八十話 要請
貴族生徒と平民生徒の関係性は未だ良くならないものの、学内殺人事件解決以来徐々にではあるが落ち着きを見せていた。
スカイは本日、生徒会長のスルンから呼び出しを受けている。
生徒会の仕事をさぼり気味のスカイではあるが、こういった指名を受けての呼び出しには応じている。生徒会長もスカイの扱いを心得たもので、頻繁に呼び出そうとすると拒否されることを理解しているので、本当に重要な要件がある時のみ呼び出すことにしていた。
「遅い!」
生徒会室に入ると同時に、いつもの通りレメから叱責が飛んできた。
スカイは時間通りに来たので、別に遅刻しているわけではないのだが、敬愛するスルンよりもスカイが後に来ることそれすなわちギルティなのである。
「はいはい。そういえば、この前の料理美味しかったぞ。また食わせてくれ」
「あらっ。そ、そう?」
ポッと頬が赤くなり、レメは両手をほほにあてがう。
先日ご馳走になった、美味な手料理を今更に褒める。
これが簡単にレメのご機嫌を取る方法だと心得ているので、内心スカイはちょろいなとほくそ笑んだ。
「レメたん、相変わらず可愛いわね。いつか悪い男に騙されないか、少し心配だけど……」
「え?なんのことですか?」
現在進行形で悪い男に騙されているが、スルンはそのことを黙っておいた。
そんなやり取りをする二人の隣に、つい先日一緒に戦った女がいた。
スカイに笑顔で手を振る。
「スカイ君、また会えたわね」
「もう会いたくはなかったけどな」
赤い髪の女。騎士団長、ジェーン・アドラーがそこにはいた。
聖剣の使い手にして、戦闘狂アドラー家の当主、史上最強とも呼ばれたブラロスと一対一を戦い抜ける抜群の魔法センス。
何をとっても一流の彼女が、わざわざ魔法使いのひよっこたちを育てている学校に来ている。
他の生徒たちに用事がないわけではないが、本命の要件はもちろん、スカイ本人にある。
「レメちゃんに、将来騎士団に絶対に入るように念を押しに来たんだ」
「頼む、すぐに連れてってくれ」
胸倉を掴まれ、視線の先にはレメの正拳が見えた。
これ以上は首が危ないことになるので、スカイは嵐が去るまで口を閉じた。
「まあそっちははぐらかされちゃって、手応えなしって感じね。会長との個人的な話も終わったし、後はあなたとのお話よ、スカイ君」
「まさか、今日の用事ってこれか?」
スルンの方を見ると、申し訳なさそうに頷いていた。
「生徒会の仕事以外では呼んで欲しくないところだが、今日だけは許そう」
「何よ、格好つけて。先日会長から貰ったイストワール領で取れた名産の果実を死ぬほど幸せそうに食べてたじゃない。これの為ならなんだって出来る!って顔してたわよ」
「……」
事実なので反論なし!
生徒会の皆に、日頃頑張っているお礼として、会長個人からのお礼の気持ちとしてたまに何かしら贈られることがある。会長の何気ない気づかい件人心掌握術なのだが、これがスカイにもろに刺さった。
皮の剥き方がわからなかったスカイはレメを頼り、そのまま彼女の目の前で食べた。
そして見せた、至福の表情。
あぱーー!!
見事に心を握られたスカイだった。
「会長のこと好きになったでしょ?会長ってそういう人なのよ、皆に好かれる的なものを持っているのよね。天性の才能ってやつ?」
「レメたん、ほめ過ぎ」
スルンが珍しく照れくさそうに少し微笑んだ。
「っく!美味しかったことだけは認める!それだけだ!」
「なんで悔しそうなのよ……」
果実一つで屈することに抵抗感を示し、スカイは心の葛藤と戦ったのだった。
「本題に戻ってもいいかしら?」
随分と話が逸れてしまったが、ジェーンがしっかりと本筋に引き戻す。
彼女も暇じゃないので、さっさと要件を済ませたいのだろう。
「スカイ君、今日は騎士団側から君に仕事を要請したくて来たの」
「は?」
恩も果実も貰っていないジェーンにはあからさまに冷たい。
「聞いたわ。あなた学内殺人事件を解決したらしいじゃない。とても見つけられないような証拠だったにもかかわらず、犯人だった生徒は全てあなたに見破られたと言っていたわ」
『いきなり真犯人』を使っただけなので、特にスカイが頑張ったわけではない。
それでもスカイの力に違いはないので、頼る相手としてはあっている。
「……悪いが、協力するつもりはない」
しかし、この通り、そんな簡単にいく相手でもない。
もともとスカイは自分の為に生徒会に入っているのであって、社会貢献だの正義感だのはない。先日バランガを助けたのだって、自分の気持ちに引っ掛かりを感じたからやったまでのことだ。バランガ個人を思って助けたいという気持ちは欠片もなかった。
つまり、スカイは自分のやりたいことをやる、やりたくないことはやらない、どこまでも正直な男である。
「あっさり断られるとはね。まあ、そんな感じはしてたけど」
ジェーンの態度はあっさりしているが、その目は諦めた雰囲気ではない。
何か当てがあるのだろうか、そんなことを周りに思わせた。
「取り敢えず、話だけでも聞かない?面白い話よ」
「面白い話は好きだが、あんたは嫌いだ。出来れば関わりたくない」
騎士団との関係は正直良好とは言い難い。ジェーン・アドラーはスカイをも警戒させるほどの実力の持ち主だ。
抜け目ない感じもするこの女から離れたいという気持ちが本心だった。
「やれやれ、取り付く島もない感じね。スルンちゃん、助け舟をお願いできるかしら?」
「仕方ありませんね。騎士団とは良好な関係でいたいですし、ほんの少しだけ助力しましょう」
スルンは一瞬だけ思考した。
自分の持てるカードのどれをきれば、スカイをこの場にとどめることが出来るか。
結論はすぐに出た。
「スカイ君、先日贈った果実をまた贈ろう。早ければ明後日にでも届けられるだろう」
「……っく!」
「いや、何こんな弱いカードに苦しんでんのよ!そこは冷たく突っぱねなさいよ!」
異常に苦しんでいるスカイを、レメが遠い目で見る。
「会長、あの果実に変な薬物とか入れていませんよね?」
もちろんそんなことはしていない、とスルンは手を振って否定した。
「話だけ、話だけは聞いてやる!会長、約束は忘れるなよ?」
「ええ、すぐにでも手配するわ」
お互いの鋭い視線が交わる。
交渉成立である!!
「流石スルンちゃんね。頼りがいがあるわ。じゃあ、話を再開しましょうか」
ジェーン・アドラーの口から城で起きた事件が語られる。
スルンとレメも聞いていい話とのことで、二人も同席した。
「事件が起きたのは一週間前のこと」
タイミングとしてはバランガの事件解決の後くらいである。
「城で一人の要人が殺された。被害者は、宰相ザークゥ」
宰相ザークゥ。
ナッシャー王国において、唯一国王の政治に口出しできる人物である。
国のナンバー2の立場であるが、ナッシャー王国は国王の権力が絶大であるので、ほとんど形骸化したポジションでもあった。
しかし、宰相ほどの要人が殺されたとあっては、国王本人にも手が届くかもしれないとあって、騎士団も駆り出されるほどの一大事件となっている。
いろんな専門家が城に入って調査する中、騎士団長のジェーン・アドラーはまさかまさか、魔法学院に来て助力を求めてきた。
それもこれも、全てはスカイの異常な力を知っているが故のことだった。
スカイなら何とかできそう、そう思わせるだけの力がスカイにはあるのだ。それをジェーン・アドラーはブラロスとの戦いの時、自分の目で確かに見ている。
ちなみに、スカイが先日褒賞を貰いに城へ行き、失礼極まりないことをした相手が宰相である。すぐにスカイに何かしらの処分がなされなかった通り、やはりそのポジションは権力が形骸化していたのだ。
「雑魚そうなやつだ。自分の身も守れないとは」
「それもそうね。けれど、今最も犯人だと思われている男が真犯人なら、そうも言いきれないわ」
「……強いのか?」
「間違いなくね。『王都の死神』なんて呼ばれていたりするわ。噂ではかなりの使い手でもある」
「ならあんたが直接そいつをひっ捕らえたらいい。その後は、尋問でも拷問でも好きにやったらいい、あんたたちのお得意分野だろ?」
いくら強いといっても、騎士団長が出ればどうにかできるだろうとスカイは踏んだ。
しかし、それならわざわざ自分に相談しなくてもいいな、とすぐに気が付き余計なことを言ったと反省する。
「尋問、拷問については肯定も否定もしないわ。それと、私が出ていくのはまずいの。その死神が結構厄介な相手でね。死神と呼ばれる一面もあれば、逆に神のように崇める人間たちもいる。王族の中にも信者がいるみたいで、簡単に手出しができないの」
「へえー」
軽く声を漏らしたが、なんだか面白そうな人物だなとスカイは思っていた。
徐々に興味を持ちだしている自分を押しとどめながら、話の続きを聞いていく。
「死神は結構自由奔放な人物よ。頼んでもいないにもかかわらず、寝床に侵入してきて治療という名目で魔法を詠唱してくるらしい」
「治療師?」
「そうよ。これまた凄腕という人間もいれば、やぶだという人間もいる」
「……あれ?」
スカイの頭にうっすらと浮かぶ、にやけたおっさんの顔。
まさかな、と頭を振って否定した。
「その死神が先週の夜、宰相宅に忍び込んだ痕跡がある。宰相は次の朝に心臓麻痺での死亡が確認されているわ。まあ、普通に考えれば死神が犯人ね。治療が失敗したのか、はたまた死神という名の通り命を頂戴したのかは定かではない。この厄介な相手を捕まえるために、あなたの力を借りたいの。決定的な証拠が出てくれば、死神を正式にとらえることが出来る」
王族に死神の崇拝者がいることで事件が厄介になっている。
それでも正当性さえあれば、というのがジェーン・アドラーの考えのようだ。
ジェーン・アドラーの話を一通り聞いたスカイは、額から汗を流していた。
話の相手、というか死神に心当たりがあり過ぎる。
あの顔しか出てこない。
「そ、その……。死神さんの名前ってわかるのか?」
「もちろんよ。通称『王都の死神』。本名、治療師、アンス・ランスロット。ランスロット家の次期当主よ」
「はあー」
でっかいため息とともに、思わず頭を抱えた。
あのおっさん、なんてことに巻き込まれてんだ!と心で罵る。
アンス・ランスロット。
スカイに魔力変換速度などの新しい魔法知識を教え、伝説のラグナシにまで育て上げた師匠。
白髪でやせ型の男性、スカイにいたずらをしてはニヤニヤした顔をする少し子供っぽい一面も持つ。
一緒に修行をしていた頃から数年が経つ。
懐かしく、会いたいと願った日もあった。
今何をしているのかと思う日も。
「……ほんと、なにやってんだよー」
自分の師匠が治療のためとは言え、夜な夜な人の家に無断で侵入する男だと知って、スカイは少しだけ情けなく思った。しかし同時に、アンスならやりそうだなーと不思議と納得も出来た。
思わぬ名前が出たことで、スカイはこの事件に首を突っ込まざるを得なくなった。
見捨てられる相手……な訳もない。
スカイにとっては、唯一無二な存在といっても良かった。




