていって下さって」

「はい、そのように」

少ない言葉を残して、正妃様は下がった。

権利の濫用をしたアルランカ家を正妃がそれを上回る力で制した。

その代償が娘と話していきなさい、という軽いものを要求するだけ。それだけ正妃にとって今回の権力の行使は小さなものでしかない。彼女の絶大なる立場が容易に想像できた。


残されたソフィアとアンス、それにスカイ。

こうなれば畏まった会話は必要なかった。

「まったく、お師匠様の優秀な一番弟子であり、アホスカイの姉弟子である私がいないと二人はダメダメね」

呆れた顔で、やれやれと両手を挙げながらソフィアが言った。


「あれ?ソフィアが姉弟子ってことになったの?」

「面倒くさいから、そういうことでまとまりました」

「確かに面倒くさそうだ」

男たちにはどうでもいいらしく、本音が漏れる。

「あなたたち、もう一回牢に戻りたいのかしら?」

すぐにご機嫌を取った!


落ち着いたころ、三人が今回の事件の話に入る。

「ま、アルランカ家は墓穴を掘ったね。騎士団長の考えが正しい。こちらがぼろを出し、誰もカバーしきれないまで待つっていうやり方は地味に効く。そして何よりも、アルランカ家はやましいことをしていますって自白したようなものだ」

「それもそうね。三大公爵家とは名ばかり、母の実家ポワゾン家とイストワール家とは既に力の差がついた没落しつつあるアルランカ家。悪さをたくらむにはいくらでも理由があるわ」

二人の話に少しついていけなくて、スカイが一旦止める。


「ちょっと待て、なんでそんな強大な公爵家相手にこんな権力を使えたんだ?いくらなんでもこんなにあっさりと事が進むのは違和感がある」

没落しつつあるとはいえ、権力と権力がぶつかり合えばもっともめ事が起きそうだが、今回はあっさりと進んでいる。それが納得いかない。


「正妃様の名は、フィリア・ポワゾン。三大公爵家の一つポワゾン家の令嬢にして、皇太子殿下の母君でもある。ソフィアは少し年の離れた妹で、フィリア様の末娘でもある。末娘を助けた私に昔から便宜を図ってくれているんだ」

「皇太子の母だったのか。正妃だし、それもそうか。てことは、ソフィアっていうのは、王族の中でもかなり凄い類の王族なのか?」

「そうなるね」

説明しているのはアンスだが、ソフィアは側で鼻高そうな顔で満足していた。


「全然そうは見えないけどな」

「不敬罪って知っているかしら?」

火花を散らす二人を仲裁したアンスが話を戻していく。


「それよりも今回の事件だ。出来れば密かに解決していきたかったが、そうもいかなくなった。スカイの力でアルランカ家は黒だと判明したことだし、この際権力を使えればそうしたいのだが、協力して貰えるか?」

言葉はもちろんソフィアに向けられたものだ。

権力のけの字もないスカイには関係のないお話。


あらかた病気のことについてソフィアも説明を受け、師匠の提案に悩む。

「うーん、難しいです。っていうのが正直なところ。アルランカ家は没落しつつあるけれど、やはり立場はいまだ公爵家。強引に領地に押し入るっていうのは、流石にそう簡単にいかないと思うわ。王族の力を利用しようにも、私にそんなものはないし。今や王家の力はほとんど皇太子である兄が握っているの。その兄は私を敬遠しているし、助力を願うのも厳しい」

先日王様に会った際、やたらと軽さを感じていたスカイだったが、なんだか妙に納得いった。すでに権力は国王から皇太子に委譲しつつあるのだ。もしくは奪われつつあるのかもしれないが。ということは、先日の襲撃事件も実際は皇太子が命令を出した可能性が出てくる。

今は関係ない話か、と頭を切り替えてスカイは二人の話に再度集中する。


「ただ、母の実家の力は借りられるわ。兄はポワゾン家とほとんど関わろうとしないし、末娘なだけあって、私は母にもポワゾン家にも可愛がられている。実際あふれ出る可愛さがあるしね」

「表向きはな」

再びスカイとソフィアの視線が交差し、火花が飛び交う。

話が進まないので、アンスが強引にスカイの顔を背けさせた。首が少しグキッと鳴った。


「それでも、ポワゾン家の発言だけでどうにかできるとも思わない。せめてイストワール家も声を揃えて、アルランカ家が疑わしいと言ってくれなければね。調査に入るためには、最低でもそのくらいは必要ってこと」

権力に詳しいソフィアがそういうならそうなのだろう。

アンス、ソフィア両者が顔を曇らせる。

ポワゾン家の協力は得られるが、イストワール家まで動いてくれる材料がなさすぎる。

中央のもめ事や権力にあまり興味を示さないイストワール家がその重たい腰を上げる理由が、二人にはどうしても思い浮かばない様子だ。

そもそも伝手すらない状態でもある。


しかし、この男は違う。

スカイはスルン・イストワールと生徒会で毎週顔を合わせている仲だ。頼むくらいならいくらでもできる。


「生徒会長ってイストワール家であっているよな?」

「ええ、スルン・イストワールは間違いなくイストワール家のもの。あの家は男子が生まれていないから、このまま行けば、彼女が正当後継者にもなる。けれど、あの人はイストワール家の血を濃く受け継いでいるわ。無欲というか、掴みどころがないというか。とにかく、頼む相手としては最悪って感じね」

「そうか?レメが言うには優しい人らしいぞ。まあ、二人には伝手もないみたいだし、取り敢えず俺が頼んでみるよ」

「そんなことできるの?」

「頼んでみるだけだ。ダメだったらまたほかの作戦を考えればいい」

「それもそうだね」

アンスがまとめに入る。


「イストワール家の助力を頼んで、それが得られれば我々は二大公爵家の名の下にアルランカ家へと調査に入る。ポワゾン家、イストワール家のメンツの為にもそこで何としてもアルランカの花を見つけ出す。もしくはそれに類する証拠を」

ソフィアとスカイが同意する。

「ただ、イストワール家の協力が得られないとなると、また別の作戦を考えるとしよう。それと、今後しばらくは気軽にソフィアとも会えない。私は騎士団長に睨まれた存在だ。これ以上王女殿下としてのソフィアに迷惑をかけられない」

「ええ、お師匠様がそう言うのなら」

話がきっちりとまとまったので、三人は早速行動に出た。


アンスは実家へと戻って準備に入り、ソフィアとスカイは高等魔法学院へと戻っていく。

学校に無事着くと、ソフィアがスカイに声をかけた。

「良かったら私の部屋に来ない?あんたいつ見ても瘦せていて、お腹すいたような顔しているから、心配だわ。何か栄養の着くもの作ってあげる」

「ああ、いつもお腹すいているのは事実だ」

「なんでよ。お金ならあるんだから、食堂でしっかり食べなさいよ」

「悪いが俺はいつでも金欠だ!」

「なんで自慢気なのよ」

スカイの事情など知らないソフィア。

とにかく、師匠のためにしっかり働いて貰うためにも、倒れて貰うわけにはいかない。

料理は得意な方じゃないが、できないこともない。


弟弟子ということもあり、自分が面倒を見てやるかとソフィアは思っていた。

しかし、これが波乱の幕開けとなることを二人はまだ知らない。


ソフィアの部屋へと、あの二人が一歩一歩近づきつつあるのだ。



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― 新着の感想 ―
[一言] ソフィアがヒロインになってきちゃった~よ
[良い点] >良かったら私の部屋に来ない? 王妃の末娘で母方の家からも可愛いがられている女の子の部屋に、礼儀のなってない同じ年頃の男の子が入る… 自殺志願者かな?
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