五十七話 馬鹿と天才は紙一重
いよいよその秘めた力を発揮したアエリッテの変わりように、辺りを包囲していたスレインズのメンバーが警戒を強める。
「ただの一生徒と思うな!」
既にカネントから再三念を押されている彼らだが、改めて目の前の少女の様子から大げさな注意喚起ではなかったと理解する。
異様な雰囲気を纏うアエリッテは時間を無駄にはしない。
なぜならば彼女には27秒しか与えられていないからである。
それがオールインの制約であり、対価として計り知れない力を彼女に一時的に与えている。
火の性質、上級魔法炎拳。
彼女の詠唱とともに両手が燃え盛るような炎に包まれる。
あれに殴られれば速攻で戦闘不能となる魔法使いも多いだろう。
魔法自体は珍しくそして強力でも、詳しいものならばその魔法を知っているし、見たこともある。
しかし、アエリッテのこの魔法の行使で全員が驚愕させられる。
それはスレインズのメンバーだけではなく、少し離れた場所から異様な姿のアエリッテを見ていたスカイもである。
何に驚いたか、それは彼女の詠唱スピードだ。
スカイが今計測したタイム、計測不能。
つまり0秒で魔法が完成してしまっていた。
相手が何の魔法を詠唱をしているか完璧に見破れるスカイが見落とすはずもない。
間違いなく詠唱時間はかかっていなかった。
彼女がこうなる前に唱えたこと、そして今現在の様子からして、“オールイン”というのが関係するとみて間違いない。
全員が驚いたこと、何よりスカイも驚いたことに大変な満足を示して、アエリッテはいよいよ更なる真価を発揮する。
火の性質、上級魔法ファイヤアロー。
火の性質、上級魔法オーガフレイム。
火の性質、上級魔法フレア。
火の性質、上級魔法メイクサン。
火の性質、上級魔法スーパーノヴァ。
火の性質、上級魔法CO。
火の性質……。
次々と詠唱が始まり、ゼロタイムで完成していく魔法たち。
全てが火の性質魔法であり、彼女の周りに魔法が次々と完成しいてく。
圧倒的な光景に、ただ唖然として見守るしかないスレインズの面々。
そして、彼女がとうとう火の性質魔法100種全てを完成させた。
中心にいる彼女を取り囲む大小さまざまな魔法が、火の性質を忠実に再現しており熱く熱く燃え滾る。
アエリッテは一度目を閉じ、それに合わせるかのようにあたりも静かになる。
背中でクルクルと高速回転をしている彼女の青銅の鏡がぴたりと回転を止めた。
その時、彼女の目も開き、静止していたすべての魔法が一斉に飛んでいく。
基本的に上級魔法などの広範囲魔法は完成前に対処するのが一般的である。
それをゼロタイムで完成させられては手の打ちようもない。
すなわち、驚かされて身動きできなかったこともあるが、スレインズの面々は成すすべなく100種の火の魔法に蹂躙しつくされるだけである。
威力が高く優秀とされる性質なだけあり、なんとか相殺を狙おうと思った魔法使いも全員が結局は同じ結果をたどる。
全滅である。
アエリッテが言っていた通り、27秒後に彼女は元の状態に戻り、地に足を戻す。
重力に少しばかり逆らっていた服も髪の毛も元通りに戻っている。
少し疲れたのか、肩を落とす。
それでも彼女は振り返って、ニヤリとスカイに笑いかけた。
どうだ?と言わんばかりのしたり顔だ。
惨劇を見届けて、アエリッテから視線を送られたスカイは彼女へと近づいていく。
正直驚かされたという点では認めざるを得なかった。
スカイの魔力弾でさえ、0.1秒かかる。
それを彼女は27秒間限定とはいえ、ゼロタイムで火の性質魔法全てを行使することができている。
天才と自称するだけのことはあった。
「凄いな」
スカイの最初の言葉は素直な賞賛であった。
「どうも」
笑顔でアエリッテは賞賛を受け入れた。
「どうやったんだ?オールインと叫んでいたけど」
「ええ、それがきっかけよ。天才に与えられた特権魔法ってやつかしら?」
どこまでも得意げな感じである。
普通なら嫌がられそうな感じの態度だが、生まれ持った気品さがあるせいか、アエリッテのそれはあまり嫌味な感じは出ていない。
700種の魔法にそんなものはないので、おそらく禁断魔法の類だとスカイは理解する。
しかし、タルトンがスカイに無色の七魔を授けた際に渡した指輪のようなものをつけていない。
そういえば、フルミンが禁断魔法を使う際にもそんなものは身に着けていなかったことを思い出す。
改めて魔法の世界はまだまだ奥が深いことを思い知らされるスカイであった。
「特権魔法っていうからには、何か難しい条件でもあるのか?」
普通は委縮してしまう場面でも、スカイはその溢れる魔法への知識欲を前面に発揮してアエリッテに尋ねた。
もはや一時的に人質たちのことを忘れているほどの熱中具合だ。
「難しいっていうより、生まれ持ったものね。私がすべての火の性質魔法を覚えきって、そして魔力総量25000を超えた時だったかしら。ふと、こんなことができる気がしたのよ。不思議よね」
たしかフルミンも似たようなことを言っていた気がするのをスカイは思い出す。
タルトンとスカイが自力で身に着けたのと違い、彼女らは気が付いたら使えていたというパターンだ。それにスカイの使う魔力変換速度200%も似たようなきっかけである。
理論では説明できないが、スカイもあるときから急にできるようになったのだ。
その違いがどこにあるのかはまだ判明しない。
今わかることは、彼女の言葉が真実だとすると、オールインという素晴らしい魔法技術はスカイとは永遠に関わり合いのないことだということだけだ。
アエリッテの魔力総量が28000もあるのに対して、スカイの魔力総量はたったの999である。25000という大台ははるか先にある数値だ。
しかし、こんなものがあるのなら魔力総量信仰論もあながち間違いではなくなる。もちろん自身の性質魔法100種のコンプリートと魔力総量25000という高すぎるハードルはあるわけだが……。
スカイに魔力変換速度の知識を教えてくれたアンスはこんな知識は言っていなかった。
もっと質問をぶつけてみたいと思ったスカイだが、この場には師匠のアンスはいない。
そして、王都にいるはずなのに、いまだに会えてはいなかったのだ。
わからないのなら自分で探るしかないと開き直ったスカイは、目の前の天才に聞いてみることにした。
「オールインはなぜ27秒なんだ?」
とりあえず、気になった点から少しずつ潰していく。
「私の魔力総量が残り27000くらいだったからよ。1秒1000と考えていいわね」
それだとスカイは一秒もオールインを保てないことになってしまう。
やはり悲しすぎる魔力総量である。
「さっき炎拳を使っていたから1000近く消費していたわけか。ぐっと疲れたと見えたのは気のせいか?」
「いいえ、いい観察よ。実際今立っているのがきついくらい疲労しているわ。だってオールインは全魔力を持っていかれるもの」
「そうなのか」
リスクのない力なら恐ろしすぎるが、それでも大したリスクではないと言えるだろう。
全快でありば28秒の間、彼女は上級魔法もすべてゼロタイムで打ててしまう。
そんな状態を28秒も耐えられる魔法使いなんて普通はいない。
最強の28秒間とさえ言えてしまう。
その後に例え起き上がれないほど疲労したとしても、彼女の前に立つものはいないのだ。
ダンジョンに入る場合などは厄介になるが、それでもパーティーを組めば彼女の力をボスまで温存できれば一気に大きな戦力となりえる。
ひとしきり感心したスカイだが、ここで一つ思い出した。
一番大事な要件だ。
まだスレインズとの戦いは終わっていないということを。
「ちょっと待て!お前全魔力がないのか?」
「そう言ってるじゃない」
「この後にまだ本丸が残っているんだぞ。元騎士団長とかってのがいるらしいし!」
「えー!?でも使ったんだから仕方ないじゃない!」
責めるスカイだが、責められる筋合いはないと言い返すアエリッテ。
なんとかいろいろ手を考えるスカイだが、いいものが思い当たらない。
魔力を微量回復させる飴玉は持っている。
しかしそれは一つで100程度を回復させるもので、魔力総量の少ないスカイにとっては大きな影響を与えるが、圧倒的な魔力総量28000を前提に戦うアエリッテにとってはただの飴玉と大差ない。
口を出したときは厄介だったが、出すだけあって立派な戦力になりえるはずの彼女だった。
しかし、本人が考えなしなことをスカイは当然しるよしもなく、今になってこの天才を恨み始めている。
一度深呼吸をして、もうあきらめようとスカイは決めた。
もともと一人で戦うつもりでいた。なんの問題もないのだ。
それを思い返す。
ブラロスもカネントも、どれほどの力があるか知らないが、今一度スカイ自信の手で仕留めるとを覚悟する。
「あ、私のニジーがなんとかしてくれるかも」
「ニジー?」
疑問符を唱えたスカイではあったが、すぐに何か理解する。
そういえば彼女は今の戦闘中、使い魔を読んでいない。
彼女の使い魔が、魔力量を何とかするタイプの使い魔なら、今の問題解決につながる。
消えかけていた希望が、再度よみがえろうとしていた。
「もしかして魔力量を回復してくれるのか?」
「うーん、はっきりしないわ。私って魔力総量史上最高の天才だから、使い魔にあまり戦闘力を求めていないのよ」
「む」
魔力総量を自慢されると少しむっとするスカイである。
コンプレックスなので仕方ない。
「だから使い勝手がいい使い魔にしたの。私の使い魔は魔人族、名前はニジー。一日一回願いを叶えてくれるのだけど、なんでもってわけじゃない。彼の裁量次第でダメってなる時もあるけど、魔力回復くらいならやってくれそうね」
凄く現実的な話なので、スカイは思いっきり期待した。
そんな手が早くあるのなら、落ち込んでいた時間が勿体ない。
やるならとっととやってくれと彼女を見る。
アエリッテは使い魔のニジーを呼び出す。
上腕の発達したひげ面、それに青い皮膚を持ったおっさんが出てくる。
魔人だと言っていたが、肌の色以外は筋肉のついたおっさんだ。
サイズこそピエロたち同様小さく、フワフワと浮いているが結構な存在感を放っている。
奇術師ピエロと同じく、こいつも可愛くないなとスカイは思っていた。
スカイのお気に入りはレメの使い魔、ピノである。
あのフワフワした羽毛を持ち、鶏のようなのほほんとした顔がスカイのツボなのだ。
「お呼びですかな?マッシュ」
「ええ、ニジー、私の魔力量を回復して頂戴。このくらいできるんじゃないの?」
「もちろん可能ですよ。マッシュ」
可能と言っておきながら、何もしようとしないニジー。
「早くやって頂戴」
「可能ですがね、マッシュ。けれど、先ほどお肉にあうスパイスを出してあげましたよね?マッシュ」
「ああ、そうだったわ。あれ美味しかったわー」
食料保管庫で盗み食いをしていたときのことを思い出す。
「じゃあ今日はおしまいですね、マッシュ」
「そうね。また明日よろしくね、ニジー」
「マッシュ」
そう言ってニジーは魔域へと帰っていった。
スカイの方を向いて、アエリッテは帰っていったニジーを指して言う。
「そういうことね」
「どういうことだ!?」
理解しているはずなのに、理解の追い付かないスカイの頭。
お味はいかがでしたか?最後に出てきたのは、そんな疑問だった。




