六十六話 まだまだ先がある
盛大にぶつかり合う二つの巨大な力の前に、一人の男が降り立つ。
二丁拳銃を構えて、スカイは冷静に二人を見ていた。
辺りは地形が歪み、武器がそこら中に転がり落ちている。
吹き飛ばされたのか、いやもはや戦闘に参加できていたのかすら怪しいが、騎士連中が数十人当たりに倒れこんでいる。息があるのかさえ定かではない。
スカイに大仰な態度を取った騎士が逃げ出したのも無理はないという悲惨な光景だ。
およそ知能があるのか怪しい微生物でさえこの場には長くいたがらないだろう。
そんなところへスカイは一歩一歩踏み込んでいく。
ブラロスが自身の杖である巨大な斧を振り下ろし、ジェーン・アドラーが聖剣でその攻撃を受け止める。
二人の杖がぶつかり合うたび、辺りには強烈な衝撃波が巻き起こされる。
もちろんスカイもその影響を受けて、衝撃波が来る度にに目をぎりぎりまで細めて、舞ってくる砂ぼこりなどを耐えていた。
ブラロスの使い魔であるグリズリーキングも隙を伺ってはジェーン・アドラーへと攻撃を加えようとするが、空から額に宝石が埋められた白い鷹がその都度舞い降りて攻撃を阻害する。
二人だけでなく、その使い魔同士の器量も戦局に大きく影響しそうだった。
これが史上最強の騎士団長と呼ばれた男と、戦闘の天才一家の血を引いた現騎士団長の戦いである。
二人の実力はこの世界の魔法使いの中でも10本の指に入ると言われているほどだ。
それが直接ぶつかり合うと、こういう凄まじいことになる。
二人とも、特にブラロスは味方にも敵にも壮大な被害を出させて、今現在も巻き込ませている最中だというのに、その顔には悪びれた様子が一切ない。
むしろ、楽しそうである。
身体強化と地のの天才的な身体能力をもってして、巨大な斧をいとも容易く扱う。振り下ろすたびに楽しそうになっていくのは、破壊衝動が満たされていく故なのか。
そんな馬鹿げた力を、受け止めきる女もおかしいことに変わりはない。
若干劣勢気味ではあるものの、それでも隙を伺って常に必殺の一撃を匂わすジェーン・アドラーもおかしいと評価せざると得ない人物だ。
しかも、楽しそうなのはブラロス一人ではない。
事前にスカイたちに漏らしていた通り、ようやくブラロスと戦えて、ジェーン・アドラーも非常にうれしそうである。
辺りの悲惨な様子とは裏腹に、この状況を作り上げた二人はそれはそれは幸せそうに戦っていた。
それがスカイには気に食わない。
非常に腹立たしい。
巻き込まれた側としては、この二人のやりたい放題な姿勢が無性に怒りポイントをプラスしてくる。
結局この二人は、ただ戦いたいだけなのだ。
ブラロスは国をどうこうしたいと話し、ジェーン・アドラーは騎士団としての責務を盾にしてはいるものの、結局は破壊衝動と戦闘狂を満たすための場である。
「そんなに戦いたいなら、俺が始末をつけてやる」
二丁拳銃のグリップを力強く握り、スカイも臨戦態勢に入る。
そこへ、グリズリーキングが立ちはだかった。
通常の熊の数倍の大きさと獰猛さを持ったその使い魔は、普通の魔法使いなら見ただけで戦意を失うかもしれない。
スカイの使い魔であるピエロも、立ちはだかり吠えるグリズリーキングを見て血の気を引いていた。
ただでさえ白く化粧された顔が、青白くなっていくのがわかる。
頼もしいブラロスの使い魔とは違い、スカイの使い魔ピエロは臆病であった。
「なあ、スカイ。今からでも逃げようぜ!」
「ラグナシってのは底なしの強さなんだろう?」
慌てるピエロとは違い、スカイは非常に冷静沈着である。
「それは100年前くらいに戦った爺さんの話だ。おめーとは違うんだよ!逃げるぞ!やべ、ちょっとちびった」
使い魔からの懸命な説得も聞き入れるつもりはなかった。
スカイはひたひたと湧き上がる新しい力を試したくて仕方のない気分だった。
うるさい二人を征伐に来たはずが、スカイまで目の前の楽しそうな二人に毒されつつあった。
気づけば、スカイも笑っている。
それを見て、使い魔のピエロは更に顔色を悪くする。
「ひゃっ!?今の顔、どこか100年くらい前に戦った爺さんと似てたな」
「そうなのか?」
「ああ、絶対的なまでの余裕ある笑顔。なんか嫌なもん思い出しちまった」
やばい状況なのに、相手が本気の笑顔を見せたのなら、確かにそれは強く記憶に残されるかもしれない。
ピエロが100年経っても忘れていないほど、その時のラグナシが見せた笑顔は自然だが、その闘いの場では不自然なものだったのだ。
「しかしよぉ、お前の残り魔力、カッスカスだろ?どうやって戦うつもりだよ」
ピエロの言う通り、スカイはカネントとの戦いにおいてその魔力をほとんど使いきっている。
レメを迎えに行く途中で、念の為に魔力を補充してくれる飴玉をなめてはいたが、それでも回復した数値は100程度だ。
普通の魔法使いなら初級魔法を一発使っておしまいな寂しい魔力量。
化け物同士の戦いに首を突っ込める状態ではないのは明白だ。
少ない魔力量で戦えるスカイでも、やはりその魔力総量には不安が残る。
無色の七魔で新しく混合魔法という扉を開いたけれども、魔力総量100ではまともな混合魔法は打てない。
臆病者のピエロでなくとも、心配する状態である。
「心配するな。お前の言う通りだったよ、ピエロ。目の前の化け物同士の戦いを見て、俺の中に眠っている力がまだまだあることを直感した。ちょうど、今なら新しい更なる扉を開けそうだ」
興奮してはいるものの、非常に冷静に、そして丁寧にスカイは言葉を並べた。
その絶対的なまでに余裕のある態度が、ピエロに伝染したのか、ピエロまで先ほどの臆病な様子が次第に収まっていく。
目の前で唸るグリズリーキングに相対する二人が、冷静さを貫き通している。
グリズリーキングの経験からしても、こんな態度を取るのは強者だと言わざると得なかった。
それ故、今にもとびかからんとしていたグリズリーキングが二の足を踏んだ。
「……たっく、死んでも知らねーぞ。ま、お前が死んだら次は超巨乳のねーちゃん狙いで契約主を探すけどよ。死んだら死んだで結構だ。わかったか、ボケ」
急にいつもの憎たらしい感じに戻ったピエロに、スカイも一安心した。
「次の契約主は多分現れないだろうから、俺に精一杯力を注げ。トリックメーカー、『当てても外しても』発動」
「仕方ねえ、ヒャッハー!承ったぜ!!」
スカイの魔力弾が命中するたびに威力が加速していくピエロの能力だ。
このままでも規格外の強さを誇る魔力弾だが、目の前の化け物たちには通じない可能性がある。
スカイは新しい扉を開いた。
魔力変換速度200%……、その先がまだある。今新しい扉が開かれる。
魔力変換速度400%!
詠唱時間が四分の一に短縮。同時に魔力変換率も400%になり、使用魔力量が四分の一に。更に魔法の威力が4倍に跳ね上がる。
リスクと、持続時間はまだ不明。しかし、力は明確に理解できていた。
素の状態で威力500を誇る魔力弾が、今は素で2000。これがトリックメーカー『当てても外しても』と組み合わさり、最大で一発8000まで威力が跳ね上がる。
どれだけ耐久力の高いブラロスも、どれだけ戦闘センスの高いジェーン・アドラーも、この力の前には流石に無事で済むはずがない。
そこに更なる力を加える。
武器強化も身体強化もこの状態でも魔力が足りない。
そこでスカイは違う魔法を混合させた。
風の性質、初級魔法エレクトリカルモード。詠唱時間1秒、消費魔力100。3分間、あらゆる攻撃に電気攻撃が追加される効果を得る。
きっかり1秒後、無色の七魔と魔力変換速度400%の効果で、魔力を50消費したスカイはエレクトリカルモードを発動する。
初級魔法と侮るなかれ。スカイから放たれる手数の多い魔力弾を前に、二人は体の痺れから逃れることができるだろうか……。
準備は整った。
目の前で主を守ろうとするグリズリーキングに、スカイは一発目の魔力弾を撃ち込む。
威力2000プラス、電気の痺れがグリズリーキングの体に流れる。
唸り声につまりが生じた。
予想外過ぎる威力に、グリズリーキングは主のピンチを一瞬で直感したことだろう。




