七十六話 女の影
「いたっ!?ママにも殴られたことないのに!!」
倒れこんで、涙目になりながら頬を擦るのはバランガの子分の一人である男子生徒だ。
「たっく。とっととリストを渡せよ。それと今のパンチはお前たちのクソさに対するものでもある」
バランガからこの生徒の存在を聞いて、借金を背負わせている生徒のリストを取りに来たというのに、その相手がスカイだったので彼は抵抗に抵抗を重ねた。
バランガがどうなってもいいのか?というスカイの最後の脅しにようやく話を信じる気になり、彼はリストをスカイに手渡しのだ。
そして、直後強烈な顔面パンチを受けることとなった。
やたら抵抗したのと、スカイが言ったように普段の非道な行いに対する報いだ。
「バランガにも釘を刺しておいたが、今後一切、こういうことはやめておけ。でないと、またお前を殴りに来る」
「ひっひえええええ」
自身で言ったように、彼は人生で初めて暴力を受けたのだろう。
普段バランガの金魚の糞として付きまとい、他人に暴力は振るってきたのだろうが、やられるのには慣れていない。こうして一発殴られ、脅され、弱者の立場を理解した途端全力で逃げ出した。
彼らの性根が見え透いて、スカイは今一度ため息をついた。
「腐ってるな。こいつら」
いつまでも不機嫌ではいられず、リストを片っ端から見ていった。
リストには、生徒の名前、学年、クラス、借金の額。そして便利度という評価項目があった。
名前や借金の額はその通りの意味で、しかし、便利度という評価項目が気になる。
バランガの非道は聞いていたので、きっとバランガ一行の為に役に立つ生徒が高い評価を得ているのだろう。評価が高いからといって、もちろんいいことがあるわけじゃない。
むしろ、便利度が高ければ高いほどバランガ一行に使い倒される運命が待っている。それこそまさに、奴隷とも言える待遇で。
普通に考えれば、リストにある借金の額、そして便利度の評価が高い生徒が真犯人の可能性が高い。しかし、あくまでそれは可能性だし、何よりももっと問題があった。
「……数が多いな」
リストの中には生徒だけで50数名もいた。
バランガ一行の手がそこまで広いとは正直考えていなかった。全部当たるつもりでいたが、これでは犯人をとても絞れる気がしない。何より、あからさまに動き回っては、変な噂が立ち兼ねない。
今やスカイは時の人で、学校内では嫌でも目立つ存在だ。
そんなスカイがバランガの為に動いていると知られると、これまた平民と貴族の対立に再び油を注ぎかねない。
慎重な行動が必要なのは明白だった。
しかし、絞るにもなかなかアイデアが出てこない。
「……仕方ない。あいつを頼るか」
渋々思いついたのは、自身の使い魔のことである。
使い魔、ピエロ。
陽気で、奇天烈な存在だが、その力はとても強大。
今まではトリックメーカーを戦闘で発揮していたが、こういった場合にも使えるのではないかと考えたのだ。
「出てこい、ピエロ」
空中に黒い渦が出来上がり、そこからひょこっとピエロが顔を出した。
キョロキョロと辺りを見渡す。
「……ヒャッハー!今日はやばそうな奴いねーな!!久々に楽できそうで何よりだ!」
そういう魂胆で覗いていたのかとわかり、スカイは少し呆れた。
「別にいいだろ。俺が戦うんだから」
「馬鹿野郎!お前が100%勝てるなら、俺様だってもっとギャーギャー騒いで調子に乗ってるわ!けどな、負けるかもしれないって思うと、特に相手の見た目が怖いと……正直ちびります」
「は?臆病なだけだろ、それ」
「そうとも言うわな。けどな、お前がブラロスのような化け物みたいな体格だったら、俺様は調子に乗れるんだよ。わかってか?俺様を臆病な気分にさせるんじゃねーよ!」
「お前の心次第だろ」
「筋トレしろや、筋トレ!」
無駄な議論をしているとようやく気が付いたので、スカイはしばらくピエロが騒ぐままにしていた。
言い飽きたのか、しばらくしてピエロが静かになる。
そのタイミングを見計らって、今日呼びだした要件を伝えた。
「トリックメーカーを使って人を探したい」
「ほほう。時をかける少年は、それで俺様を呼んだのか」
「なんだそれ」
「てっきり前に時を止めた魔法の検証かと思ってたからよ。まあ、更に楽そうな要件で結構」
あの魔法はスカイも検証をしておきたかったが、差し迫っての要件でもない。
今は事件の方が優先だ。
ピエロ曰く、楽な仕事らしいので、スカイは少し期待した。
「俺のことは大体知っているんだから、事件についても知っているよな?」
使い魔と契約主は情報を共有することができるので、もちろんピエロは知っているが、一応の確認をしておいた。
「もちろんだぜ。人間ってバカだよなー。いつも争ってる」
「同意するが、今は協力してくれ。犯人を捜したんだが、リストの名前が多すぎて絞り切れない。お前の力で何とかできないか?」
「そりゃできるぜ。ただし、わかってんだろ?」
そう、トリックメーカーを構築したいのなら、ピエロがスカイ側にも条件を提示する。
真犯人を突き止めるための、代償とも呼べる条件を。
「さて、どうしようか。リストを絞ってほしいのは山々だが、どうせなら一気に真犯人にたどりつけないものか」
「もちろん両方可能だぜ」
「このリストに犯人の名前があったら、示してほしい。その代償は何になる?」
奇跡の後にやって来る、奇術師からの楽しいお返し。奇怪こそが重要である。
「いいね、いいね。久々に本領発揮だ。奇術師からのお返しはこうだ。リストに犯人がいたら示してやる、ただし……いなかったら事件は永久に闇へと葬り去られるってのはどうだ?」
ピエロが宙をぴょこぴょこと跳ねまわりながら、トリックメーカーの条件を提示してきた。
悪くない条件に思えたが、ピエロが一つ気づかせてくれたこともあった。
「そうか。てっきり犯人は借金を負っている生徒と思いこんでいたが、その可能性じゃない場合もあるのか」
リストにあれば、トリックメーカーで全て解決。
犯人が分かれば、後から証拠を探ればいい。なんなら捏造さえも可能。
しかし、もしもリストにいなければ、トリックメーカーの力を持ってして事件は完全に闇にほうむりさられることになるだおう。奇跡が大きいほど、奇怪も力を持つ。一度成立すればスカイの力ではどうにもならない。
そうなれば、今後一切他の証拠は出てこなくなり、真犯人はバランガということになる。
「……別に、悪い条件じゃないな」
バランガが聞いたら卒倒しそうな話だが、スカイ本人にはほとんどリスクがない。
「まっ一応他の線も探るか。真犯人を直接聞いたら、お返しは何になる?」
「おいおい、そりゃ楽し過ぎってやつだぜ。そんなに楽がしたきゃ、もっと楽にしてやる。真犯人を今ここで教えてやるが、その瞬間事件も解決だ。物凄い証拠が騎士団の目の前に現れて、バランガが即死刑!どうだ!」
「……悪くないな」
バランガが死んだらこの捜査自体が本末転倒になりかねないが、悪くない提案だった。
少なくともスカイだけは真犯人を知れてスッキリする。
しかし、スカイもまだそこまで人でなしではない。
バランガに真実を明るみにしてやると言ったばかりなのだ。
この条件を飲むわけには行かなかった。
「うーん、やはりリストの線で行くかな?」
せっかく手に入れたリストなのだ。普通に考えれば、このリストの中に犯人がいる可能性は高い。
その可能性に掛けてみるか、考えていると、ピエロが楽しそうに口を開けた。
「あはっ、おいスカイ。お前の大好きな奴が来たぜ」
大好き、と言われて不意にレメの顔を思い浮かべてしまい、スカイは大きく頭を横に振った。
それでも多分レメだろうと思ったが、一応振り返ると、そこにはフルミンがクルクルと周りながら楽しそうに二人へと近づく姿があった。
「うっ……」
振り回される未来しか見えなくて、気分が少しだけ悪くなったスカイだった。




