七十八話 いきなり真犯人
「たりー。マジでたりー。酒持って来いよ、酒」
ベッドの上で横になってそんなことを愚痴るのは、いつも通りに戻ったピエロ。
紳士になったのはほんの一瞬だったみたいで、一時間もしたらこの通り鼻をほじりながらスカイのベッドを占拠する始末だ。
あの紳士染みたピエロは、あれはあれで嫌なスカイだったが、こうして元通りに戻ってもこれまた嫌な感じがする。スカイと使い魔ピエロのの関係性は悩ましい限りであった。
「おい。鼻くそをシーツにつけるな」
「はぁー、愚痴の多い野郎だぜ」
注意されたのにしっかりと鼻くそをシーツにつける辺り、ピエロは元通りに戻ったと断言できる。基本的にいつもこんなことをしているからだ。
「シーツを交換するたびに寮長から文句を言われるんだ。行儀の悪い生徒だとグチグチと。まあいい。それよりも、さっそく覚醒した力を使うぞ」
ついさっき別れたフルミンが授けてくれた覚醒の力をもってして構築したトリックメーカー『いきなり真犯人』のことだ。
以前、覚醒したときに構築した『吹き飛ばしてバイバイ』は、奇術師からのお返しがなく、ただ単純に魔力波の威力が倍になるという優れたトリックメーカーメーカーだった。優れたというのは少しずれている気もする。ほとんど、ルール無視の、超越した力と言える。
それに匹敵するならば、今回の力も凄いことになりそうだ。名前からして、なんだか薄っすらと能力が見えてくる気もしたが、使わない限りは詳細も見えてこない。
「いいぜ。もちろん『いきなり真犯人』のことだよな?」
「ああ、頼む」
「しゃーねーな。トリックメーカー『いきなり真犯人』発動」
ピエロに変わった様子は見られず、相変わらず鼻をほじっている。
「ん?何をすればいい?」
「そりゃ犯人を聞いてみろよ。俺様に」
「それもそうか。じゃあ、行くぞ。今回あった学内殺人の犯人、それはいったい誰――」
「クザン!!」
「おおっ!?いきなりだな」
トリックメーカーの名前に噓偽りのない速さ。まさにいきなり真犯人を告げられてしまった。
「これが本当なら凄いな。さて、リストを捲るか……」
リストに手を伸ばしたその手を、スカイは止めた。視線がリストに向かっているが、固まったままだ。
違和感。それどころじゃない。
なんという感情か、やはり驚きに包まれたという感情が近いだろうか。
「ちょっと待て。今真犯人は誰――」
「クザン!!」
「いきなりだな」
間違いない。
ピエロの口から反射のように二度も出てきたその名前を、スカイは当然知っている。
リストの中にその名はない。
しかし、その人物とは顔見知りの仲だ。
つい先日、貴族と平民生徒の確執について、その対応をスカイに相談してきた男こそ、クザンである。
現在公式戦で上位にランクインし、その実績もあって平民の顔役をしているような生徒だ。
それゆえに、スカイは戸惑った。
あまりに意外な人物が真犯人。想定すらしていなかった。
「ピエロ、その報告にミスはない――」
「クザン!!」
「……いきなり」
『吹き飛ばしてバイバイ』の効果を考えると、『いきなり真犯人』の効果も当然信じるに値する。
しかし、あまりに真実が驚愕だ。簡単には飲み込めそうにもない。
まさか平民の顔役のような男が、平民生徒を殺害するという恐ろしい行動に出るとは……。
これは普通に捜査していたんじゃ、到底たどり着けない真実だったのではと思えて、スカイは少し悔しがる。
クザンという男のことが不気味に思えたし、その心の底が一切わからなくなった。
実際この後に接触を試みるつもりだが、果たしてどう真実を突き付けるかという悩みもある。
「ピエロ。『いきなり真犯人』を解除。元通りに話せ」
「……ふぅー。一仕事したし、風呂でも行ってくるか」
「そうはいくか。グダグダ考えても仕方ない。今からクザンの野郎に会いに行くぞ」
「おいおい。いきなり真犯人はわかったが、証拠も何も無いぞ。どうすんだよ」
「とりあえず、真実を突き付けてみるさ。何より、あいつの人となりがよくわからん。なぜ平民生徒を手にかけたのか……」
「よし、行ってこいスカイ。俺はシャワーを――」
「行くぞ!」
「いきなり!?」
引っ張られて強制的に連れていかれるピエロ。
使い魔は契約主の側にいて当然なのだ。クザンとの戦闘もあるかもしれないと考えると、シャワーなんて浴びさせている訳には行かない。
クザンの部屋を訪ねたスカイだったが、そこでは空振りだった。
後で再び訪ねようとして、今は取り敢えず興奮した気持ちを静めるために一度散歩でもしてみることにした。順序を追って真実にたどり着いたならまだしも、いきなり真実に迫ると結構気持ちへの負担が大きいことわかった。これはトリックメーカーの更なる活用のためにいい経験となる。
「おい、スカイ。まさかまさかだぜ」
肩に乗っかっていたピエロが楽し気に言った。
彼の視線の先には、花壇の前に置かれたベンチに腰掛けるクザンの姿があった。
冷静で寡黙な彼らしい姿。
一人で静かに花を眺めている様子からは、とても殺人犯とは思えない。
すたすたと近づき、座り込むクザンを見下ろしてスカイはいきなり突き付けた。
「殺人犯はお前だったか、クザン」
いきなりどうしたと思われても仕方ない場面だが、クザンの視線は花から外れない。
態度にも変化が一切見受けれない。
冷静沈着、まさにこの一言に尽きる。
これはやはり、裏ルートでも使わない限り、この男が真犯人だと見破るのはかなり至難だろうと思わせる。
「……スカイか。おかしいな。証拠が出てくるはずもないんだが」
「それは、真犯人だと認める発言ととってもいいのか?」
「この場では認めよう。しかし、どうして見破られたのか、全く見当もつかない」
声は相変わらず冷静沈着であり、表情も平静だ。
このまま一緒にベンチに座って話し込みたくなるような、そんな落ち着きさえある。
クザンが考え込むが、考えてわかるようなことではない。
覚醒した力で、いきなり真犯人を見破っただけなのだから。
あまりに真面目に考えこむので、スカイは少し申し訳なくすら思った。
「君の奇術師の力か?しかし、ここまでたどり着くとなると、かなりの代償を払ったはず。バランガを助けるためにそこまで?いや、あり得ない。金を貰った?それもないか……」
ブツブツと、クザンが分析を行う。
どうにも結論が出ないみたいで、一人で長い思考へと入っていく。
しかし、スカイがそんなものを待つ義理はない。
少なくとも、この場では真実だと認めているのだ。
追及する立場にあるのはスカイである。
片手で胸倉をつかんで、クザンを立ち上がらせた。
「こっちを見ろ。お前はこの間、俺のところに来て平民生徒のことを心配したようなことを言っていたな。あれは全て嘘だったということでいいんだな?」
胸倉をつかまれているというのに、やはりクザンの感情は動かないらしい。
「いや、あれは真実だ。俺は真に平民生徒と貴族生徒の確執を埋めたくて、考えに考えて動いていた」
「じゃあどうして平民生徒を手にかけた。考え込み過ぎて貴族生徒、バランガのようなクズを手にかけたならまだしも……どうして平民生徒なんだ?」
「それは……」
クザンが答えたのは、スカイが事前に得た情報がほとんど正解と言っていいものだった。
クザンはやはり真に平民生徒のことを思って行動していたのだ。
平民生徒たちがバランガを襲撃すれば、その後に待ち受けているのは学校側からの厳しい処分。それに不安にかられた貴族生徒側からの反撃があるかもしれない。
そうなれば確執が深まるなんてレベルで済まなくなるかもしれない。
そして、バランガに関しては借金問題もある。
多くの平民生徒がバランガに好きなように苛め抜かれていた。
それも同時に解決できる策が今回の学内殺人だったのだ。
バランガを襲撃しようとしていた生徒は死に、襲撃事件はなくなった。
そして犯人を衝撃対象者だったバランガだと仕立て上げることで、動機があるように見せかける。
何より、バランガが犯人となれば、借金で苦しめられている生徒たちが解放される。
この国では、罪人への借金は帳消しと決まっている。
クザンの一手によって、全てが良い方向へと向かう予定だった。
しばらくは疑心暗鬼になる学校内も、クザンには時間をかけて修正していく計画があったらしい。
「悪い話じゃないだろう。スカイ、お前も分かっているはずだ。今回、たった二人の犠牲者が出るだけで、どれだけの人が救われるか。もちろん理解できるだろ?」
当然理解は出来る。
かなり合理的で、賢い行動だ。
行動力や、その精神力にも見上げたものがある。
しかし、少し人の心がなさすぎるのも事実。
「賢い奴は好きだ。それにバランガは嫌いだ。本来なら見逃してもいいが、もう約束してしまったからな。あのキモイおかっぱ頭を救い出すって。ま、お前のことは嫌いじゃないが、俺に真実を気づかれたのが運の尽きと思え」
「……頭の固い人間だ。しかし、俺もスカイがそう嫌いではない。こうして誰かのために行動する人間には皆価値があると思っている」
「そうかい。じゃあ、大人しく連行されてくれないか?無実のバランガが待っているんだ」
「そうはいかない。連れていかれるわけにも、真実を持って帰られるわけにもいかない」
スカイをまっすぐ見つめる視線に、一切の動揺がない。
こうして戦いの雰囲気が迫っているにもかかわらず、やはりどこまでも冷静な男だった。
流れるひと時の沈黙。
胸倉をつかまれている手を、クザンは素早い動きで振り払った。
すぐさま飛び退ろうとしたクザンだったが、スカイの空いたもう一つの拳が顔を捉えて殴り飛ばした。
殴られたクザンはバランスを崩しながらも、何とか一旦スカイから距離を取れた。
しかし、戦闘スタイルを考えると距離を取りたいのはむしろスカイの方だ。
「殴られたのに顔色一つ変えないか。クザン、俺にはお前が化け物に見えるよ。今は平民たちのことを考えていても、いつかは彼らを操る化け物に変身しそうだ」
「……俺にはお前こそ化け物に見える。先のスレインズとの戦いも知っている。到底敵わないだろうが、ただで帰れるとは思わないことだ」
「そうかい」
スカイが二丁拳銃を握りしめた。
珍しく、ピエロもやる気満々で、トリックメーカーの発動を待機している。
「いきなりで悪いが、始めようか」




