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四十九話 最初の被害者

高等魔法学院は夜になると、正面の校門を鉄の門で固く閉ざすことになっている。

これは学校敷地内で寮生活を過ごす生徒側の安全を守る意味が当然あると共に、生徒たちが夜間に抜け出して遊びにいかなせないための処置でもある。


正面の校門以外には裏門などもあるのだが、そちらは一般的に生徒は利用しておらず、存在すら知らない生徒も多い。

それ以外は高い塀に囲まれた敷地なので、脱走するつもりならなかなかの労力が必要となってくる。

学校の敷地が広いため、例え塀で囲まれた空間であっても、実際中に住む生徒からして見ればそれほど拘束されている気持ちはなく、結構開放的な気持ちで過ごせている。


もしも脱走が見つかれば、学則違反で当然罰則が与えられる。

しっかりと休日も用意されている環境の中、敢えて暗闇の中をひそひそと抜け出してまで夜の街へと向かう生徒は少ない。


ただ、少ないのであって、当然いるにはいる。

いつもなら学校側が用意した正門の前の見張り一人なのだが、今はスレインズの一件以来門の見張りの他に夜間でも学園敷地内をウロウロとしている数名の憲兵がいた。


彼らは夜間という環境ということもあり、だらけ切った仕事をしている。

今日は丁度監督官もいない日だった。


月明かりの下でトランプを広げて賭け事なんかをして楽しんでいる。

こうしていれば時間が早く過ぎるし、何より楽しい。

スレインズの矛先が高等魔法学院に向かっていることなど、彼らは想像の片隅ですらその可能性を考慮はしていなかった。


普段生意気な貴族の生徒に難癖をつけられることもある彼らは、この夜警を”当たり”と呼んでいた。

生徒側も憲兵側もお互いを嫌いあっており、とっととスレインズの騒ぎが収まることだけを願っている日々である。


そんな中、本日、一人の生徒が学校敷地内から脱走しようと試みていた。

罰則はことの悪質性によってはそれなりに厳しいものが待ち受けている。

それを恐れもせずに、彼は寮の部屋を出た。


タルトン青年である。

スカイと同じEクラスの生徒であり、禁忌魔法無色の七魔を通してスカイとは仲を深めつつあった。

しかし、今日の夜間に抜け出すことは当然教えていない。

むしろ誰にも教えてはいない。


今日抜け出さないといけない理由が彼にはある。

思えば、彼の人生は試練だられだった。


幼い頃に両親とはぐれて、それ以来自分の家名も知らずに過ごしてきた。

育ててくれた自称賢者はかなりの変わり者で、いろいろと苦労して成長してきた。

しかし、彼が授けてくれ禁忌魔法によって高等魔法学院への入学がかなった。

それなのに、なぜか学園では正当に評価してもらえなかった。


そんな辛い出来事たちも、今や昔のことだ。

タルトンは自覚しつつある。

今自分が幸運という波に乗れていることを。


スカイと仲良くなりたかった願いもかなった。

先日また公式戦に出たのだが、相手は当然スカイの様に馬鹿げた力は持っておらず、無色の七魔を持ってして完勝している。

それを見たDクラスの女子が、タルトンの癒し系な見た目とあまりの強さに惹かれて文通を申し込んできたのだ。


タルトン青年に初めて訪れた春。しかもドストライクな相手。当然文通を開始した。

毎日に彩りが生まれて、初めて自分が不幸から脱出したのではないか?と思えるようになったのだ。


そして、幸運は更に続くことになる。

タルトンは日ごろから生き別れた両親のことを常にアンテナを立てて探し回っている。

何か小さな情報でも見逃さないようにしているのだが、この広いナッシャー王国において名前も顔も分からない相手を一人で探すなんて無力に等しいとも思われた。

しかし、身近なところから情報が寄せられる。

クラスで少し仲の良い生徒から、王都の街中でタルトンに似た貴族の夫婦を見かけたと聞いたのだ。

しかもどうも旅先らしく、いろいろな人に似顔絵を持って尋ねるようなことをしていたとのこと。


全ての辻褄があう。

自分同様、両親も自分のことを探している。

顔が似ていて、王都まで出てきて似顔を絵を持って捜索中。

その情報のどれもが彼らがタルトンの両親だということを告げている。


情報があったのは本日の昼頃だった。

今日は魔法の実習が少し長引いたこともあり、外出許可時間内に王都の中心地まで行くことは不可能である。

休みまで待てば正式な権利を持って探しに行けるのだが、到底待てるものではない。

タルトンは皆が寝静まったのを待って、こうして夜中に塀の前へと立っている。


正門の見張りは当然知っている。そこからの脱出はあり得ない。

憲兵たちがいることも知っているが、彼らが賭け事に興じているのも知っていた。


後は目の前の自分の身長の倍はある塀を乗り切るだけ。

魔法を使えば破壊も可能だが、音がする。誰かが来てはまずい。


タルトンは事前に用意した背の高い机を塀に張り付かせて、そっと机を踏み台にして塀の天辺へと手を伸ばす。

高い。

しかし、届きそうでもある。


つま先を伸ばすだけでは届かないので、タルトンはいよいよ思い切ってジャンプした。

思いっきり踏み切ったため机はバランスを崩したが、タルトンの手は塀の上に届いていた。

興奮する気持ちのまま一気に登り終え、高い塀にも関わらず躊躇することなく飛び降りた。


やっと、やっと、自分は両親に会える。

タルトンは嬉しい幸運に包まれて、走り出そうとした。


したのだが、目の前に立つ男の顔を見て、ぞっとした。

月明かりに照らされただけなので、少し分かりづらいが、瘦せた迫力のあるそれは間違いなく見たことのある顔。

今王都を騒がせている盗賊団スレインズの副団長、カネントその人だった。


元は騎士団に所属しており、学生の頃より積み上げてきたその名声は王都では有名だ。そんな彼がなぜ盗賊団にまで落ちぶれたのか。そんな理由は、今はどうでも良かった。

タルトンは先ほどまでの幸運に満ちた興奮から、一気に不幸に満ちた冷静さへと変貌を遂げた。


「なにやら音がすると思いましたが、生徒でしたか。夜間の脱走は学則違反ですよ」

「あの、見逃しては貰えないでしょうか?俺、王都に大事な大事な用事があって」

タルトンは誠意をもって必死に弁明する。目の前のカネントを倒そうという気持ちにはなれなかった。

その評判もさることながら、実際目の前にして見ると殺さるという感情以外が湧いてこない。


「それは仕方ありませんね」

「え?ほんとうに?」

「ええ、大事な用があるのなら、学則なんて気にしてはダメです。ただ」

「ただ?」

「私の姿を見ておいて、黙って行かせるわけにはいきません。大事な用とやらは、後回しにしてください」

「そんな!今行かないと、今じゃないと!」

「まあ、不幸だったと思ってください。じゃあ、少しお休みを」

カネントがメイス型の杖をとん、と地面に打ち付けると、行使した魔法がタルトンへと向かいその意識を奪った。

必死だったタルトンはカネントの魔法詠唱すら見逃していたのだ。

冷静だったなら、もしかしたら門番くらいになら異変を知らせられたかもしれない。


「はぁー、危うく計画が台無しになるところでした」

カネントは倒れたタルトンを部下に運ばせながら、小声でつぶやいた。

今日はあくまで下見と、襲撃の下準備である。間違っても存在が知られてはならない。

こんなところで学院生徒との遭遇なんて想定はしていなかった。

「準備段階での想定外は、縁起が悪いんですけどね……」

そう言いながらも、当然計画を中断するつもりはない。


スレインズは下準備を一通り済ませて、夜の闇へと消えていった。

タルトンは不幸にも、両親と会うことなく、スレインズのアジトへと連行されることになる。

彼の不幸はまだしばらく続きそうだ。


次の朝、塀の側に倒れている机を一番に見つけたのが生徒会副会長のレンギアであった。早朝の散歩中である。

始めはただの生徒の夜間脱出かと思い穏便に済ませようとしていたのだが、それにしては証拠となる机を残すのはおかしい。

相当な愚か者か、もしくはまだ帰って来ていないかどちらかである。


おそらく後者だということは分かる。

そして、昼頃になれば、誰が夜間に脱走したのかもわかった。


1年E組のタルトンがだけがいないので、犯人が彼だとすぐに判明する。

理由を帰って来た後に直接聞いて罰則を決めようとしていた生徒会だったのだが、そうもいかなくなってしまう。


タルトンが二日経っても帰ってこないからだった。

学校自体を脱走した可能性もあるが、別にここは監獄ではない。

辞めたいと申し出れば普通にやめさせてくれる。まあ、そんな生徒はなかなかいないが。


タルトンもやめたのではなく、何か事件に巻き込まれたと見たほうがいい。

ちょうどEクラスの生徒ということもあり、生徒会長スルンはこの件をスカイに任せた。

補佐にはレメをつけて。


「君が言うには、彼は夜間に学校敷地内を抜け出すような不真面目な生徒じゃないと?」

スカイは自分の知っていることを生徒会で共有した。

「そうです。むしろ成績に傷がつくことを恐れているタイプなので、滅多なことがない限りこんな危ないことはしません」

「なら、滅多なことがあったんだろうね」

「クラスの生徒からの情報に寄ると、タルトンの顔に似た貴族の夫婦を王都の街中で見かけたそうです。それを彼に伝えた日に、姿を消しています。タルトンは幼少期に実の両親とはぐれていますので、再開の可能性があると踏んで飛びついたんでしょう」

スカイは簡単に言ったが、この情報を得るだけでどれだけ苦労したことか。

相変わらず変わり者でもなければ普通の生徒は、ビービー魔法使いには好んで近づこうとはしない。それにバランガを倒して以来恐怖をいだかれるようにもなった。

こんな如何にもな情報を得るだけで、実に丸一日要している。

責任を感じた生徒が少し遅すぎるのだが、遅れてスカイに報告したことで事が判明している。


「そのまま両親と帰郷っていう訳でもなさそうだね。スカイ、君に迷惑をかけて申し訳なく思うけど、早急に彼を見つけて欲しい。なんだか、あまり良くない予感がするわ」

「会長がそう言うならきっとそうよ」

腕を組んだまま、横目を向けて、隣にいるスカイを指さしてぴしりとレメが言いきる。


「なんだよ」

「いいえ、どうせ信じてないだろうと思ってね」

ズバリそうだったので、スカイは何も反論できない。

予感とか、そういう曖昧な力をスカイは確かに信じてはいなかった。


「会長の占いは凄いんだから」

「ほーん、そうか」

適当に流したスカイをレメがかみつきそうな目で見る。


「ふふ、そのくらいでいいわ。レメたんは昔から私の占いのファンなの」

「だって実際当たるし」

「先日も恋占いを頼まれたわ。一体どこの誰に恋をしているのかしらね」

「か、かいちょ!それは言わないでください!」

慌てふためくレメを、スカイ以外の面々がほほえましく見つめた。


「この凶暴な女に、そんな人らしい感情がフゴォッ!!」

スカイが言いきる前に、その腹にレメの鋭き突きが強烈に刺さった。

うずくまるスカイ。

「今のはスカイが悪いわよ」

うんうんと周りが同調する。

生徒会の面々が誰も味方してくれないので、スカイは抗議のしようがなかった。

凶暴性を知りながら、下手なことを言ってしまった自分も悪いと思う面もある。

忘れないようにレメの背中に猛獣注意とか札を貼ってくれ、とスカイはひっそりと思った。もちろん言わない。


「今回も簡単に占ってみたんだけど、どうやらタルトンは王都の街中に潜んでいるわ」

スルンは片手に青い水晶をのせて、その中を覗き込みながらそういった。

如何にもって感じだな、と思いスカイはあまり本気で聞こうとしない。


「あれは会長の杖でもあるのよ。中に霊獣が入っていて、杖としての役割だけでなく不思議な力も授けてくださっているんだから」

レメの説明の後、再び青い水晶を見てみると、確かに透き通った中に眠ったように目を閉じる小さな狼のような獣がいた。

それにまさか杖だとは思ってもいなかったので、スカイは二度驚くことになる。


「……中のってなんなんだ?」

「占いを信じない人には教えません。会長も言っちゃダメですよ」

「ふふ、二人とも仲良くね。あまり私の話ばかりしていても仕方ないわ。とりあえず、早速タルトンの捜索に向かってくれるわね?」

「はい!」

「はいはい」

レメに頬をぎゅっとをつかまれるスカイ。

「……ふぁい」

と素直に言い直した。あの強烈な拳をもう食らいたくはない。

レメも満足した顔になる。


こうして二人は授業を一日休んで、王都の街中へとタルトンの捜索に向かったのだ。



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