五十八話 天秤
オールインから受けた衝撃冷めやらぬままに、アエリッテの超マイペースにも翻弄されているスカイ。
そして今度は目的地であった体育館の扉を突き破って何かが飛び出してきた。
地面に転がるその物体は、生徒の服装を身にまとったスカイにも見覚えのある人だった。
生徒会副会長、レンギア・ケストがボロボロになりながら弾き出された土の上で立ち上がった。
顔の苦悶からして、かなりのダメージを受けている。
たった今突き破った扉から、今度は大柄なの男が出てくる。
両腕を回しながら、その顔はやけに楽しそうである。
立派な顎鬚と屈強な筋肉を纏いしその人物は、スレインズのボスであるブラロスその人であった。
「人数が減ってチャンスだと思ったか?いいぜ、この後来る本命のための肩慣らしとしようじゃねーか」
体育館の中で生徒たちを監禁していたスレインズだったが、内部への侵入者を確保するため先ほど人数を割いたばかりであった。
体育館内の見張りが減ったのを見届けたレンギアが、その隙をついて生徒解放を狙おうとしたのだが、不意打ちにも関わらずブラロスに一発で体育館外まで叩き出されていた。
たった一回の攻防ではあったが、明白化されてしまった圧倒的なまでの実力差。
既に勝負あったと言っても過言ではない。
しかし、不思議とレンギアの心は折れていなかった。
「立ち上がるところは評価しよう。まあ、殺しはしねーよ」
今度は首の筋肉をほぐしながら、ブラロスが一歩一歩レンギアに近づいていく。
レンギア自信勝ち目がないことを理解しているが、彼は生徒会長スルン・イストワールの志に賛同する者である。強き者は常に弱き者を守るべし。
その志が今の彼を支えていた。
「そっちの二人は後でだ。それにしても、どっちがオールインを使ったんだ?」
視線は配らせていないが、当然二人の存在には気が付いている。
おまけに、オールインの知識まで知っている魔法の猛者である。
レンギアをまずは倒して、その後に二人を、そして最後に本命のジェーン・アドラーと潰していくコースがブラロスの頭の中で段取りされていく。
「おっさん、あんたがスレインズのボスか?」
一直線にレンギアへと向かうブラロスに平坦な声で質問がなされた。
あまりの抑揚のなさに、ブラロスまで素直に優しく答えてしまう。
「そうだ。元王都騎士団長、そしてスレインズのボスはこの俺様よ」
何が彼の気分を良くさせたのか、答えた後に低くぐははと笑い出す。
相変わらずその足は止めようとしない。
しかし、もうそれ以上歩くことを許さない男がいる。
目の前の男がスレインズのボスであり、それが一人でのこのこ出てきたのなら、やるべきことはただ一つである。
両手に拳銃型の杖を構えたスカイは、問答無用に魔力弾を放つ。
放ち続ける。
その全ての弾がスカイの魔力操作によって華麗に軌道を変えながらも、全部がブラロスをめがけて飛んでいく。
正面から、横から、下から、上から、さらには地面の中に潜り込ませたものまで、1秒間で20発を撃ち込んだスカイの魔力弾を交わす手立てなど、構えて待っていたとしても無理だっただろう。
悠長に笑い続けているブラロスに、無情にも魔力弾が全弾ヒットした。
常人なら息絶えてもおかしくないほどのダメージ量になってしまう。
笑い声こそ止まったが、舞い上がる土煙によってブラロスの様子が見えない。
しかし、すぐさま全員が理解することになる。ブラロスという男の異常性を。
傍から見ても無事には済まないだろうと思われた攻撃だったが、土煙が消えた場所にはしっかりとブラロスが仁王立ちしていた。
多少衣服が傷んではいるが、その本人の顔には生気がみなぎっていた。
「目の前の坊ちゃんは強いと聞いていたが、どうやらそうでもないらしい。それとそこの貴族のお嬢ちゃんはオールイン使いか。そして俺に久々に痛みを感じさせてくれたのが、杖を構えている小僧ね……」
一人でぶつぶつと呟いていたブラロスだったが、興味の対象が変わったのか、その体の向きを変える。
もちろんその体はスカイとアエリッテの方に向けられていた。
興味の対象はオールイン使いのアエリッテではなく、隣で杖を構えるスカイである。
「今の攻撃、先日レース家のカジノ襲撃阻止の際に使ったものか?」
レンギアもアエリッテにも良くわからない話だったが、スカイはもちろん理解している。
そして今の一手目でそれを見破ったブラロスの戦闘経験値の高さはやはり圧巻である。
質問に答えないスカイ。
しかし、ブラロスも返答など期待はしていなかった。
それよりも、スカイが本当にカネントが怪物と評しただけの価値があるのかどうかを判断したかった。
「小僧、本気でやろうぜ」
「そんなことはどうでもいい」
ただ戦いたい、破壊衝動をぶつけたいだけのブラロスとは違ってスカイには生徒解放という任務を背負っている。
レメに託された生徒会長の無事もまだ確認できていない。
「お前がどうでもよくても、こちらはそうではない。久々に面白そうなのを見つけたんだからな。大した実力じゃなかったら許さないぜ!」
ブラロスがその眠れる大量の魔力量を呼び起こす。
そして魔域が現れ、彼の使い魔が飛び出す。
魔獣族グリズリーキング、灰色の太い体毛と、3メートルはある高さ。獰猛な口元には大量の涎が流れている。
完全に物理干渉型の使い魔であるが、物理干渉型の使い魔はドラゴン族に軍配が上がる。
見た目ほど恐ろしい使い魔ではないが、スカイも当然ブラロスに次いで使い魔を呼び出す。
魔域からひょこっと顔を現して、いやいや全身も出したピエロだった。
いつものような狂ったテンションがそこにはなかった。
「明らかにやばそうなところに呼ぶんじゃねーよ!」
主人であるスカイには強気である。
ピエロは結構内弁慶なやつだ。
「物理干渉しないんだから、別にいいだろ」
目の前のブラロスに集中したいのに、使い魔から余計なことを言われて若干の苛立ちを感じる。
「そういう問題じゃねーんだよ!こえーんだよ!使い魔も!使い手も!」
ブラロスの巨体と、そしてグリズリーキングの巨体は確かに人を震え上がらせるだけのことはある。
しかし、使い魔に限って言えばスカイが以前戦って来たドラゴン族たちのほうが幾分か強いはずである。
特にバランがの使うウォータードラゴンはその中でもかなりの上位種に当たる。
なのに、ブラロスのグリズリーキングには不思議とそれらに負けない迫力があった。
「そいつがお前の相棒か。俺の相棒はこいつだ」
ブラロスが力強くグリズリーキングの頭を撫でる。
グリズリーキングも嬉しそうに体を動かすが、それはあたかも暴れているかのように激しい。
ブラロスでなければ到底扱えないような怪力を持っている。
「使い魔ってのは使い手とともに成長するものだ。こいつは最初こそドラゴン族なんてのに負けてはいたが、今じゃこいつの一吠えでドラゴン族が震えあがるほどだ」
スカイが感じていた迫力は幻影ではなかった。
ブラロスの使い魔カムイは戦い抜いた末にかなりの成長をしており、そして使い手の強さにも影響されてかなり力を増している。
嘘偽りなく、そこらのドラゴン族じゃ相対する前に負けを認めてしまうこともある。
「発展途上かもしれんが、まあそこは知らん。とりあえず俺の全力で壊れるんじゃねーぜ!」
ブラロスが踏み込んだ。
当然スカイも構える。
しかし、二人がぶつかろうというときに、間に結界が一枚出来上がる。
魔法が放たれた方を二人とも見た。
壊された扉から出てきたのは、元王都騎士団副団長にして、ブラロスの側近であるカネントであった。
「邪魔をするな、カネント!」
楽しみを奪われてしまったブラロスが吠える。
しかし、当然カネント側にも事情があってのことだ。
「そうはいきません。結界が破られました。王都騎士団が駆け込んできますよ」
どんな事情があっても戦いを止めようというつもりのなかったブラロスではあったが、流石に状況を整理する。
体育館の中にはすでにスレインズのメンバーが少ない。
大半をスカイとアエリッテに制圧されてしまっていた。
駆け込んでくる騎士団の精鋭たち。その先頭には戦闘狂と呼ばれるアドラー家の宝刀、ジェーンがいる。
目の前には高等魔法学院の有望な生徒が三人。そのうち二人はおおよその実力が割れている。スカイの実力はまだ不透明。
状況はスレインズにとって最悪だが、逃げることを放棄するというのは先ほどカネントと決めている。
ならば、どちらが戦って面白いかという視点になってくる。
ブラロスはスカイと、ジェーン・アドラー、二人を天秤にかけた。
二人とも迎え撃ってもいいが、騎士団の連中がそううまくはやらせないことはわかりきっている。
どちらかに絞った方が、思いっきりぶつかれると判断したのだ。
「ここは任せた」
「ええ、任されました。お早いお戻りを期待しています」
「俺としては存分に暴れたいから、時間がかかった方が楽しい」
「ジェーン・アドラーを仕留めたら流石に逃げますよ。相手はいくらでも増援を送れますからね」
「相分かった!」
使い魔のカムイにまたがり、ブラロスが駆け出す。
追撃を試みようとしたスカイだが、やはり生徒の解放が先かと思い直して魔力弾の発射をためらった。
それに打ったところで、対角線上に張られた結界が邪魔である。
更に言えば、ブラロスは去ったが、側近のであるカネントの視線は思い切りスカイを捕えていた。
「あなたのお相手は私が致しましょう。よければお友達もご一緒に」
眼鏡を直しながらそんな提案をする。
せっかくの提案だ。それにここには実力者が3人もそろっている。
飲まない手はないだろう。
「スカイ、ここは共闘しよう!」
傷む腹を抑えながら、レンギアが提案した。
しかし、首を横に振るスカイ。
「どうしてだい?」
「副会長は人質の解放を。騎士団は総攻撃の命令を受けている。ブラロスとの戦いの飛び火がこちらに来ないとも限らない」
「生徒の身は配慮してもらえないと?」
当然疑問に思う部分だが、スカイは強く頷いて肯定した。
「そうか。異常な事態だけど、了解した。中の制圧は僕とスルンが。残ったメンバーだけならいけるだろう。君はあのやばそうな相手に大丈夫なの?」
「まあ、なんとかなるでしょ」
自慢の杖を構えて、スカイは不敵に笑う。
初めて訪れる本物の強敵との対戦に、武者震いがしていた。
「私は魔力が尽きてるから手伝えないわ!!」
離れた安全なところで鼻高々に言ってのけるアエリッテだった。




