七十話 自由な男、入城
王宮からの召喚状を受け取ったスカイは、褒賞の金塊20キロを目当てに、指定通りの日時に王宮へと向かった。
ナッシャー王国王城は、王都の中心の小山の上に聳え立つ城なので、王都を訪れたことのある人なら皆遠目にその姿を見たことがある。
当然スカイもその存在を知っていたし、遠目からは見たことがあった。
しかし、伯爵家の人間とは言え、ビービー魔法使いのスカイはこれまで王城とは無縁の生活を送っていた。一般市民にも劣る森の中で育ったのだから、仕方もない。
たまたま襲撃事件が高等魔法学院で起こったがために、その処理をしたスカイが縁あって召喚されたわけだ。
金を受け取ったらさっさと帰ってしまおう。そんな失礼な考えで、スカイは王城へと向かった。
遠目からでも迫力のあった王城は、いざその正門まで来て見上げると、そこにはまるで人工で作られた山が聳え立つかのようだった。
防衛には適したつくりだが、与えてくる威圧感、そして重圧感がもの凄い。行き来するのにも労力が必要だ。
門番に名を問われて、スカイは召喚状を渡し、自らの名を名乗った。
召喚状を一瞥した門番は、そこに押された王家の印が本物かどうかだけを見て、本物と判断した後はスカイへの警戒を緩めることなく、通って良しと声をかけた。
城の中に入れば、すぐに国王に謁見でき金塊をもらえると踏んでいたのだが、そうではなかった。
散々待たされた挙句、礼儀の欠けたスカイの様子に、案内担当の者が王の前では膝をつき視線を合わせないように、などともろもろの礼儀指導までする始末。今更ながらに、スカイはたかだか金目当てで来たことを後悔し始めていた。
ようやくスカイの礼儀が一通りよろしくなったところで、タイミング良く謁見の許可が下りた。
謁見の間に通され、先ほど指示された通り膝をついて一礼した。もちろん王座にいる国王には視線を向けていない。先ほどの指導の賜物だ。スカイの態度に物申す人間はいない。簡易的な指導だったが、効果覿面であった。下に視線を向けるスカイは、何をしてよいかもわからず、赤い絨毯の綺麗さに目を配るばかりだ。
「よく来たな。アラン・ヴィンセントの子、スカイよ」
「はい」
何を言っていいかもわからないので、適当に返事をする。
心の中では、早く金だけ寄越せ爺、と失礼極まりないことを考えている。
魑魅魍魎が住むと言われる流石の王宮内も、完璧に心まで読める者はおらずスカイが罰せられることはないが、その本心を知る者がいたら、それはさぞや冷や冷やさせらたことだろう。
「そなたの兄、タランも我が娘との婚姻が決まっておる。ヴィンセント家とは、今後も密な付き合いとなりそうだ」
「金……はい」
「ん?……今回の事件は非常に汚らわしいものであった。前途ある学生諸君を襲撃するばかりか、それを盾に取り、騎士団からの攻撃を防いだとか。しかし、結果として騎士団とそなたの活躍があって、奴らの極悪非道は潰えた。まこと、素晴らしき国への貢献だ」
「はい、で褒賞は?」
耐えきれず、この男はついに口にしてしまった。
慌てたのは、王の側に控えている、宰相の任を司る側近の男。
自ら褒賞をせがむ者など、普通はいないし、やろうなんて度胸のある者もいない。王宮に出入りする人間の大半は、臆病な人間か、相手の機嫌を伺うのが得意な人間だ。
その日の金欲しさに、褒賞をせがむなんて恐れ多い。
あまりの失礼さと、驚愕におののいて口をはさみかけた側近の男だったが、王が直接手で遮る。
「褒賞はもちろん用意している。ヴィンセント家の者ともあろうものが、金品ごときに欲を出している訳でもあるまい。何やら事情があるようだが、もうしばらく付き合え。そうしたら、更に褒賞を用意することもできよう」
ならば、当然付き合う。
当たり前だ。
スカイの金欠具合は、そこらの庶民以上である。
金が入れば、すぐさま後先考えず寄付なり使用したりするスカイである。手元の財布は、それはそれは寂しいことになっている。
追加の褒賞があるのなら、偉そうにしている爺の一人や二人、相手をしてやっても良い。
本心でそんなことを考えているのだ。スカイという男はその実力も相まって、とんでもない爆弾人間である。
「カネント及びブラロスにとどめをさしたのは、そなただと聞いている。間違いないか?」
「はい!」
「……急に元気が良くなったな」
相変わらず平静を保つ国王だが、だんだんと褒賞が欲しいだけというスカイの魂胆が読めてきた側近の男はそうではない。この男に王への尊敬が一切ないことを見抜いた彼は、真っ赤に染まった顔に、くっきりと血管が浮かび上げていた。。
「ブラロスたちは、何かそなたに伝えたか?」
「……?」
なんのことかさっぱりわからず、スカイは黙り込んだ。そして、思わず視線を国王へと向ける。
「さて、なんのことでしょうか」
「知らぬなら良い」
視線を直に向けたことで、側近の男は更に怒った。しかし、国王に一度制されているので、やはり口出しはできない。
「今聞いた質問のこと、そして騎士団の動き、それらをそなたには黙っていて欲しい。王家に使えるヴィンセント家の人間なら、そこらへんの機微はわかるな?」
総攻撃に出たことを、黙っていろ。ブラロスが隠していることを探ったのも黙っていろ。実家の名前まで上げて、国王は脅しに出たわけだ。
この様子を見るに、国王はスカイが実家でどのような扱いを受けてきたかを知らない様子。むしろ、実家に寄り添って生きていると思い込んでいた。
「褒賞次第ですね」
「ふん、おもしろやつだ」
すこし鼻で笑った。やたらと褒賞を欲しがるスカイの言葉を、国王は冗談と受け取ったらしい。
切実な思いは得てして通じぬものだ。この場合、それがことを荒立てずに済んではいるが。
「そなたには金塊20キロをやるといったな。金塊は30キロに増やす、それと」
「30!?」
「なに、足りぬか」
30で足りないわけがない。目の前の爺は、それほどまで金を持っているのか?世間知らずなスカイはどこまでもピュアな疑問を抱いていた。
「それと、そなたには何か将来のポストを用意しておこう。ヴィンセント家とは深い付き合いになるのだ、要職にそなたが付けば、王家に入る兄の助けにもなろう」
スカイは特に反応しなかった。口も一切動かない。
あまりに嬉しすぎて、黙っていると考えた国王の考えは全く不正解と言ってよい。
本心で興味がないだけ。
冒険者ギルドに行けば、実力でお金を稼ぐことのできる男だ。
しかし、学生の身分ではなかなかお金を稼いでばかりはいられない。
それに、金が入るすぐにどこかへ飛ばしてしまう男だ。
将来の役職なんか毛ほども興味はなく、ただ目の前に積まれる金塊にのみ興味を抱く、それがスカイという男だ。
一つ目の褒賞で国王への好意を高めてはいたが、それでも二つ目の褒賞のしょぼさですっかり国王への尊敬をなくしてしまった。
二度と呼び出すんじゃねーぞ、そんな失礼極まりないことを考えながら、謁見の間を後にする。
城の中で、側近の男から褒賞の金塊30キロを受け取ったスカイは、それを背嚢にいれて背負って帰ることにした。ずっしとした重さが、その価値を物語っている。思わず、口元もほころんでしまう。
半分はまた寄付に回して、もう半分は今度こそ貯金しようと心に決める。
このまま無事帰れるかと思っていたのだが、終始あまりにも失礼だったことを、側近の男には見破られていた。彼はそれがやはり気に入らなかったみたいで、帰り際のスカイの肩を力強く掴んだ。
「伯爵家の人間だろうが、将来のポストを約束されようが、ここで生きていきたいのなら、この私の言うことには素直に従え。いいな?」
今のうちに上下関係を叩き込んでおくつもりだったのだが、当然通用しない。
「次後ろから迫ったら、頭を打ちぬく」
スカイの手には拳銃が握られていた。強者というのは得てして背後からの接近を好まない。
権力がなんだろうが、そんなものを盾にしているうちは、スカイの上は行けない。
事実、側近の男は、向けられたリアルな殺意におびえていた。
「それにここで生きていくつもりもない」
上下関係は無事に埋め込まれた。スカイが上、側近の男が下。簡単には覆そうにもない、明確な上下関係が。




