八十四話 やっぱり死神
うなされている商人の娘へと近づいていき、アンスがその服をめくると腹の周りに赤い髑髏の発疹が見て取れた。
患部を触診しながら、スカイに説明していく。
「最近王都を騒がせている奇病だ。原因もわかっていないし、治療法もまだ定かでない。このまま放っておけば、この娘は今夜を乗り切れないだろうな」
アンスがやってきたのはこの娘にとって幸運だったというわけだ。
しかし、原因が分かっておらず、治療法もわかっていないとなると、アンスでさえ何ができるというのか。
それに、最悪の場合、彼の通り名に更なる勲章が付きかけない。
「ちょっといいですか?師匠、裏で自分がなんて呼ばれているか知っていますか?」
「まあね。白銀の貴公子、だろ?」
「全然違いますね」
「えっ!?」
「ああ、癒しの王子、そっちかぁ」
「真逆ですね」
「えっ!?」
事実を知らない師匠にあえて精神的負担を今与えてやることもない、そう思いスカイは一旦この話を飲み込んだ。
「商人の娘の治療に入りましょう」
「なんだか強引だな。通り名は気になるが、まあそれは後でいい。とにかく治療に入るぞ。サポートを頼んだ」
「はい」
アンスがやたらと手際よく場の準備に進めていくものだから、なんだか既に治療のゴール地点が見えているかのような錯覚に陥る。
当初思い浮かべていた不安を一瞬忘れかけたが、なんとか思い出して、スカイは聞いてみるのだった。
「治療法も原因もわかっていないんですよね?それとも、師匠のことだから実はこの一日で大きく進歩したとでも?」
「いや、治療法は全くだ」
「えー」
自分が患者なら不安でたまらない情報だ。
「原因が特定できれば進展も早いのだけどね。それに治療法が出回れば、私がこうして夜な夜な活動する必要もないってことだ」
「それもそうか。……まさか」
不吉な予感がする。
アンスがやろうとしていることが、少しだけ悪い方向で見えた気がした。
「まさか、この娘を実験台にするつもりですか?」
「治療法の発見のために、彼女が同意すればそうしたいのは山々だが、残念ながら彼女は意識混濁状態。今夜を乗り切れるかも怪しい状態なのに、まさか。死神でもない限り、そんな非道なことはしないさ」
あんた死神って呼ばれてんぞ、って言ってやりたかったスカイだった。
「原因も治療法もわからいとき、それこそが私の出番なのだよ。君と私が持つ、無の性質が一番強い時でもある。出てきなよ、ハッコ」
アンスの呼びかけに、黒い空間が現れ、そこから使い魔が出てきた。
黒いフードを頭にかぶり、体はフードとつながったローブをゆったりとまとっている。
その赤く光る眼がスカイをとらえた。
スカイも見返す。少し冷や汗が流れた。
そこには、白い骨がむき出しの、骸骨の顔があった。
骸骨で、黒いローブを羽織、なんと手には巨大な鎌を持つ。
「死神じゃん!!モロじゃん!!」
モロに、モロで、諸々がモロ!!
「ははっ、かわいいだろう?」
「どこが!?あんたそんなだから、死神とか呼ばれてるんですよ!」
「へっ!?」
「あ」
言ってしまった。しかし、スカイは悪くないだろう。
だって、モロだから。
「私は裏で死神と呼ばれているのか?」
「……はい」
「……ひどくない?」
「いや、ひどいけど」
「ショックだ。もうやめる。帰る」
「子供か!早く治療に戻りますよ」
スカイに強引に引っ張られてアンスは渋々戻るのだった。
「ま、本当は多少小耳に挟んではいたが、現実逃避してて自分のことじゃないと信じていた」
「気にするだけ無駄ですよ。俺だって裏でいろいろと言われてるけど、もう慣れました」
「それもそうだな。気にするだけ無駄、か」
「そうそう。でも、そういえば、師匠リンゴ好きですよね?」
「……」
初めて弟子にイラっとしたアンスだった。
「おいおい、夜中に呼び出しておいて、放置してんじゃねーぞ。昇天させたろうか。いや、俺が連れていくは地の底、地獄か。ガタガタガタッタ」
変わった笑い方をする使い魔だ。
それに雰囲気からしてピエロタイプの使い魔。つまりは礼儀知らず。
「すまないハッコ。早速仕事に入ってもらうよ」
「何をするつもりですか?」
まさかザ死神な使い魔でそのまま商人の娘の命を奪うわけでもなかろうが、一応聞いてみた。
「以前少し話したかもしれないが、私の得意分野は病気そのものをなかったことにする能力。それゆえ、杖自体もない。全ては“ない”ということを強く意識するために」
「修行時代、杖の説明時に聞いた気が」
「懐かしいな。私とハッコの本領は今こそ発揮される。原因も治療法もわからない病気だが、そもそもなかったことにすれば、全て解決なのさ」
「病気自体をそのままなくすというわけですか?」
「その通り」
それって凄いが、そんなことできるものなのか?という疑問は当然生じる。そんな魔法はないからだ。
スカイの疑問を読み取ったのか、アンスがハッコを指さす。
「こっち、こっち。私は治療師として活躍するために使い魔を選んだからね。ハッコの能力は、戦闘向きじゃない。指定したエネルギーを吸い取り、無くすという変わった能力だ」
「あまりピンと来ませんね」
「病気は体に起きた異常であり、異常なエネルギーが活発になっている状態だ。そのエネルギー自体を、ハッコが的確に刈り取っていく。ただし、正確に異質なエネルギーを刈り取ることは難しく、何より弱っている相手からエネルギーをさらに奪うということは非常に危険だ。だからこそ、こういった緊急時にのみ行う」
広くカバーできる能力だが、万能ではない、と。
「概要は理解しました。俺は何をすれば?」
「ハッコの施術は非常に繊細なものとなる。彼女がピクリとも動けないように固定してくれ。いつもは僕が両方見るから、結構大変なんだ」
「そっちは安心してください」
頼まれた以上は完璧にこなすつもりだ。
いくつか魔法を組み合わせれば、少女の体一つくらい完全に拘束可能だ。
無色の七魔を発動し、混合魔法を使用して少女を拘束した。
無色の七魔と、混合魔法を発動したスカイを、アンスが少し驚いた顔で見ていた。普通は見ても驚くどころか、反応すら示さない人がほとんどだ。何をしているのか理解が追い付かないから。しかし、アンスの反応からして、やはり何か物知り気だった。
「ありがとう、スカイ。では、ハッコ慎重に行くよ」
ハッコの鎌が少女の体の中へと入っていく。
赤い髑髏の周りをかたどる様に鎌が動く。
鎌が動くたびに、少女の体から白い煙のようなものが出てきて、それがすべてハッコの口へと吸い込まれていく。
あたかも、死神が少女の魂を吸い込んでいるかのような光景だ。
誰か事情の知らない人間が見たら、間違いなくそう思うだろう。
アンスの行動、使役する使い魔、何もかもが彼の通り名の死神を連想させるのだった。
静かな時間が過ぎ去った。
しかし、施術に携わったアンス、そしてスカイにはかなり長く、壮絶な時間だった。
集中力を必要とされ、終わると同時に二人は息を漏らしてリラックスした。
「終わった」
「……髑髏が消えましたね」
「ああ、これで完全に異質なエネルギーは取り除いたはずだ。ここ最近で一番うまくいった。やはりスカイがサポートしてくれた分、私がより集中できたよ」
「助かったようで何よりです。あとは彼女の体力次第ですか」
「そうだ。しかし、それも今回は大丈夫な気がする。これだけ早く済めば、彼女の本来のエネルギーを無駄に吸わずに済んだ。無事に乗り切るだろう」
一件落着というわけだ。
しかし、根本的な部分はまだ未解決でもある。
原因も治療法もわかっていなければ、アンスはまたこうして夜な夜な無茶をするのだろう。
「師匠、明日もやるんですか?」
「ああ、治療法が見つかるまでな。この病気の患者は今急速に増えている。もしかしたらこれは……」
「なんですか?」
「いや、スカイには関係のない話だ」
「水臭い。そもそも俺がここにいるのは師匠を助けるためですよ?」
アンスは素直に感謝したが、やはり弟子を巻き込む気にはなれなかった。今回の件は少し危険すぎる。
「まさか俺のことを気遣っているんですか?」
「いや……」
否定したが、スカイを誤魔化しきれはしない。
「俺はラグナシですよ?騎士団長も、元騎士団長も倒した男。今さら何を恐れる必要が?」
「ああ、先日の襲撃事件はスカイが解決したのか。新聞には騎士団が解決したって書いてあったから」
事実はあまり伝わっていないらしい。当然といえば、当然だが。
実績もあるし、何よりラグナシである。
アンスは自分の師匠を思い出していた。
師匠がやたらと語る最強である、ラグナシという存在。
もはやスカイは可愛い弟子ではなく、最強な存在、という認識に切り替えたほうがいいのかもしれないと考えた。
それなら思う存分に頼れる。何より信頼がおける。
「話を聞いたら、もう戻れないかもしれない」
「それが望みです」
「……今回の病気は、どこか人為的なものを感じる」
「人の手で作られた病だと?」
「そうだ。これは父も同じ意見だ。しかも、病気の特徴からして、ある貴族が関わっているとみている」
「大物貴族ね」
面白くなってきそうだと、スカイは笑ったのだった。
「続きは私の実家でしよう。スカイに話しておきたいことはもう一つあるしな」
いつまでももたもたしていると騎士団が駆け込んできかねない。
二人は屋敷を後にしたのだった。
帰り際、スカイは倒れこんでいる商人に金貨を投げつけた。
「あれは?」
「いや、護衛を放棄したから返金を」
「まったく、飯は食えているのか?スカイ」
「うーん、学食がなければ怪しかった」




