七十二話 ど変態女
「よっ、英雄さん」
スカイの肩を叩いて明るく声をかけたのは、クラスメイトのレンゲだった。
サバサバとした雰囲気の女子で、少し前からスカイとはたまに話す仲になっている。特にレメとの関係性が気になっているようだ。
今は無事平穏が学校に戻っており、今日もこうして授業が再開されていた。
休憩時間になり、暇を持て余していたレンゲがこうして声をかけに来たのだった。
「からかうな」
「なによー、いいじゃない。みんなあなたの話をしているわ」
「悪口か?」
「前まではねー」
やはりそうだったのか、と再確認できた。
「でも今はみんな褒めてばっかりよ。一気に時の人って感じね。古馴染みとして鼻が高いわ」
「そうか、まあどうでもいいけどな」
「確かにそうね。あんたそういうので浮かれるタイプって感じでもないし。それに私ももっと他のことが気になるのよねー。ほらほらぁ、話なさいよ。最近の進展を!」
少し顔を赤らめて、レンゲが要求する。
もちろん彼女はスカイとレメの話が聞きたいのだ。
濃密で、絡み合う、エロスの世界を欲している。
スカイも慣れたもので、レンゲが来たらレメとの話と相場が決まっている。今日も聞かれて特に変な感じはなかった。
いつもおかしなリアクションには少し戸惑っているが、それさえなければ良きクラスメイトと思っていた。
「最近か……特に何かあったとかはないけどな」
「うそ言わないでよ。あんたたちに何もないわけないじゃない」
「そうだ、これがあったな」
そういってスカイは少し尻を庇うようなしぐさを見せた。
それは先日、褒賞としてもらった金塊30キロを学校に戻るまでに全て無くしてしまったことへの、レメからの怒りをぶつけられた結果がもたらしたものだ。
スカイに何かご馳走してもらえるとはしゃいでいたのに、蓋を開ければ一瞬での一文無し状態。
レメが怒ってスカイを投げ飛ばすのも無理はなかった。
投げ飛ばされたときに、スカイは少し尻を強く打ち付けており、その痛みがまだ引いていなかったのだ。
「尻をやられたな」
「尻!?あんたたち尻も使ってんの!?」
「使ってるってなんだよ。無理やりやられたんだよ」
「待って。早い早い、もう鼻血出そう……」
レンゲが鼻血を吹き出して倒れる体質だと思っているスカイは、特に変わったことだとは思わない。
いつものことだと少し待ってあげた。
「で?そのプレイってどうやるの?」
「プレイじゃない、無理やりやられるんだよ」
「そういうのをプレイって言うんでしょうが!!」
顔を一層赤らめてレンゲが吠えた。
「何々?あんた受けなの?レメさんが攻めるの?」
いつもスカイが殴られる側で、レメが殴る側だ。
その通りだと肯定するように、大きく頷いた。
「うほー、たまらん!たまらんよ!」
「なんでだよ。同情しろよ」
ボコボコにされているだけだというのに、レンゲに話した途端彼女は興奮しだす。
変な奴だと改めて感じていた。
「あんた大丈夫なの?ほら、尻の……あ……な、とかぁ」
「ああ、鍛えているからな。それほどダメージはない」
尻周りだけでなく、普段からスカイは体中を鍛えている。
多少の外傷なら、普通の人よりも耐性がある。
「ど変態か!」
勘違いしている女はもうこれ以上のピークがないのでは、というほど喜んでいた。
「ねえ、レメさんはどうやって攻めるのよ。ほら、女って……あれがないでしょ?」
レメがスカイをボコボコにするときは、様々なパターンがある。
殴ったり、蹴ったり、投げ飛ばしたりだ。
「まあ、手が多いな」
「手!?」
「脚もあるぞ」
「脚!?」
「全身使ってくることもある」
「やめてあげてー!」
とんでもない想像がどんどんと膨らんでいく。
「あんた基本受けなら、もしかして他の人とでもやれるの?」
「いや、レメ以外が手を出して来たら流石に俺も黙ってない」
「ああ、そういうとこはしっかりしてんのね」
男同士、なんて想像もしたが、そこはまだ踏み込んでいないのだなとレンゲは一安心した。
いや、少し残念がった、が正しいかもしれない。
「もうお腹いっぱいかもしれない。今日はこのくらいにしておこうかな」
「お腹いっぱいと言えば」
「まだ何かあるの?」
「ああ、レメと生徒会長、副会長と飯に行ったんだよ」
ありきたりな話っぽいので、レンゲのテンションはいまいち上がりきらない。
「そこでもレメと激しくやりあったな」
「飲食店で!?」
再び燃え上がる情熱。
「ああ、よくあることだ」
「場所を選べ!」
「仕方ないだろ、お互いに我慢できないんだから」
人目もはばからずによくケンカすることは、レメとスカイの間でよくあることだ。
飲食店に長くいれば、それだけ話す時間も増える。レメの導火線に火をつけることも度々というわけだ。
「ちょっと待って。会長と副会長は?」
「いるよ。でも構わずやり合ったな。ていうか、俺が一方的にやられるんだけどな」
「うほっ!人がいてもお構いなしなのね。会長たちは何か言わないの?それを見て」
「ああ、元気ねって笑ってたぞ」
「会長もレベルたけー!!」
ただ仲良く喧嘩しているだけなので、優しい会長は敢えて止めはしない。副会長も言わずもがなだ。
「レメは酷いやつでな。俺はこってりしたものが欲しいのに、あっさりばかり寄越してくる」
会長の奢りだったので、レメはスカイにこってりとした肉は食べさせずに、あっさりとした安い野菜ばかりを食べさせていた。
「あ、あっさりでいいわよ!そんなところなんだから」
「いやー、でもこってりも欲しいっていうか。全然腹が膨れなかったし」
「そりゃご飯食べるところででそんなことしてたらね」
「そういう訳で、しばらくレメはごめんだ。体がいくらあってももの足りないからな」
「それもそうね。ちゃんとケアをしといた方がいいかも。滑りのいいクリーム持っているけど、いる?」
「いらねーよ。痛いのには変わりないだろ」
「そ、そうね」
今にも鼻血が噴き出しそうだったが、レンゲは堪えた。
いつもならここら辺で鼻血を振りまいてえ気絶している。倒れた後は友達に片付けしてもらっていることもあり、迷惑をかけないように今日こそ耐えて見せようと決めたのだった。
「やっぱり、クリーム貰っておこうかな」
「あ、そう?いるならいつでも声かけてよね」
最近少し乾燥が気になるスカイだった。ちょうど花粉にやられて、鼻をすする機会も多い。
それで鼻周りが特に乾燥していたのだ。クリームを塗れば少し緩和されるかもしれない。
「乾燥も酷いし、レメには鼻もよくやられるし、ケアしとかないとな」
「鼻も!?」
「ああ、正面からよくやられるな」
正面からのグーパンチである。レメの凶暴さは、結構容赦がない。
「穴があれば何でもいいのかよ!!」
ブシュッと鼻血が教室の宙に舞った。
今日も、今日とて、想像に花を咲かせたレンゲは、興奮しすぎて気絶したのだった。




