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七十三話 平民と貴族

いつも通り平民用の食堂で夕食を摂っていると、スカイとアスクのもとに近づく生徒が一人いた。

鋭い目元に、全体的に渋い顔をした、あまり10代っぽく見えない男子だ。

体格がしっかりとしているのもあって、余計に大人びて見えてしまう。


彼は一年A組のクザン。

平民出身であり、現在公式戦ランキング2位ということで注目を集めている。

「少しいいか」

低い声で問われて、スカイは頷いた。同席してもいいというサインだ。

断る理由もない。


スレインズとの件以来、こうして話しかけてくる生徒は増えた。

どうせその件だろうと思い、適当に話してやろうと思っていたのだ。

しかし、彼の暗い雰囲気からして、どうやらその件ではないらしい。


「俺はクザンだ。A組の生徒。あんたはスカイ、一緒にいるのはC組のアスクだろう?」

「自己紹介しなくて済みそうだな。で、要件は?」

仲良く話せばいいものを、いつもの癖でついとっとと要件だけを聞く。


「相談があるんだ」

「金は貸せないぞ」

「いや、そういう訳じゃない。俺は平民出身だが、実家は結構裕福なんだ」

ならば逆に金を借りようかとも思ったが、まだそこまで理性を失うほど金には困っていない。

相談と言われて、まず思いついたのが生徒会役員として何か頼まれること。

面倒ごとは勘弁だが、面倒ごとでないはずがない。


「レメ辺りには相談しないのか?」

「あんたの方が適任だっていう声が大きくてな」

まるで彼の後ろの大勢の人がいるかのような言い方だった。

ますます面倒事の匂いがプンプンした。


「相談の前に、一つ聞きたい。あんたはなんで平民用の食堂を使っているんだ?聞けば伯爵家の人間だと言うじゃないか」

「金がないからな」

「すまない。急に押しかけて、質問した身だが、真面目に答えて欲しい」

真面目も何も、真実はこれしかない。

平民用の食堂より貴族用の食堂が安ければ、スカイは迷わずそちらへ行っているだろう。


「真剣だが何か?」

「……本気か?」

「本気だ」

「……そうか、ならいい。いや、少し予想と違っていたから、問題ないわけじゃないな」

「いいから、相談事を早く」

スカイもアスクもほとんど食事を終えていた。

この後特に何かあるというわけではないが、他人の為に時間を使ってやる義理もない。


「あんたはてっきり平民側の人間だと思っていたから、助力を願いたかった。最近貴族共の横暴さが度を越している。俺たち平民はどうしても立場が弱いからな。皆で固まって横暴な貴族共に対処しようとしてたんだ。今は俺が代表者に担ぎ上げられてはいるが、いずれはスカイ、あんたに皆を代表して欲しいって声が上がっている」

それでクザンが交渉しに来たわけだ。

彼らは平民用の食堂にいつもいるスカイを見て、更には他の貴族とは全く違うその振る舞いに、てっきり平民を思いやるタイプの人間だと思い込んでいた。実際は、貴族も平民も、そんなものに一切関心がないだけである。

スレインズとの戦いで見せた強さも相まって、スカイが彼らの代表者をやるならば、横暴な貴族たちとも張り合えると考えられた。


「悪いな、俺はそういうことには首を突っ込まない主義だ」

「そうか。すまなかった、誤解があったようだ。平民の中でもカリスマ的な立ち位置にいるレメの恋人だとも聞いていたから、勝手に協力してくれると思い込んでいた」

「違う!」

「ん?そこも違うのか。とことん勘違いしていたようだ」

照れ隠しで否定したわけじゃない。

二人は恋人ではない。殴る側と殴られる側、それだけの関係。少なくともスカイはそう思っている。


「そういうのは生徒会長が相談に乗ってくれるはずだ。あの人は優しいからな、貴族の横暴には容赦しないだろう」

「うむ、そうさせてもらう。ただな、最近になって平民側にも危ない話がちらほらと出だしている。横暴な生徒を襲撃しよう、なんて過激な意見もあるんだ。俺の力じゃ止めきれないし、生徒会長も対応してくれるかどうか」

「それはまた」

ここは完全寮生活の学校なので、寝ている間に襲撃されたらたまったものじゃない。

スカイのように幼いころに森で過ごしたのなら、細かい音にも反応できる警戒心が付くが、一般的にそんな育ち方をした生徒はいない。

本気で襲撃しようとするならば、成功は間違いないだろう。

話がそんな段階まで進んでいることには、流石に驚きを隠せない。


「横暴な貴族の顔とも言えるバランガ辺りがターゲットになりそうだ」

「ならいいんじゃないか?」

あのおかっぱ頭が標的になるなら、悲しむ人より喜ぶ人の方が多いはずだ。

素直な気持ちが言葉になって出てしまったスカイだった。

常々あいつには天罰が落ちた方がいいと思っている。事実、バランガの裏でのやり方は汚く醜いものばかりだ。天が彼になかなか罰を与えないならば、人の手で下すほかないだろう。


「俺はそうは思わない。戦うなら正面から、もしくは言論で彼らに立ち向かいたい。寝込みを襲うなんて、あまりに卑怯だ」

「確かにな。寝込みを襲うのは卑怯だが、相手はバランガだろう?ならいいんじゃないか?」

変わらないスカイの主張。

真面目な顔をして言っているので、クザンも本気で困る。


「……あんたはどうやら、いろいろと想像してたのと違うみたいだ。時間を取らせてしまって済まなかった」

「いいんだ。バランガを襲撃するなら一声かけてくれ。見学しときたい」

「……冗談もそのくらいにしてくれ」

冗談かどうかはスカイ本人にしかわからない。

隣に座っていたアスクだけは、その言葉が十中八九本気だろうと思っていた。


クザンからこの話を聞かされた二日後だった。

学校中を騒がす大きな事件が起こる。

やたらと暴力事件や魔法戦闘が行われるこの学園においても数十年に一度くらいしかない事件が起きた。


学内殺人である。

殺されたのは平民の生徒。

夜中に自室で殺されていた。死因は頭部への打撃。


彼は貴族生徒との対立において、常に過激な発言をしていたこともあり、疑いの目は貴族生徒へと向けられた。

いくら貴族といえども、殺人が公となればそれを揉み消すことは至難。

本格的に捜査が行われるだろうし、生徒会も動かされるだろう。

この事件を機に、いよいよクザンが懸念していた平民と貴族の対立が深刻化しそうだった。


同じクラスにいても平民と貴族で二分化されていた教室内だったが、事件を機に明確な線が区切られた。

貴族と平民で仲の良かったものまで距離を取らずにはいられないような雰囲気が続く。

いつにらみ合う両者が、暴発してもおかしくないという空気が一週間も続いた。

殺人犯が潜んでいるのでは、警戒するのも無理はない。

貴族側からしたら、犯人は一人なのに、全員が犯人扱いされるのは納得がいかないといったところだろう。


しかし、急遽状況は大きく動いた。

決定的な証拠が見つかり、あの男が捕まった。

「俺!?俺じゃねーぞ!放しやがれ!」

拘束されて、学校の地下室へと連れていかれたのは、おかっぱ頭としゃくれがトレードマークのバランガ・レースであった。

生徒会の立場で、バランガの拘束に立ち会っていたスカイは、やはりこいつだったか、と凄く納得していた。

後日学校にメディアが来ようものなら、スカイが真っ先にインタビューに答えてこう言うだろう。

「ええ、やると思ってましたよ。そういう雰囲気ありましたから」



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