五十六話 オールイン
順調にスレインズを各個撃破していったスカイ。
それをすべて後ろで見守っていたアエリッテ・タンガロイ。
スカイはもともと彼女を戦力の当てにはしていないので、何かやるように催促などしない。
むしろ今のまま静かについてきてくれるうちがいいと思ってさえいた。
黙っていてくれるうちは何か考えがあるのだろうし、注文をつけられることもないので一人でいるのとほとんど同じだ。
「やるわね」
だから声をかけてきたのは悪い兆候だ。
「そろそろ私も手を出していいかしら」
ほら、とスカイは予想が当たったのを感じた。
5組、10人ほど制圧した後にいよいよアエリッテも動こうと決めていた。
もっとスカイの引き出しを見ておきたかった彼女だが、魔力弾以外の魔法を一向に使おうとしないので、いよいよその腰を上げたのだ。
少し嫌そうな顔をしているスカイだが、周りには癖の強い女性ばかりいるせいか少し耐性ができてしまい、あまり口答えしない性格になりつつある。
特に言葉を発することはなく、アエリッテに先に行かせた。
今度はスカイが後ろに控える番だ。
一定の位置を保って着いて行く。ここからなら最悪サポートもできる。
彼女がどれだけやれるかわからないが、守ってやれることは可能だと確信していた。
しかし、肝心な問題はそこじゃない。
スカイにとっては、スレインズの中核に存在を気が付かれるのが嫌だった。
纏まって攻撃してくるならいいが、人質を盾にされてしまうと一気に厄介になる。
すでに10人も倒しており、流石に異変は相手も感じているだろうが、それでも具体的な策を立ててくる前にまだ孤立しているメンバーを減らせると踏んでいたのだ。
しかし、どのみち減らてもあと数人かと自分を納得させる。
10人処理できたのを良しとしようと前向きに考えて、ここからはアエリッテに素直に任せてみたのだ。
何より魔力総量の少ないスカイにとっては、1でも魔力量を節約できるのはありがたい面でもある。
アエリッテの後ろにいて感じたことは、やはり彼女がただの貴族の令嬢ではないということ。
その静かでしなやかな歩き方、周囲への警戒、そして何よりリラックスした姿勢がその強さを現わしている。
ひくひくと鼻を動かしている理由はスカイには見当がついていない。
臭いをかぎ分けているわけではないだろうとは思っていた。まさか犬でもあるまいし、嗅覚で相手を見つけるのは普通に考えて無理だ。
「私、鼻がいいのよね」
「そうなのか」
「その曲がり角、距離からして15秒後に二人曲がってくるわね」
そのまさかであった。
彼女はひくひくと臭いを嗅いで相手の位置を探っていたのだ。
ちょうど廊下の曲がり角で立ち止まり、物音を消す。
集中しだしたアエリッテは、先ほどまでよりもひと際美しさを増していた。後ろからわずかに横顔を見ていたスカイには、そう思えたのだ。
魔法の詠唱に入る。
火の性質、上級魔法炎拳、消費魔力量900。一般的な威力の指標、一発1800。詠唱時間6秒。
もちろん詠唱から完了まですべて見ていたスカイは、その時間を正確に測る。
実際の詠唱時間、7.59秒。魔力変換速度79%。
正直、スカイはこの瞬間彼女への興味を半分ほど失っていた。
魔力総量が凄く、使える魔法の種類が多い。ただそれだけの存在。
更には、もしも魔法の使用を分散していた場合、練度の問題が出てくる。
どれだけ沢山使えたとしても使いこなせていても、所詮は魔力変換速度79%である。
曲がり角にスレインズのメンバーが二人見たのは、本当にきっかり15秒後であった。
相手が二人驚いてぎょっとしているのとは違い、足音も聞こえていたアエリッテとスカイは既に攻撃態勢に入っている。
スカイは拳銃型の杖を離れた位置から構えており、一方で敵の目の前に立つアエリッテの両拳は燃え盛る赤い炎に包まれていた。
相手が反応できない速さで、アエリッテが左の炎拳で一人、右の炎拳でもう一人を叩きのめした。
当たりさえすれば、上級魔法の中でも高い威力を誇る炎拳だ。
準備のできていない相手には致命傷となりえる。
実際、スカイが先ほどまで倒した連中より、吹き飛ばされた二人の息は弱かった。
「どうかしら?」
「凄いな」
あくまで一般的にはである。
炎拳を習得できる魔法使いが世の中にどれだけいることか。
できても魔力消費量が900もある。一回使えたとしても、その後が続かないのでは意味がない。
それに見たところ、彼女の場合練度もかなり高い。
考えてみれば、アエリッテは魔力総量が史上最高値を誇っているのだ。
それだけ一般人と比べて魔法の使用回数を多く行使できる。つまり練度が高くなりやすいという当たり前の理屈だ。
それでも魔力変換速度が79%である。レメは80%。
二人とも一般的に言ってかなり優秀な数値を誇ってはいるが、それでも目の前に魔力変換速度100%のラグナシがいては霞んでしまう。
「そんなに私の機嫌を取らなくても結構よ」
「そうなのか?」
「やっぱりそうなのね」
「うっ」
思わず本音の疑問を口にしてしまい、まずいとスカイは思った。
レメに出会って以来社会性を彼女のパンチによって叩き込まれている最中である。
相手に嫌な思いをさせない、態度言葉に気をつける等、スカイも徐々にだが身に付き始めている。
さきほど自然にアエリッテを褒めたのもその成果である。
しかし的確にそれが本当の気持ちではないと見抜かれた。
「あなたは私の魔法を見てこう思ったのではないかしら?」
アエリッテは楽しそうに、スカイをみつめながら続ける。
「私が詠唱している7秒弱もの時間、もしも戦うことになればその間にあなたの杖から放たれる中威力程度の魔法。それを一体何発叩き込めるのかと。そう考えたから、私が凄くないと思ったではないの?」
ずばりそういうことなので、スカイはコクリとうなづいた。
師匠のアンスから魔力変換速度の知識を得て以来、魔法詠唱のラグは命取りだということをスカイは理解している。
7.5秒もあれば、スカイが本気を出した場合300発も魔力弾を打ててしまう。
当然だが、まともな勝負にすらなりえない。
「そうよね。その通りだわ。けれどそう思っているのなら、あなたにはまだ知らない魔法の世界がありそうね」
これはスカイ自信が痛感していることでもあった。
幼少期に師匠のアンスから世界を変えるような知識を授かり、学園で知り合ったフルミンやタルトンからも未知の魔法を授かった。
まだまだこの先に知らないことがあってもおかしくはないということは常々感じている。
それだから常に勉強を怠らなかったのだが、アエリッテには更なる知識があるようだった。
新しい知識を得られるのは何よリも幸運だとスカイは思っている。
その新しい世界を彼女が開いてくれるのなら、出会ったかいがあるというものだ。
盗み食いを見つけたのも不思議な縁だと思えてくる。
「見せてはくれるのか?俺の知らない魔法の世界というやつを」
「ええ、真の天才にしか知りえない世界をお見せするわ」
楽しそうに歩き出すアエリッテ。
彼女が向かうのはもちろん体育館である。
鼻をひくひくとさせ続けながら、彼女は歩みを止めない。
驚異的な嗅覚は先ほど判明したばかりなので、その信頼性は高い。
警戒なく進むのでスレインズはいないとみていい。
そして、体育館がいよいよ見えてきたというところで、アエリッテは立ち止まった。
校舎と体育館をつなぐ一本の通路である。
通路には屋根こそあるが、ほとんど外だ。グランドもここからなら見える。
「ここなら暴れても校舎に影響がなさそうね」
少し準備運動をしていく。
先ほど倒した二人じゃ、準備運動にすらならなかったらしい。
「私たちが暗躍してたのはばれていたらしいわね。あと10秒で体育館の扉が開き、何か作戦でも立てただろうスレインズのメンバーが出てくるわ。団体客よ、50人はいそうね」
彼女が言うならそうなのだろうとスカイも信じた。
最後の最後にスレインズのメンバーが全く見張りにいなかったのは、本陣である体育館に一度戻ったからであった。
おそらくカエントあたりから新しい指令を受けている。
それが一気に出てこようとしているのだ。
杖を構えるスカイ。
50人が一斉に出てくるなら、ちょうどいい。一斉に制圧するチャンスでもあるからだ。
しかし、アエリッテがそれを制した。
「私が暴れるって言ってるでしょう?」
「実力者50人だぞ。逃げられたら体育館に戻られてしまう」
「27秒以内に終わらせるわ」
どこまでも自身満々に言い切る。
27秒が具体的に何を指しているのかはわからない。
そんな長い時間の魔法詠唱なんてない。
もしかしたら、未知の禁断魔法なのかと予測を立てるスカイだった。
杖は一旦放すが、それでもアエリッテがもしもしくじった時の為に心の準備はしておく。
50人を一気に制圧できれば、人質解放の時にもだいぶ楽になる。
絶対に失ってはならない機会だ。
アエリッテが先ほど言ってのけた通り、10秒後に体育館の扉が開き、そこから先頭の一人を皮切りにわらわらと人が出てくる。
黒い統一感のある衣服から当然スレインズのメンバーだとわかる。
話題の潜入者がやってきたことを理解した彼らは、二人を包囲するように動き始める。
「あなたは離れてなさい」
その方がスカイも戦いやすいので、飛び下がって包囲から逃れる。
何人かはスカイに釣られてついて行こうとするものの、アエリッテの放つ魔力の衝撃波に全員が視線を向けることとなる。
ドクンと音がして、一気に衝撃波が走り抜けた。
「スカイ、よく見てなさい。これが真の天才に与えられた力よ。オールイン!!」
一段階目の衝撃波の後、彼女が言葉が続き、そして二段階目の衝撃波がやって来た。
今度は爆音も伴い、包囲していたスレインズのメンバーたちが転げるくらい凄い衝撃波が走る。
離れた位置にいたスカイでさえ、腕で顔を覆って対処したほどの風圧が一瞬押し寄せてきた。
顔を追っている腕をどけたスカイは、目の前の高エネルギーを放つ存在を目の当たりにする。
アエリッテの背中にある青銅の鏡が赤く燃えながら高速で回転している。
オールインと叫んだその本人は、宙から足を少し浮かせていて、下から風を浴びるように服も髪も少し逆立っていた。
放たれる魔力での威圧が凄い。
スカイは少し魔力変換速度200%に近いなとも思っていた。
そして、いよいよ真の天才の力が発揮されようとしている。




