六十話 希望か絶望か
体育館に入って、さっそくスレインズの一人を仕留めたレンギアは、一番信頼している生徒会長スルン・イストワールの解放に向かった。
はじめ抵抗には前向きでなかった会長も、レンギアからもたらされた騎士団総攻撃の情報を得て、その考えを変えた。
騎士団とブラロスの戦いの飛び火が来る前に、少し強引ではあるがこの場で生徒代表として戦うことを決意する。
スルンの信頼する生徒も順次解放に向かおうとするが、当然スレインズがそれを見逃すはずもない。
外で既に50名ばかりが無力化されており、さらにはブラロスもカネントもこの場にはいない。
機会としては絶好と言ってよいが、何せ全勢力を終結させたスレインズはまだ体育館内に50名ばかりもいた。
押し入ったレンギアと解放されたスルンの動きを止めるために、対処に向かう彼らだったが、生徒会長が立ち上がったのを見て体育館内で縛られてはいたが、機会をうかがっていた生徒たちが続々に反旗を上げる。
縄を断ち切っていた者や、縄なんて関係なく使い魔を呼び出す者。
気が付けば、生徒会長の周りだけでなく、広大な体育館内でほとんどすべての生徒が立ち上がっていた。
その中でも、生徒会長の周りとソフィア・ナッシャーの周りには特に人が集まっている。
杖を持たないし、まだ拘束も解けない生徒もいる。一部は怪我もしている。
しかし、数の面で優れる彼らがようやく敵対心を示すと、それは凄まじエネルギーとなってスレインズを威圧した。
将来を嘱望される有能な国中から集められた生徒600名ほど。その彼らが不当に拘束された怒りを今こそ解放しようとしていた。
ここにブラロスか、カネントでもいれば、この威圧を跳ね返すだけの武力か、策でも思いつくものだが、残された50名の中にはそれに匹敵する力、あるいは知力を有する者はいなかった。
生徒会長もしくはソフィアからの攻撃の声がかかればここは小さな戦場となってしまいかねない。そんな緊迫した空気か流れる中、突如轟音が鳴り響く。
先ほどレンギアがブラロスに殴り飛ばされて突き破った体育館正面入り口の上、その頑丈な壁を突き破って何かが流れ込んできたのだ。
緊迫した空気かが一気にほどけた代わりに、悲鳴が上がり、今度はパニックになりかねない空気が場を支配していく。
何かと訝しむ生徒たちとは違い、すぐさまその正体に気が付いたスレインズの一人が側へと駆け寄る。
焦っている様子からしてただ事ではない。
舞っていた土煙が収まり、スレインズだけではなく、生徒たちにもその正体が判明した。
先ほどまで体育館内にいて、ブラロスの側に常に控えていた男である。
顔色の悪い顔でいつも注意深く生徒に視線を配り、無力化させ続けていた人物であった。
ブラロスとともにスレインズを作り上げてきた影の実力者カネント、紛れもなく彼が吹き飛ばされて体育館に入ってきていた。
その実力を知るスレインズの面々は信じられない思いでこの光景を見ていたし、ある程度実力を評価していた生徒会長を始めとする生徒たちも驚きに支配された。
こんな実力者を倒したのが誰かという疑問が生じる。
外にいる誰かと考えてよさそうだが、名だたる生徒はほとんど体育館内にいた。
「騎士団だ!」
生徒の誰かが大声を上げた。
スレインズの大半のメンバーが外に駆り出されたこと、それにブラロス、カネントもただならぬ様子で外に出て言っている。
外で何かが起きているのは紛れもない事実である。
そしてカネントが体育館内にたたき戻されたことから、それをやったのが騎士団だと叫んだのは理に敵った思考だった。王都騎士団はエリート中のエリートが集まる最強集団として知れ渡っている。
スレインズに毎度の如く上手に転がされてはいたが、ぶつかり合えば王都騎士団の方が強いというのが一般的な見方である。
一人の生徒が騎士団の名前をあげたとたんに、それが事実かのように情報が広がる。
真実を知るレンギアが否定しようとするも、上がり続ける歓声に一人の声はあまりにむなしい。無と言っても過言ではなった。
悪くないことに、騎士団の名を聞いたスレインズの面々も怯え始めている点がある。
普段不敵な彼らも、カネントが横たわっているのを見て流石に肝を冷やしていた。
肝心のブラロスもまだ戻っていない。
ここは王都だ。最強の王都騎士団の影に今更に震え始めていた。
「よっこらしょっ」
歓声を上げる生徒、そして絶望に打ちひしがれていたスレインズ。
そんなこと構わず、ひっそりとカネントが自身の杖であるメイスを地面に突き立てて体を起き上がらせた。
頭頂部から顔に垂れてくる血を、ローブの裾で拭って何も無かったかのように壊れた扉へと向かう。
その姿を見て今度は生徒側が沈黙し、スレインズのメンバーに勢いが戻ってくる。
一喜一憂など虚しいだけなのだが、少しの変化で心身揺さぶられるほど全員が疲弊している。
650名の視線は自然と歩いていくカネントに集まる。
その視線の先をたどると、外で倒れている大量のスレインズのメンバーたち。
そして側には疲弊した様子のスカイとアエリッテが見える。
彼らの期待していた騎士団は当然いない。
そもそも彼らの為に騎士団は動いていないのだ。
「ビービー……魔法使い……」
誰かが落ち込んだ声色でスカイの蔑称を言った。
希望が絶望に変わる、そんな瞬間が生徒たちに訪れる。
それを見て、レンギアが真実を伝える時が来たことを悟る。
「彼が本当に君たちが言うような存在なのか、今ここで見てみるといい」
生徒会副会長の言葉にはそれなりの重みがあった。
しかし、それでもビービー魔法使いへの軽視はそれほど軽くはない。
湧いてきた戦意が沈みかける中、何名かの生徒が逆に一転して逆上する。
杖は持っていないが、魔法の詠唱に入る。
「ビービー魔法使い使いに任せるくらいなら俺がやってやる!」
次々と似たようなそんな声が上がる。
対応しようとしたスレインズのメンバーも魔法の詠唱に入るが、カネントがそれを止めた。
首を横に振るだけで意図を理解したスレインズのメンバー全員が詠唱を中止した。
およそ40名もの生徒が魔法を行使し、そのほとんどが上級魔法であった。
それらが多少の時間差はありながらも、次々とカネントめがけて飛んでいく。
スカイの神速を誇る魔力弾をいとも容易くさばく男である。
バラバラに意図を持たずに飛んでくる魔法の処理など目をつぶっていても可能である。
次々と当たりかけては、バリア魔法に防がれていく魔法たち。
そして悪いことに、バリア魔法に防がれた魔法たちは元の軌道を辿って詠唱者へと跳ね返っていく。
数秒をかけて詠唱した魔法が一瞬で返されて、相殺しきれるはずもなく大半の生徒が即座に初級魔法を行使して相殺を狙ったが、ほとんどが相殺しきれず学校襲撃以来最大のダメージを追うこととなった。
生徒を守るように動いたスルンとレンギアでも跳ね返ってくる魔法を全ては対処しきれず、被害者を出す結果となった。
下手な魔法ではカネントに通用しないどころか、このありさまである。
「やはりこうなりますよね」
今一度自分のバリア魔法の素晴らしい力を確認して、カネントはスカイの異常さを痛感する。
威力の低い魔法だと今のように、カネントのバリア魔法はカウンターを発動する。
しかし、スカイの魔力弾は最初の数発を逸らせただけで、その後はずっとカウンターが発動する形跡すらしていなかった。
バリア魔法への衝撃からその威力の凄まじさには気が付てはいたが、念のためにと一応バリア魔法が正常に働いているか確認したのだ。
結果としては、正常に機能していた。
しかし、スカイの魔力弾は跳ね返すに至っていない。
つまりは、スカイの魔力弾はバリア魔法が防御で手一杯になる威力ということ。
カネントは分析しながら、体育館外で待つスカイのもとへと向かった。
スカイと視線が合ったカネントは、まずは気持ちをぶつけてみた。
「痛いですね」
「痛いじゃ、普通は済まないんだけどな」
頭から垂れる血からしても、ダメージを追っていることは明白。
それでも武器強化、さらにはトリックメーカーの乗った状態の魔力弾を8発も受けて立てていることは通常あり得ないと言ってもよかった。
「バリア魔法、常に体にまとわせているんです。下準備が私のとりえですので。まあ、保険ですよ。いつ隕石が降ってくるかもわからない世の中ですから」
「隕石は降ってこないだろ……」
「隕石みたいな威力でしたよ」
スカイへの限りない賞賛を抱くカネントと同じく、スカイもカネントに最大限の好敵手としての敬意を抱いた。
スカイに残された時間はあまり多くない。
魔力消費量が多く、残されて魔力量が少ない。
武器強化もあと一分ほどで効果が切れる。
最大限に強い時間を無駄にする手はない。
二丁拳銃を再び構えるスカイであった。
武器強化とトリックメーカーの乗った魔力弾を、また先ほどのように受けてしまえば、同じような結果を迎える。
バリア魔法は壊され、余波と呼ぶには膨大過ぎる威力を誇る魔力弾が自身に命中する。
体育館内へと逆戻りであろう。
しかし、カネントは無策でスカイのもとに戻ったわけではなかった。
体にまとわせているバリア魔法も無限にあるわけではない。今でさえかなりのダメージが通っている。
これ以上はカネントも無事では済まないことを理解していた。
なので、当然勝機を持ってこの場に戻っている。
先ほどまでの戦いは、正直に言ってしまえば油断があった。
久しく合わない真の強者に、心構えが足りていなかったのだ。
そんな自分を戒めて、カネントは今度こそ全力をもってしてスカイを叩き潰すと決めている。
使い魔スククスが扱う最大にして最強のバリアと、彼の風魔法を使用して、スカイの馬鹿げた威力を持つ魔力弾を跳ね返す。
相手の魔法をそのまま使用者本人に返してやる。これこそがカネント本来の戦い方である。
スカイの魔法はどうやっているか全くわからないが、信じられないようなとんでもない威力を持つ。
それでもカネントは、わずかであるが自信が勝っていた。
これまでの戦闘経験値が言っている。きっと、跳ね返せると。
一向に何もしてこないカネントに、彼が戦闘スタイルを変えるつもりのないことを理解したスカイ。
防いでカウンターを狙うカネントの基本スタイル。
何か秘策があるのかもしれないが、そんなことは気にしていられない。
スカイと魔力総量の少なさは、今はまだ切っても切れない悪縁である。急ぐ必要がある。
「全力で行く」
スカイの髪の毛と、服が重力に逆らって少し浮かび上がる。
地面から風が吹き付けるかのように、辺りの気流を変えた。
魔力変換速度200%の発動。スカイもいよいよ本気へと突入する。
隠し玉を持っていたのは自分だけではなかったのを見て、カネントは何年かぶりに冷や汗を流した。
「まだ力を秘めていましたか。本当の化け物ですね……」
最終ラウンドが始まる。




