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七十五話 調査

バランガが犯人という情報に一度疑念を抱いてしまったため、スカイは独自に調査することとなった。疑惑を晴らす相手がバランガなので、若干モチベーションには欠けるところはあるが、それでも理不尽がまかり通るよりは何倍もマシと考えて行動に出た。


最初に当たったのは、被害者の生徒だ。

部屋は既に封鎖されており、スカイ個人が勝手に立ち入れる状況ではない。

だから、仲の良かった生徒が誰だったかを周りに聞いた。皆捜査に非常に協力的であった。

スレインズとの一件以来、周りの態度は明らかに変わっている。

スカイを軽蔑する者はほとんどいなくなり、逆に尊敬の目を向けてくる生徒もいた。

ちょっと何かを聞くだけで、相手は素直にベラベラと話してくれる。


そう言った追い風も吹いてくれたため、すぐに被害者と仲の良かった生徒に行き当たった。

生徒は平民出身の男性で、今回の事件にひどくショックを受けていた。

そこらへんにきちんと配慮しつつ、スカイは普段の様子を訪ねたのだった。


「絶対にバランガの野郎だ!間違いない!」

机を強く叩いて、向き合うスカイに激しい口調で主張した。

「俺もそうだと思う」

深く頷いて、スカイは彼に同調した。

心の中では違うと思っていても、表には出さない。

この場合、その方が話が円滑に進むことが明確だからだ。

それにバランガの名誉が怪我されたところで、スカイにとっては痛くも痒くもない。むしろありがたい。

「スカイさんもそう思ってくれますか!」

「もちろんだ。けどな、あいつなかなか口を割らないんだ。だからもっと確実な証拠がいる。再度事件を洗いなおそうと思ってな。話してくれないか、被害者のことを」

真摯な態度を見せれば、平民生徒は感動した目つきを向けてくる。

完全にスカイを信じ切った目だ。少し心苦しくもあるが、真実を明らかにしたいのは本当の気持ちだ。芯がしっかりしていれば、多少の嘘はいいだろうとスカイは自分を納得させた。


「あいつは本当にいい奴でしたよ。仲間思いで、熱い男だったんです。小さい頃からの仲ですが、いじめられている子を放って置けないタイプで、よく見つけては仲間内に引き入れていました。相談にもよく乗ってくれるし、付き合いも凄く良い奴だったんです」

評判はすこぶるいい。メモに書き記していった。

実はこの生徒にたどり着くまでにも、被害者生徒の評判の良さは聞き及んでいた。

こう改めて聞くと、バランガ……いや、真犯人を一刻も早く捕まえたいと考えさせられるスカイだった。


「けれど、あいつ少し過激なところがあるんです。いじめっ子への制裁だって言って、襲撃したりとかよくありました。みんながそろそろいいだろうってなっても、手を抜かないんです。結構酷くやってしまったことも何度か……」

被害者を庇いたいが故に少し言いづらそうにしているが、事実を隠したくはないのだろう。バランガを捕まえる為に本気なのだ。

バランガを襲撃しようという作戦が出ていたのは、Aクラスのクザンから聞き及んでいる。やはり昔から少し過激な人だったのだなと思い、それもメモに記していく。


「仲間思いの良い奴だったんだな。他は?誰かに恨まれていたとか」

「恨まれるなんてことはないです!いろんな人を助けていたから、むしろ恩を感じている奴ばかりだと思います」

彼がここまで言うのなら、そうなのだろう。特に疑問を抱かない。

恨まれることがないなら、やはり襲撃事件が露呈して、今回の殺人事件に巻き込まれた可能性が高くなってくる。

やはりその線なのか?とスカイが顎に手を当てて考えるだが、生徒がまだ何か情報を持っている気もした。


「まだ俺のことが信じられないか?」

この言葉に、生徒は明らかに動揺を見せた。

まだ隠していることがある証拠だった。


ここは腹を割って話す必要があると判断した。

「お前たちが俺への態度を変えた、その理由はわかっている」

「え?」

なんの話か分からず、彼は戸惑った。


「以前はビービー魔法使いだと揶揄されて見下されたのに、今じゃ皆俺に好意的で、あんたは同級生なのに敬語まで使う始末だ」

「そ、それは……」

自覚があるので、何とも気まずそうだ。

「それも仕方ない。結局人は強者につくんだ。弱者は見下される。これは当然の理だな。俺が弱いと思われていたから馬鹿にされていた。しかし、俺が強いとわかった途端掌を返す」

何も彼らを責めたいわけじゃない。人間っていうのは、そんなものだと達観した感想だった。


「お前たちの認識は正しい。俺は強い、間違いなくな。そして、誰かに恭順するタイプの人間でもない。俺は俺のやりたいようにやる。大事な情報を持っているなら、隠さずに話してくれ。俺の力が及ぶ限り、守ってやる。下手に情報は明かさないし、悪いようにはしないと約束する」

「……本当ですか?」

渋ってはいるが、話して楽になりたいという感情が読み取れる。

スカイは今一度強く頷いた。それを見て、彼は秘めていたものを、ようやく話す決意をした。


「……バランガは本当にクズなんです!」

「知ってるぞ。髪型からしてクズだしな」

おかっぱ頭のことだ。おかっぱ頭に碌な奴はいない。スカイの偏見です!

生徒はうつむき加減で首を横に振る何度も降った。わかってない、わかってないんだ、とその行動に示されている。


「そんなものじゃないんです。バランガの、レース家の闇はもっと深い!」

「それを話せ」

話すと一度決めたはずなのに、またも沈黙が訪れる。

じれったいので、スカイは少しイライラしてきた。

このイライラはバランガにぶつけると決めた。


「明日、来週、それとも来月か?それよりも今日話してくれ。情報は早い方が新鮮だ。それに、今話してくれるなら特典として、バランガを殴ってきてやろう。尋問部屋には生徒会も入れるからな」

「バランガを……殴る」

「本気パンチだ。場所の指定も任せる」

「じゃあ、顎をお願いします!あいつが顎で人を指図する、あの態度が大っ嫌いだった。顎だ、顎!」

バランガの顎は既に何度か被害を受けているのだが、またもその特徴的な顎が受難しそうだった。


「ならば、情報をよこせ」

「はっはい!バランガは、平民生徒をいろいろな手口で騙して、借金を背負わせているんです」

「金か……」

同じく金で苦労している身として、スカイは痛いほど気持ちがわかってやれる。これは絶対に本気パンチをバランガに受けさせてやらねばなと、決意した。


「あいつの手口は本当に悪質で……。あんなやつ、人の風上にも置けないような人間です」

彼の口から次々と明かされる。巧妙な罠に嵌り、借金まみれになっていく平民生徒たちの姿。

金を返せなくなった生徒たちは、バランガに要求される行動を取ることで幾らか借金を減らすことが出来る。

しかし、膨大利子が借金を膨らませ続けるので、結局額は減っていかない。

そう言った生徒を、バランガ一行は奴隷と呼んで扱っているのだ。


「本当にクズだな、あいつは」

改めてニヤケた面をするバランガを思い浮かべて、空想上のバランスに魔力弾を撃ち込むスカイだった。

「ええ、でもみんなホッとしていますよ。あいつが犯人で」

ホッとしている、という表現に少し違和感を感じる。聞き返すには十分な理由だった。

「どういうことだ?」

「え?ああ、ほら、最近知ったんですけど、バランガが犯人だったらみんなの借金が帳消しになるんです。犯罪者からの借金は無効になるって、この国では定められているらしいですから」

「なるほど……」

平民生徒が殺された理由が、バランガ以外にも十分にあるではないか。

彼の口から出ただけでも借金を追っていた生徒は5,6名いる。バランガの方を突っつけば、実際はもっと出てくるだろう。被害者は何も生徒だけじゃないかもしれない。

バランガが犯人ということになれば、一体どれだけの人が救われることか。

事件がまだまだ分からなくなって来たことを実感し、スカイは席を立った。


「ありがとう。勇気をもって話してくれたこと。それと、バランガを殴る約束は絶対に果たす」

「お願いします!」

二人は堅い握手を交わした。


地下にある尋問室へとさっそく向かい、部屋の中へと入る。

今はだれもおらず、やつれたバランガだけがいた。

「……レース家が、父上がお前たちを全員地獄に叩き落すだろう。今に見ていろ」

ボロボロになりながらも、まだ実家の特権を信じているらしい。

レース家がどう動いているか、スカイは知らないが、ここまで手が届くとも思えない。


「バランガ、歯を食いしばれ」

本気パンチがさく裂した。

「あがっ!?」

椅子ごと後ろに倒れこむバランガ。

涙目になりながら、暴挙に出たスカイをにらみつける。


「こっこんなことが明るみになれば、今度罪に問われるのはお前たちだ!これは立派な拷問だ!」

「バランガへの暴力は罪にならない。さっき俺がルールを決めたから大丈夫だ」

「ふざけるな!」

「お?いいのか?見放すぞ?てめーへの一撃は、これまで被害を受けた生徒の痛みだ。本当はもっと殴りたい。しかし、新しい調査でわかったことがある。今回の事件、俺はお前が犯人ではないと思っている」

「……えっ」

初めて現れた自分の味方、それが憎きスカイだったとしても、やはりうれしさが勝ってしまった。

口を押えて、嗚咽するのを我慢する。

それでも涙が自然と流れた。

「……うっ、辛い。けど、頑張ってよかった。負けない!絶対に負けない!ふごっ!?」

バランガの頭頂部に強烈な痛みが生じた。

「可愛くねーんだよ」

バランガの健気な様子が気持ち悪くてつい手が出てしまったのだ。これは間違いなく拷問の部類に入る奴。


「自分の無実を証明したいなら、協力しろ。平民生徒に金を貸してんだろ?一覧をよこせ」

「っ!?」

なぜそのことを!?って顔をしているが、頼れるのは今やスカイしかいない。自分を嵌める為とも一瞬考えたが、殺人罪以上に重い罪も早々ないだろうと考えて、協力を決めた。

バランガの取り巻きの一人が管理していることを伝えて、彼の名前と寮の部屋を教えたのだった。

「そいつのことも殴っておくか。それと、一つ約束しろ」

「なんだ、今更」

「真実を公にしてやる。お前が本当に犯人じゃないというならな」

「俺じゃないって何度も言っているだろ!」

まだまだ叫ぶ元気はあるようだ。スカイがあと数発殴っても死ぬことはないだろう。


「そうか。じゃあ無罪を晴らしてやる。無事にここを出られたら、背負わせている借金は全て取り消してやれ」

「馬鹿な!?借金はダメだ。あいつらはまだまだ使える!」

「なら協力はごめんだ。このまま犯人として、役人に引き渡す」

そんな気はないが、これは脅しだ。

バランガが顔から汗を吹き出している通り、かなり効果覿面だった。


「わっわかった。借金は帳消しだ」

「約束だぜ?バランガ……」

スカイの視線の凄みに、バランガは素直に頷いた。

あの視線の意味は分かる。約束を破れば、スカイは例えこの国の法律に逆らってでもバランガのことを許さないだろう。


スカイが尋問室を去って、入れ違いのようにレメがやって来た。

料理を凄く褒められたものだから、結構多めに作ってしまっていた。スカイは捜査ばかりでレメの料理を食べには来なかった。食べにくるかもしれないと少し期待していたので、裏切られて機嫌の悪いレメだった。

バランガへの食事供給は、本来騎士団たちの仕事だが、騎士団の中でもレース家への日頃の恨みが多く募っているようで、彼らは故意に食事を制限していた。

レメに食事を作る義務はないのだが、一度作ってしまった手前、その後はなしっていうのも気が引けた。

食事を持ってこられて、バランガは猛獣のように食事に食らいついた。

スカイが与えた希望に、彼は必死にしがみつくことにしたのだ。くたばってたまるものか。食って、水を飲んで、なんとしても生き延びてやる。その目はまだ死んじゃいない。


モリモリと食べ進めるバランガに、レメは非常にイラついていた。

もともとバランガが嫌いなのに加えて、食べさせたいはずのスカイは食べに来ず、バランガは豚のように食事を貪る。

「あんたに作ったわけじゃないわよ!」

「えっ!?」

理不尽な声が尋問室に響いたのだった。


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