五十五話 ブラロスの真実
真っ先に事態の異変に気が付いたのは、結界魔法を行使したカネント本人であった。
もともと少し顔色の悪い彼が、顔を歪めたところで変化に気が付くものは少ない。
しかし、長年の相棒であるブラロスだけはその敏感な変化に気が付いていた。
「どうした?」
「いえ、騎士団が結界に攻撃をしてきました。あまりに早すぎる展開だと思いましてね」
彼には結界の細かいところまで把握することはできないが、それでも突破を試みて一斉攻撃されれば変化に気が付くくらいは感じ取れる。
カネントが感じた通り、すぐさま見張りが走って戻り、騎士団の総攻撃を報告した。
「こっちの要求をのまないどころか、人質すらどうとでもいいと言う訳か」
「予想外ですね。それどころか、ありえないと言ってもいいかもしれない」
二人の視線は、自然と縄で両手を拘束しているソフィア・ナッシャーへと向かう。
体育館に全校生徒を捕えているが、その中でもやはり彼女の存在感は一番際立っている。
ブラロスとカネントが戸惑うのも無理はない。
ここには大公の娘スルン・イストワールばかりか、王家の人間でさえ押さえているのだから。
スレインズが高等魔法学院に侵入した際に、まず抑えたのがこの二人である。
ソフィア・ナッシャーはカネントが、そしてブラロスがスルン・イストワールに。
他の生徒も巻き込んだ作戦だったため、二人とも戦闘を行うことなく人質にとることができていた。
ソフィアは、平民の生徒が抑え込まれてナイフを向けらえた姿を見て、反抗の意思を消した。
実に王家らしい潔さと、民を思っての行動であった。
こちらが先に済んだのも吉と出た。
ブラロスはもちろん力をもってしてスルン・イストワールと側にいるレンギア・ケストを捕えるつもりでいたが、先にソフィア・ナッシャー確保の報告がもたらされる。
スルンもレンギアも押し入ってきた賊に真っ向から反抗するつもりでいたが、ソフィア・ナッシャー拘束の報を聞いてその杖を手放しのだ。
スレインズとしては上手く事が運べたが、ブラロスはこの学校にいるかもしれない怪物が二人のどちらかと踏んでいたので少し残念がった。出きれば戦いたかったのが、彼の本心である。
第六王女と生徒会長の降伏が学園中に知らされて、次々と白旗を振る生徒たちがあふれた。
最後まで抵抗する何人かは実力をもってして制圧されている。
怪我をしたのは、最初の襲撃を受けた数人と、最後まで抵抗した数人くらいである。
大半は体力も気力も十分な生徒たちは、ここが王都だということもあり、騎士団がすぐに駆け付けてくれることを理解している。
あっけなく占拠された割には、その雰囲気はまだ明るいままなのだ。
しかし、彼らは当然知らない。
王命により見捨てられ、今現在騎士団が総攻撃に打って出ていることなど。
ソフィアはブラロスたちから向けられた視線に敏感に気が付いた。
側に置かれた彼女は縛られたまま強気に言い放つ。
「何やらよからぬことが起きたみたいね」
事実そうなのだが、ブラロスはその低く響く声で負けずと言い返した。
「ああ、お互いにな」
もともとスレインズは極悪非道な組織ではない。
今回も高等魔法学院を狙いはしたものの、その目的はあくまで金だ。
スレインズの活動資金を得るためにやっている。
生徒に必要以上の危害を加えるつもりはなかった。
しかし、騎士団が総攻撃に出たとなると、彼らも身を守るために戦わなければならない。
金は搾り取れなくても、生きて帰る必要はある。
最悪生徒たち盾にしてもだ。
現状を知ればそう判断するメンバーが大多数を占めるだろう。
災難が降りかかるのはスレインズだけでなく、生徒たちもだということを、ブラロスは今の言葉に込めていた。
「……先日得たよくわからない古い書類がまずかったですかね」
カネントは骨董品を集める貴族家の襲撃から得たある紙を思い返していた。
明らかに王家に関係する内容だったが、理解の及ばないものだったため特に気にはしていなかった。
真実を言うと、カネントの直感通りその古い王家に関する資料が王家を震え上がらせ、そして今の結果に至る。
盗みに入られた貴族家が被害届を出してようやく判明したその資料のありか。
それは現王家を震え上がらせるのには十分な内容だった。彼らがどうやって捜しても見つけられなかったものを、スレインズがたまたまに手に入れてしまっていたのだ。
「あれか。確かによくわからなかったが、王家の奴らには知られたくない内容なんだろうな」
「そう見た方がよさそうですね。あれが王家にとって大事となると、別の金策ができますが、どうします?」
この場合のどうします?とは当然この作戦を放棄して逃げるかどうかの提案だ。
秘密文書をスレインズが握っているとなれば、こんな危ない状況下でなくても王家から金をゆすることができる。
冷静なカネントなら間違いなくそちらの道を選ぶが、ボスはブラロスだ。カネントはいつだってブラロスの意見を尊重する。
大抵、そちらの方が面白いことになるからである。
「カネント、俺たちが騎士団を止めてスレインズを作った目的はなんだ」
今更に初志を問われたカネントは、少し戸惑う。一刻を争うこんな時に、何を悠長なことを言っていると思ったが、やはり素直に従う。
「打倒王家。我らがナッシャー家にとってかわって、この国を掌握すること」
その口から放たれる現実離れした大望。
そばで聞いていたソフィアが思わず鼻で笑った。
それを聞いたブラロスは不機嫌になることもなく、彼女に話しかける。
「お嬢さんほど恵まれた育ちなら知らないだろうが、このナッシャー王国は領地を広げて反映し続ける一方で、影が差す場所は年々その色が濃くなっている。ただ貧しいだけならいいが、そんなレベルじゃない。ひどいところはその日の飯にもありつけないし、お嬢さんが想像もできないようなえぐいことが毎日のように起きている。俺とカネントはそういうとこの出身だからよく知っているのさ」
低い声から淡々と出てくる言葉たち。
同情できるような話だが、ソフィアにはそんなつもりは一切ない。
「それで王家打倒ね。可哀そうだと抱きしめてあげればいいわけ?どんな国にもそういった点はあるわ。幼稚な考えね。それに、一国の体制ががそんなに簡単にひっくり返ると思って?」
「まあ、お嬢さんが正しいんだろうよ。しかしな、俺は別にそこまで真剣に考えてはいないんだ」
「は?」
いつも皆の前では明るく振る舞う可憐なソフィアが思わず顔を歪める。これはライバルだと思っているスカイの前でしか見せない黒い方の顔だ。
「実はな、俺にはどうしようもない破壊衝動がある。何かぶっ壊したくて、何か強いものとぶつかりたくて仕方ないんだ。騎士団なんてところにいたんじゃ、なかなかそんなことはできない。じゃあ、何となら思いっきりぶつかれるか。そりゃ、相手が国なら一番強くぶつかれるだろうな、って思った。だから騎士団を抜けてスレインズを作った。さっきカネントが言ったのは適当に作った建前だ。俺は、ただ暴れたいだけだ。本当のところはな」
相変わらずの淡々とした口調だったが、ソフィアは話している内容を嘘とは思わなかった。
その目を見て、むしろどこまでも真面目だとさえ思う。
彼の中に化け物染みたものを感じて、襲撃された時から一切感じていなかった恐怖を、今更ながらに感じ出していた。
「どうせそんなことだろうと思ってました」
側で控えて、同じく初耳だったカエントはやれやれといった感じで両手を挙げた。
大望が嘘で、こちらのふざけた理由が本当だと言うのに、あきれただけで済ますこの男も異常である。
しかし、ある程度予測はついていたし、なんといってもカネントはブラロスのやることが大好きなのだ。
不満などあろうはずもない。
「あなたたち、頭がおかしいわ」
攻撃的なソフィアの言葉に、ブラロスはただ笑うだけ。
「そりゃ誉め言葉だ」
そういうことらしい。
真実の告白を知らないスレインズのメンバーが一人、急いでブラロスの側に駆け寄ってく来ていた。
「報告します!騎士団だけでなく、何やら内部にも敵が潜んでいる様子です。すでに10名ばかりのメンバーが連絡を途絶えさせています」
「ほう……」
感心するブラロス。報告者を下がらせて、ブラロスは楽しそうにカネントに尋ねた。
「結界はまだ突破されていないんだろう?」
「もちろん」
総攻撃には耐えられないが、そうやすやすと突破できるものでもない。
あれは強者を弾く結界である。例え誰かが通り抜けたとしても、スレインズのメンバーを10名も排除できるほどの力はないだろう。
「ならば生徒か……」
全員を拘束したつもりでいたが、漏れがあったことを理解した二人。
そして、ちょうど思い出す。
先日レース家の襲撃に失敗したときに、化け物染みた力を使われたことを。
「そういえば、予測じゃこの学校に化け物がいるんだったな。生徒会の二人ではなかったみたいだが」
どこまでも楽しそうなブラロスである。
「どうやらその予測が当たっていたみたいですね。そして、彼は拘束の網を抜けて暴れている最中とみていいでしょう」
「フハハハハハ!!」
体育館中に響き渡るブラロスの低い笑い声。
生徒の注目が集まる。ぞっとして恐怖を感じる生徒も大勢いた。
「面白くなってきたな」
「そうね」
相槌を打ったのは側にいるソフィアである。
ブラロス同様、妙に愉快な顔をしているソフィア。
「何か物知り顔だな」
「ええ、心当たりがありますので」
ソフィアの心当たりは当然体育館内に姿の見えないスカイであった。
スレインズのメンバーが騒ぎ立てる時間もなく無力化されている点からも、スカイがやったのだろうと予測がついている。
そして何より、日ごろからスカイをライバル視して蹴りを入れている彼女だが、その実、本当は誰よりもスカイの力を理解している人でもある。
同じ師匠に習った彼女にしかわからない次元がある。
スカイならスレインズを制圧できると彼女は知っているのだ。
「よし!!」
ブラロスは気合を入れなおして、椅子から立ち上がった。
「カネント、お前ならこの場は引いて態勢を立て直すのが最善だと言うのだろうな」
「当然です」
ずれた眼鏡を直しながらカネントが言う。
「しかしな、俺の真実の目的は伝えた通りだ。外には殺気立った小娘の騎士団長がいる。そして中にはよくわからん力を持った化け物がいる。なんだかなぁ、これは王家とぶつかるよりも随分と歯ごたえがありそうな気がするんだが、どう思う?」
「結論は出ているんでしょう?」
もちろん意見はあるが、カネントは自分の意見よりもブラロスの意見の方が好きなのだ。
わかりきっている結論を逆に聞き返した。
「決まりだ!金なんてどうでもいい。俺の破壊衝動をこの場でぶつけてみるとしようか」
最強と呼ばれていた元騎士団長が、いよいよ正面から戦うことを決断した瞬間だった。




