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六十九話 英雄

スカイが目を覚ますと、半壊状態に追い込まれていた学校敷地内も既に整備の手が入っており、外から活気ある声が聞こえてきた。空もそれに呼応したのか清々しいほど晴れ渡っていた。

窓から差し込む日差しがとても心地よい。

おそらく学校敷地内にある病院のベッドだということ自覚し、スカイは思いっきり伸びをした。

室内には一人なので、まだしばらくのんびりできそうだとわかった。


ブラロスとの戦いで意識を失ったところまで覚えてはいるが、その後のことはさっぱり知らない。

けれど、様子からしてもう身の危険は去ったと理解してよかった。

ピエロから教えて貰ったラグナシの新しい力の検証は必要だが、とにかく今はまだ頭がぼーっとしている。この霧がかった頭をスッキリさせないうちは何もしたくないと思っていた。


しばらくのんびりと外を眺めていると、室内に一人の生徒が入って来た。

生徒会長のスルン・イストワールであった。

彼女はてっきりスカイがまだ眠っているものと思っていたので、ベッドの上で座っているスカイに驚いた。


「あら、ようやく目を覚ましたの。タイミングが悪いわね、ずっとレメたんが詰めていたのに、たまたま来た私が目覚めに立ち会えるなんて」

「レメならどうせすぐに会えるでしょ」

「そういう問題じゃないのよ。ロマンティックな展開が乙女の生命活動には必要なの」

「そういうものですか」

「そういうものよ!」

ぴしりと指をさされて、スカイは戸惑いながらも頷いてみせた。


スカイの視線が窓の外へと向いたのを見て、スルンは事後の話をしてやることにした。

「あなたがどうやったのか知らないけれど、私たちが到着したときには崩壊しかけている地面にブラロスが倒れていたわ。それで全てが終わり。高等魔法学院への襲撃事件は全て終了よ」

「スレインズは全員捕まったのか?」

「ええ、カネントも他の幹部もね。そして、何やらジェーン・アドラーの傷はあなたの攻撃によるんじゃないかって話が上がったけれど、本人が否定していたわ。それで怒っていた騎士団も黙ったわ。真相はあなたたちしか知らないわね。実際どうなの?」

「あははは、俺が騎士団長に手を出すわけない……」

その場の怒りで騎士団長も攻撃した、なんて言えるはずもない。

白々しい答えだったが、スルンも敢えて深く突っ込みはしなかった。


ジェーン・アドラーがスカイから攻撃を受けたこと黙っているのは、新しい標的をスカイに切り替えたからであった。

ブラロスとは満足行くくらい戦えた。そして、そのブラロスを上回ったスカイ。

ジェーン・アドラーの心の中には、騎士団長の自分が一生徒に倒されたと自尊心を傷つけられはしたが、それ以上に戦闘狂の血が騒いている。

彼女はいずれスカイと正面から戦えるように、新しく牙を研ぎ始めたのである。

当然、ジェーン・アドラー以外は知りようのないことではあるが。


「そういえば、王様直々に今回の事件の最大功績者であるあなたと騎士団長に褒美を下さるそうよ」

「王命で、生徒を見捨てた癖に厚かましいな」

「それね。黙っていろって通達があったわ。知っているのはあなたとレメたん、後は私とレンギアくらい。他の生徒は騙し通すつもりらしいわ」

「汚いな」

王宮側は何かを隠したい為に強引な作戦を取ったのにも関わらず、結果として生徒たちはほとんど無事に済んだ。死者が出ていないのが特に大きい。

ついでとばかりに、それを自分たちの手柄にして見せたのだ。真実を知るスカイ達には口封じとして、褒賞を与える。騎士団は回りくどいことをしなくても、当然口は堅い。王家としては、最高の結果になったわけである。


しかし、これで口封じできると思っているところが甘い。

スカイは褒賞程度で口を閉じる男ではないからだ。冷たく笑いながら、どこで暴露してやろうかと考えていた。


「あなたには伯爵家に相応しい報酬として、金塊20キロが贈られるわ。慎ましく生きるなら一生暮らせていける額ね」

「お、おう……」

これくらいでスカイの口封じができるはずも……。

スカイの目の色が変わる。

明らかに、いろいろと計算をしている。何を買えるか試算しているようだ。

「仕方ない、今回は黙っておいてやろう」

このくらいでスカイの口封じはできる!


口封じはできるが、それでも不満も、そして今回の強引な王命への疑惑も消えはしない。

一体何を隠したかったのか、今回の騒動に深く関わった人は皆その点を気にしていた。


「まあそれが無難ね。王家に立ち向かうには、私たちは無力すぎる。それに、まだ王家がやましいことを隠していると決まったわけでもない。ほとんど黒だけどね」

それはそうである。

でなければ、事件の渦中にいた娘のソフィアまで見捨てるはずもないからだ。

後日王宮に呼び出されることも伝えたところで、病室にもう一人入って来た。

スルンが言うには、ほとんどの間病室に来ていたのに目覚めのタイミングを逃した不遇な少女、レメであった。


スカイの目覚めた姿を見て、レメは一度胸をなでおろした。

無事とは知っていたが、それでも実際に目を覚ましたのを見て、胸につかえていた不安がようやく取れたのだ。

「よっ」

「よっ、てなによ!このアホ!危険に自分から首を突っ込んで!こんな怪我して!会長が凄腕の治療師を呼んでいなかったら死んでたわ!絶対死んでたわね!ええ、死んでたわ!どうせならこの場で仕留めてあげる!」

マシンガンのように出てくる罵詈雑言、そして怒れるレメはスカイの胸倉をつかんで振り回す。

スルンが止めなければ、今度こそあの世に飛んで行ったかもしれない。


「まあ、あれだ。すまん。悪かったよ。金が入るみたいだし、王都に出向いて一緒に何かいいものでも食べに行こうか」

「……アイスクリームは当然として、リンゴパイも欲しいわ。それにあの新店にも寄って。あっ、あっちも行かなきゃ」

レメは食べ物で買収可能!

良く心得たもので、スカイはこの手が効くことを知っていた。


根がとても単純な二人を、スルンは微笑ましく見守った。

二人がすっかり仲直りしたのを見て、スルンが学校で起きている好ましい変化について話し始めた。


「あなたはどうやら、みんなに英雄扱いされているわよ。聞こえてくる話はあなたのことばかり。特に、平民生徒から人気は絶大ね」

これはどうやら事実みたいで、レメも思いっきり実感していた。

「はあー、今日だけでスカイのことを何回聞かれたか。好きな花?好きな歌?好きな色?知らないわって話よ」

「バラ、オペラ全般、赤だ」

「どうでもいいわよ!」

「へっ!?」

聞かれたかと思ったから答えたのに、怒られてしまってスカイはしょんぼりした。

相変わらずレメのペースで二人の会話は進んでいく。

けれど、不思議とスカイはこの強引さが嫌いではない。


「レメたんは、スカイ君が舐められたいたときの方が都合がよさそうね。これからは取り合いになるからね」

楽しそうにそんなことを言うスルンに、膨れた顔で抗議した。

スルンだから許されていることで、こんな感じにスカイがからかおうものなら、今頃瞬殺されて天国に帰っている。


話がひと段落したところで、レメが病室の窓を開け放った。

外から涼しい風が流れ込む。

凶暴さは相変わらずだが、日に照らされて心地よさそうなレメを見て、スカイもようやく高等魔法学院襲撃事件が終わったのだと理解した。


この一週間後、スカイのもとに王宮からの呼び出し通達が届くことになる。




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