八十五話 陰謀
アンスの実家へと連れてこられたスカイは驚愕した。
いつも少し抜けていて、旅の間はかなりみすぼらしい格好をしていた師匠の実家が、あまりに普通な貴族の屋敷だったからだ。
「師匠って本当に貴族だったんですね」
「君に言われたくはない」
貴族っぽくないのはスカイも同じである。
「さ、上がって、上がって。父は治療院の方に出向いているはずだから、気兼ねしなくていいよ」
「師匠も本職は治療師として働いているんですよね?そっちには行かなくていいんですか?」
「ああ、最近は腰が痛いって言ってサボっている。父は理解してくれているから大丈夫だ」
「父君以外の理解が心配ですけど……」
きっとアンスの父親は息子のことを理解している。治療師としての腕も認めているだろうし、夜な夜な何をしているのかも知っているのだろう。しかし、他の人たちにとっては腰痛を訴えて仕事をさぼっている、まさに『ランスロット家のごくつぶし』なのではないか。そんな予測が簡単にできてしまい、スカイは不憫な師匠をしみじみと思うのだった。
「話したいことはあるのだけど、まずは寝不足の頭にコーヒーの差し入れでもしてやろうじゃないか」
コーヒーになにか入れるかと聞かれたスカイだが、ブラックで構わないと答える。以前同級生のフルミンが、紅茶になにか入れる人をやたらと侮辱していたのを聞いて、なんだかあれ以来飲み物はそのままいただくことにしていた。
テーブルにコーヒーが並び、二人も着席する。
アンスはどっちから話そうかと考えたが、やはり緊急性のあるほうを選んだ。
「今回の髑髏の病についてだが、私の見解を述べさせてもらおう。再度言うが、この話を聞いたら後戻りできないぞ」
「どうぞ、どうぞ」
緊張感のない弟子に、アンスは少し癒される。
「人為的な病と思ったきっかけだが、父の発見がそうだった。まず、髑髏の発疹が出る今回の病だが、実は似た症状を出す植物がある。美しいピンク色の花で、ある地域にしか咲かない花だ。土地名をとって、アルランカの花という」
アルランカという名前に、スカイも聞き覚えがあった。
「アルランカの花は非常に希少な花で、存在すら知らない人が大半だろう。花の美しさと希少さから、アルランカ家の祝い事の際に必ず使用される花だった。しかし、凡そ20年前にその風習は消え去った。なぜならば、父がその毒性を発見したからだ」
モヤモヤした記憶が次第にはっきりしていくが、スカイはまだその名にピンとくるものはなかった。
「髑髏の発疹が出る病。アルランカ家を呪うかのような病が数代続いたが、実は持病などではなく、アルランカの花が原因だと父が突き止めた。父が若いころの話だ。そしてそれを発見した父は、アルランカ家の名誉のために情報を伏せるように命令された。花の毒に数代もむしばまれていた、なんて恥ずかしい話だからね」
「今回の病が、そのアルランカの花の症状と酷似すると?」
「その通りだ。アルランカの花の毒性ならば、その花から薬を作ることも可能だ。父が花を取り寄せようと要請しているのだが、アルランカ家はそんな花は存在しないとこれを拒否している」
「存在自体を消しているわけですか」
「そうだ。毒性を発見した際に、父はその抗生物質の作成にも取り組もうとしたのだが、それも拒否されている。研究資料だけ残して、アルランカ領から追放されたと言っていたよ」
それと今回の件が繋がるとアンスは考えていた。
最近のアルランカ家の動向にもその兆候が出ていると。
「アルランカ家は三大公爵家でありながら、近年、非常に財政難に陥っている。人はお金に困ると、思わぬことを企むものだ。例え、どんな愚かなことでもね」
今回でいうと人為的な病を作り上げ、その治療薬で儲ける、という道筋が出来上がる。
多少強引な推理な気もするが、それだけ病状に似通ったものがあるのだろう。治療師ならではの観点である。
「証明は難しいし、何より相手は公爵家だ。とても我が家レベルが弾劾できる相手ではない」
「その推測ですが、俺の力を使えば確信に変えられますよ」
そう、スカイの『いきなり真犯人』を使えば、今回の病の原因をたどることができる。
悩むよりも、いきなり答えを求める方がいい。
「ん?じゃあ頼むとしようか」
疑問はあったが、スカイが大口をたたくタイプでないことは知っている。素直に任せるkとにした。
「出てこい。ピエロ」
「んーー!ヒャッハー!今日も出てきてやったぜ、感謝しな!」
魔域から見た目だけ可愛らしいピエロが飛び出す。今日もやたらと元気だ。
「いきなり真犯人使用」
「いきなりだな!けど、いいぜ。『いきなり真犯人』発動!」
ハイテンションで進んでいく二人のやりとりを、流石のアンスも戸惑いの態度で見守った。
「昨晩見た髑髏の発疹が出る病だが、この病を作ったのは誰――」
「フォイエル・アルランカ」
「いきなり!?」
いきなりの真犯人にアンスもびっくり。
「やはりそうなのか。フォイエルは現アルランカ家の当主だよ。その妹君は、国王の妻にもなっている人で、第三王女の母にあたる人でもある。これはこれは、かなりの大物が出てきたのもだ」
信じられないような力だが、アンスはすんなりとこの力を信じ、受け入れた。相手がラグナシということもあるが、この世には理解の及ばない力がいくらでもあることをアンスは誰よりも知っていた。それだけの経験と、見識を得ている男だ。
なにかスッキリした気持ちでいるアンスの隣で、同時にスカイもスッキリした表情を見せる。
「ああ、モヤモヤしていた理由が分かった。アルランカ家の第三王女って、兄が結婚した人だ」
「確か兄は二人いたね」
「長男の方ですよ。もう長いこと連絡も取っていないですが」
父親が王族と結婚できることを喜んでいたのを思い出す。あれは王族と血縁を結べるばかりか、公爵家とも深くつながれる婚儀だったのだ。権威に目のないあの父親が喜ばないはずもない。
「君が言う真実なら私はそう確信しよう。こちらもモヤモヤしたものが晴れた。相手はでかいが、それだけやりがいもある。スカイ、君の兄上も使わせて貰うが、大丈夫か?」
「干からびるまで使い尽くしてください」
血縁者ではあるが、残念なことにスカイにそんな情はない。次男に嫌われているように、どうせ長男にもひどく嫌われているだろうからだ。婚儀にもスカイは呼ばれていない。それが良い証拠である。
「でかい戦いになりそうだ」
「何の話だ!?」
扉が蹴破られ、闖入者が舞い込んできた。
きらびやかな鎧をまとった、少し肥え太った男。
「騎士団か」
「そう、騎士団だ。アンス・ランスロット。国家転覆罪の罪で、お前を逮捕しにきた」
「やれやれ」
勝ち誇ったかのように笑う騎士団の男。アンスはつまらなさそうにし、視線を合わせようとしない。
騎士の起こした行動に、スカイは少しばかり驚いた。
ジェーン・アドラーから死神に安易に近づくなと命令が出ているはずだ。もともと協力するつもりのないスカイはこうして会っているわけだが、騎士団の彼は命令違反ともとれる行動。
「騎士団長の命令はどうした?」
「残念だが、これは騎士団長の命令ではない。第三王女の母君、フォンテーヌ・アルランカ王妃直々の命令だ。それに、騎士団が一枚岩と思うなよ、小僧」
「スカイ、気にするな。大したことじゃないさ」
逮捕すると言われているにもかかわらず、アンスはどこか余裕ありげだ。
「それと小僧、貴様も共謀罪で逮捕だ。心配するな、証拠はいくらでもでっちあげてやる」
醜く笑った男に顔を、スカイはようやく思い出した。
「あんた、ブラロスと戦ったときの男か」
そう、スレインズ襲撃の際に戦闘から逃げた騎士。横暴な態度をとり、スカイに命令した挙句、魔力弾で撃ち抜かれた男だ。
その逆恨みを、今こそ晴らそうという魂胆が見て取れた。
「俺様に逆らうと、どうなるかこれから教えてやろうじゃないか」
「悪いが、おとなしく連行されるつもりはない」
スカイが杖を向けるが、それを横から遮る手が伸びてくる。
アンスだった。
「スカイ、その必要はない」
「どうして?こんな言われなき罪に従うのか?」
「そうではない。反則技に、こちらも反則技で返すだけだ。今は大人しくするんだ。こちらのカードはそれ程弱くはない」
なんのことを言っているのかさっぱりだったが、アンスがそういうならば、とスカイは杖をしまった。
アンスとスカイが両手を拘束される。杖も取り上げられた。
抵抗できないと分かった途端、騎士の男から拳が飛んできた。
スカイの腹を捉える。
「馬鹿め。いたぶりたい放題だ。これはほんの序章だから、覚悟していろ」
「この間野良猫の猫パンチを食らったが、あれのほうがまだ効いたな」
「くっ」
わかりやすい挑発に、騎士団の男が顔をゆがませる。
もう一度殴りかかろうとしたが、アンスの言葉がそれを遮った。
「助言をしてやろう。それくらいにしておけ。それ以上やれば、君は一生後悔することになるだろう」
アンスの視線が騎士の男を捉える。
その目力にはただならぬものがあり、男は恐怖を感じた。手が震えて、それ以上は拳が出ない。
「くそっ、粋がるのも今のうちだ。公爵家を怒らせたんだ、くははは、これから貴様らには地獄が待ってるぜ!」
「スカイ、帰ったらもう一つの話もしておく。今はさっきに話の整理だけしておいてくれ」
「了解」
解放されることを確信しているかのような対応。
騎士団長が手を出さない、いや、出せないだけのものがあるということだろう。
「それにアルランカ家は大きく下策を取った。これじゃやましいことがあると言っているようなものだし、粗探しがしやすくなったな」
「粗探しは師匠の得意分野ですもんね」
「はいー、スカイには私のとっておきのカードを使わない。しばらく牢にいるといいよ」
「す、すみません……」
まんまと師匠に手痛いお返しを食らうスカイだった。




