五十二話 作戦会議
怒りの中にもどこか楽しそうな感情のあるジェーン・アドラーとは違い、レメはかなり怒り心頭な様子であった。
側にいたこの男は様子が違い、スカイはどこか気の抜けた顔をしていた。
「会長は!?スルン・イストワールがいながら簡単に占拠されるはずがないわ!」
レメの熱い主張だったが、ジェーン・アドラーは首を振るだけである。
「まだそこまで詳しい情報は入っていない。王女殿下ソフィア・ナッシャーの名前は挙がっているが、そのほかの生徒名は特に挙がっていない。大胆な犯行声明を送って来たんだ、制圧されたか、まあ似たような状況下に置かれているのだろうな」
「会長が盗賊団ごときに負けるはずはありません!」
レメのどこまでもまっすぐな主張に、ジェーン・アドラーも少しだけ困る。
なんとかなだめたいが、上手い方法も見つからない。
「ブラロスとカネントは、相当強いからな……」
「それでも!」
「レメ、少し落ち着け」
ジェーン・アドラーに詰め寄るレメに、スカイが声をかけて一旦落ち着かせることにした。
「あの会長がしぶといのは俺も知っている。側にはレンギア副会長もいるしな」
「しぶといって言わないで!強いのよ、会長は!」
「だがな、今回は学校ごと盗賊団に占拠されたんだ。ソフィア・ナッシャー王女殿下をはじめ、他の生徒も人質に取られている中じゃ、生徒会長たちも派手に暴れられないだろう」
「そ、そうだけど……」
「それに占拠されただけだ。騎士団長の言う通り、奴らが身代金目当てなら下手に危害も加えないだろう。きっとみんな無事さ」
スカイ自身はあの学校にそれほどの思い入れはないが、取り乱すレメを放っておくのはどこか無責任すぎる気がして、冷静に今の状況を予測して彼女に伝えてみた。
「けれど、もしも会長の身に何かあったら……」
「大丈夫だろ。あの人しぶとそうだし、生き残るって」
「だからしぶといって言わないで!」
「はいはい」
「もっと心配しろー!!」
スカイのどこまでも適当な態度に、レメは怒りの矛先をスカイへと切り替えて、胸倉を掴んで頭がもげてしまうのではないかと周りが心配になるほど振り回した。
しばらく振り回して、疲れて席に座るレメ。
床の上ではスカイが魂を手放しそうな状態で寝転がっていた。
「ちょっと冷静になれました」
「その代償にしてはあまりに大きな犠牲がでたわね……」
スカイのことである。
床の上でボロ雑巾の様に倒れるスカイにジェーン・アドラーは悲痛な視線を向けた。
レメのどこか慣れた様子に、この凶行が初めてではないことを推測することができる。
「二人は仲いいのね」
「私とスカイがですか?うーん、でも彼デリカシーがないんですよ。ちょっと抜けてるっていうか」
「そ、そうね」
レメにも大事なものが抜けている気がしないでもないが、彼女は二人の関係性に口を挟むのはどこか気が引けた。スカイは少しかわいそうだが、このままが一番良さそうだと判断したからだ。
少し本題から逸れつつあることに気が付いて、彼女は話を戻す。
「落ち着いてくれたようで助かるわ。騎士団の動きはまだ正式に決まっていないけど、今回の件はいい機会だと思うの」
「学校が占拠されたことがですか?」
「そうよ。あまり気を悪くしないで。心配なのはわかるけど、奴らが占拠して学校に居座るつもりなら、正面から当たって根絶やしにする機会でもあるの」
スレインズは基本的に疾風迅雷、いつも急にどこかを襲撃し、すぐにその姿を隠すことで有名である。
それゆえに、実力ある騎士団でも正面から当たることができずにいつもひらりひらりとかわされ続けていた。
計画も掴めず、アジトも判明しなかったスレインズが今、学校を占拠したことでその存在位置を明確に示すこととなった。
正面から当たれば勝てると信じている騎士団からしたら、これはピンチであると同時に、スレインズを殲滅する絶好の機会でもあった。
「人質はどうするつもりですか?」
「それは今から考える。しかし、やはり騎士団としては奴らをこの場で仕留めておきたいという気持ちがある。ブラロスも私が討つ。是非、この機会を逃したくないんだ。だから君たちにも力を貸して欲しい。私の見立てじゃ、君たち二人はただの生徒さんではないからね」
具体的にいうと、スカイのことを指してはいるが、しかし同時にジェーン・アドラーはレメのことも高く評価していた。
きっと彼女も将来は騎士団長になれるような器である。
ただし、それは将来であって今ではない。
今注目すべきは、間違いなく床の上でボロボロになっている少年の方である。
「私の気持ちはそうなるが、君は協力してくれるかい?」
ジェーン・アドラーの呼びかけに、昇天しかけていたスカイが意識を現世に留めることに成功し、そのお礼と言ってはなんだがすぐに返答した。
「協力はしません」
「なぜ?」
スカイの態度からなんとなくそんな返答がきそうと踏んでいたので、すぐさま聞き返すことができた。
立ち上がって、服についた埃を振り払う。
スカイもレメの隣にあった椅子に座った。
昇天しかけた後遺症である、口元に付いた涎をレメがハンカチでふき取ってあげる。
「だらしないわね」
「おまっ!?」
猛反論したいスカイであったが、今度こそ昇天させられては困ると思い、反論を飲み込んだ。
あまりにも大きな反論だったため、飲み込むのに苦労したし、消化も大変そうだ。
「協力しない理由は簡単ですよ。人質になっている連中は半分が貴族だ。大事な子弟がそんな状況下にあれば、親は喜んで身代金くらい払うだろう。金がスレインズの元にいけば、万事解決。学校は解放されて、生徒も皆無事だ。誰も傷つかなくて済む。貴族連中の財布が少し寂しくなるだけだ」
これは紛れもないスカイの本心である。
貴族連中の財布が少し寂しくなるとは言ったが、実際もっと痛むことになったとして全く意見を変えることはないだろう。
カジノ襲撃を見ても、そして今回のざっとした話を聞いても、スレインズの目的は間違いなく金だとわかる。
金を欲しているならばくれてやればいい。
その後でスレインズがどうなろうが、貴族連中がどうなろうが、一切興味がない。
森で育ったスカイには、社会貢献という概念すら薄かった。
こんな事態になったのも、言ってみれば騎士団が彼らの後手を踏み続けた故の敗北のせいだ。
責任を取るなら騎士団であって、彼らがどうしても命を懸けて戦いたいというのなら賛成ではある。
しかし自分がそこに加わることに、全く意義も責任も見いだせない気持ちでいた
「君の通う母校だ、愛着はないのかな?」
「ないね」
「金を払えば済むとでも?それじゃあスレインズは野放しのままだよ」
「それはお宅の問題でしょう。俺たちが関わることじゃない」
「そうね」
ジェーン・アドラーは会話を通りしてスカイの性格を掴もうと試みて、それと同時に必死に考えていた。
どうやってスカイを口説き落とすか。
ジェーン・アドラーのターゲットはスレインズというより、ブラロス一人である。
どうしても元騎士団長との間に決着をつけたい。
いつまで経ってもブラロスはジェーンと比べられる存在なのだ。それが気に入らない。
ずっと倒したいと思っていた相手だが、ようやく機会が回って来た。
しかし、直接戦う機会があっても、ブラロスの側にはいつもカネントがいる。
邪魔されたくない。だから、カネントを排除する力が必要となる。
騎士団の中には、残念ながら適任がいない。
騎士団が情けないというよりは、カネントがやはり強すぎると言った方がいい。
そのカネントを排除しうる存在が目の前にいる。ジェーンの長年の戦闘を通して得た、強者の匂いをかぎ分ける嗅覚が敏感にスカイの匂いをかぎ分けていた。
スカイにとってはどうでもいい事件でも、ジェーン・アドラーにとってスカイは欠けがいのピースである。
「貴族の生徒たちはお金を払ってもらい、無事に解放。けれど、平民の生徒はどうなるかしらね」
「一緒に解放されるんじゃないか?」
「ふふ、希望的観測ね。私はそうは思わないわ。貴族連中がお金の支払いに応じれば、間違いなくスレインズはもっとたかるわ。ソフィア・ナッシャー様が捕まっていることもあり、平民のお金は王家に請求されるでしょうね」
「なら王家が支払えばいい」
「支払うかしら?」
ジェーン・アドラーの言葉に、スカイが表情を変えた。
ここに切り口があると彼女は踏んだ。
更に畳みかける。
「多分だけど、見捨てるでしょうね。残された平民生徒たちの親にはあまり大きな力はない。きっととんでもない額を要求してくるし、目の前に敵がいるのなら間違いなく私がそう判断しなくても、王家から命令が下るわ。できるだけ残された平民生徒気遣いながらスレインズを殲滅せよ、とね。どれだけ気を使っても生徒に被害が出ないはずもない。平民生徒の中にお友達はいなくて?」
この言葉で、スカイはフルミンとアスク、そしてレンゲの顔を思い出した。
フルミンはアホだし、貴族だし、なんとかなりそうな気がする。
しかし、ジェーン・アドラーの言う通りになるなら、アスクとレンゲは危ない。
学校生活は嫌な気持ちになることが多かったが、森の生活では得られなかった友人関係を築くことができていた。
なんだかんだ少なかったけれどしっかり思い出せる楽しい時間……。
スカイが思いっきり揺さぶられているのを感じて、ジェーン・アドラーはここで勝負を決めにかかる。
最も近くにあり、最も有効であろう手を使うことにしたのだ。
「ねえ?あなたも彼に一緒に戦って欲しいんじゃないかしら?」
黙って話を聞いていたレメに質問を投げかける。
「……スカイの言う通りお金で解決できるならそれが一番いい。けれど騎士団長の言う通りになれば、平民生徒が傷つくことになる。それはダメ。会長が一番嫌うことなの。それだけでは嫌!」
「優しい会長さんね。やはりこちらから仕掛けるのが一番だと思うけど、どうかしら?」
「私は協力するわ!ねえ、スカイもお願い!アイスクリーム買ってあげるから!」
アイスクリーム如きで釣られるか!という気持ちだったが、騎士団長の話の通りになった場合のアスクとレンゲが心配なのは事実である。
それになにより、レメが行くというなら放っておくわけにもいかない。
アスクもレンゲも、アホのフルミンも大事であるが、何よりレメが危ない目にあうことを想像するだけで、スカイの中には不思議と良くない気持ちが芽生えるのだ。
自分でもうまく説明できないが、スカイはとにかくそれは嫌だと思った。
「……アイスクリーム頼むぞ。あの白くて濃厚な奴を」
「ホワイトベリーアンドラズベリーミックスセンチュリーアイスね!」
「そうそれ、良く言えるな」
「ふふん、食いしん坊さんね」
お前がな、とそっとスカイは反論した。
話が決まった後は動きが早かった。
ジェーン・アドラーは王家に攻撃に出る許可を得るために連絡係を差し向け、残った騎士団とスカイたちを連れて、占拠されている高等魔法学院へと向かうことにしたのだった。
スカイもレメも、杖も使い魔の準備もできている。
スレインズだけでなく、こちらも戦う準備は整った。
いよいよスレインズと騎士団、そして騎士団側に付いたスカイとレメ、大きな力がぶつかり合おうとしている。




