四十八話 生徒会長との会食
「どういう風の吹き回しですか、急にご飯を奢ってくれるなんて。しかも二人きりで」
スカイは目の前のご馳走に誘惑されながらも、それを奢ってくれた本人に対しての不気味さも同時に感じていた。
「いやね、スカイ君にはいつも頑張って貰っているにもかかわらずあまりお返しができていないなと思って」
「お返しなら充分貰っています。毎食の穀物ジュースに加えて、実家の件も真実を教えて貰いました」
「ふむふむ、無欲だねー。生徒会に入ったらなんでも用意してあげると言ったのに、一向になにも要求してこやしない」
事実生徒会長スルン・イストワールはスカイが何かを求めて来た時はすぐさま用意してあげる気でいた。
しかし、肝心のスカイは仕事で呼び出しでもしない限りスルンのもとを訪ねようともしない。
イストワール領に住むレメとは昔から仲がいいとはいえ、彼女は頼みもしないのに毎日のように生徒会室に足を運んではスルンに会いに行っていた。
それと比べるとスカイは随分と味気ない。しつこすぎるのも困りものだが、興味がなさすぎるのも寂しい。
スルンは今そんな感情を持ってスカイのことを見ていた。
そこでちょうど調査してみたいこともあったし、聞けばスカイはいつも平民用の食堂で質素に夕食を摂るとのこと。せっかくなので貴族用の食堂に呼び出して、最高級のメニューをスカイの前に並べて見せた。
スルンの大きな瞳に見つめられて、スカイは余計に食事に手を伸ばせなくなる。
「報酬は本当に充分です。卒業後もいろいろと良いことがあるんでしょう?」
「そのいろいろと、という曖昧な言い方がまたどうも怪しいよね。君の場合、華々しい出世ロードもその場の気分で簡単に断りそうだし」
的を射た指摘にスカイはぎくりとした。意外と自分のことを理解されているようで、なんだかもやもやする。
「まあ、食べてよ。可愛いレメたんとご飯を共にするのも楽しいけれど、スカイ君との食事も珍しくてなかなか楽しそうだ」
そうは言うものの、スカイの側ばかりに豪華な食事が並んでいる。
その食事を提供してくれるするん本人と言えば、野菜を中心としたなんとも質素なメニューである。
それでもきっと高いんだろうな、とスカイは想像した。
平民用の食堂でサラダを頼めば、旬の山菜が入るにもかかわらず非常にお得な値段で食べられる。
ただし、ドレッシングの味があまり万人受けしない。
いつまでも食事に手を付けないのは、それはそれで気まずいのでスカイはようやく食べ始めることにした。
そして、その後は無駄な悩み時間がもったいなかったと後悔するくらいむしゃむしゃと食べ進める。
「う、うまい!」
「そんなに慌てなくても、ほら脂」
自身のハンカチを取り出して、スカイの頬に飛んだ脂をふき取ったスルンだった。
思わぬ優しさに戸惑うスカイ。
今まで貴族連中には嫌な思い出しかなかったため、公爵家のスルン・イストワールもなんだかんだ警戒していた。
ちょっとしたことだったけど、スカイにとっては心を少し開く充分なきっかけとなった。
「まさかこの世にヴィンセント鳥よりも上手い肉があるとは思わなかった」
「ふふ、味付けがいいだけだよ。素材自体はヴィンセント鳥に劣るわ」
スルンがヴィンセント鳥を知っていることにスカイは驚かされた。
引き寄せられた心を更にぐっと掴まれた気がした。
「どこで食べたんですか?」
「これでも私はイストワール家の令嬢だ。国の各地を回ることは幼少時より多い。ヴィンセント領も昔行ったことがあって、そこでヴィンセント鳥を頂いたのよ。お兄さん方にはその時に会ったけど、あなたには会えなかったわね。もっと早く会えていれば、と思ってしまうわ」
そう思うのはスカイも同じだ。
しかし、そのころスカイは森の中でリアルターザン状態だった。会えるはずもない。
ヴィンセント鳥の美味しさを理解できる人間に素の悪人はいない。
これはスカイの自説である。
「お兄さんのスール・ヴィンセントが裏であなたの魔力弾を公式戦で使えなくした件だけど、そろそろ解除される方向に動いているわ」
「そうですか」
本当に興味がないため、スカイは反応が薄くなってしまう。
黒幕に驚くかと思っていたスルンだったけど、スカイはある程度予測がついていたためそこで驚きはしなかった。
兄の鼻をへし折ってやったし、もうこれ以上公式戦に未練はない。ただただそう思うだけである。
「スールは公式戦に勝ってしまったあなたに随分とお冠の様子だけど、しばらくはその怒りの矛先はこちらに向くと思うわ」
「どうして?」
自分に向くならともかく、どうして生徒会長に向くのかわからなかった。
思えば、ここ数週間兄からの復習らしき出来事は何一つ起きていなかった。
「あなたのお兄さんは随分と生徒会長の席に執着しているの。バランガ・レースを巻き込んで彼らの派閥に一年生からの支持票を集めるつもりだったのだけど、あなたに負けちゃったでしょ?気分を悪くしないでね、世間はあなたをビービー魔法使いと馬鹿にしているから、そんな存在に負けたのかと皆ガッカリしているわ」
「別にそのくらいで気分は悪くなりません」
正面から言われる分にはあまり気にならない。
裏で言われることこそが一番腹が立つとスカイは思っていた。やり返すにもやり返せないからだ。
「せっかくの機会と思ってね、彼らの派閥にこの際思いっきり攻撃したのよ。内部情報を明かしてそれはもうボロボロにね」
「そんなことがあったんですね」
「裏じゃ結構揉めてたんだよ。君はあまり興味のない話みたいだけど」
その通りだった。
スカイはバランガとの公式戦以来の平和を存分に味わいつくしていたのだから。
「それにしても、バランガを倒したのは良かったわ。あなたに向けられる視線が大きく変わったもの」
スカイもそれを自覚している。
皆どこかにスカイへの恐れが生じているのだ。
仲の良い数人だけが見る目を変えていないくらいだ。
「レンギアも喜んでいたわ。実力あるものが正当な評価を受けることを、彼は好むのよ」
副会長が裏で気にかけてくれていたことも知らなかった。
「いずれはあなたに生徒会長の席を譲りたいものだわ」
「嫌ですね」
「そう言うと思ったわ。現実的にはレメたんね。なぜか相応しくないものはその席を追うし、相応しいものはその席を追わない。生徒会長という立場は不思議なものね」
「世の中そんなものでしょう」
少し達観したものの言い方に、スルンは思わずくすりと笑った。
その通りだ、とも思ったからである。
美味しいものを食べられただけじゃなく、意外と有意義な時間にスカイもスルン徐々に満足感を感じ出していた。
「そういう訳で、生徒会としては万事順調っていう訳。と言いたいところだけど、最近になってまた新しい問題が生じてきたわ。あー、頭が痛い」
「なんですか?仕事なら俺に言ってください」
豪華な食事をおごって貰ったばかりなので、働く気満々のスカイである。また奢って貰えるかもという下心はないはず。
「君の担当分野じゃないのよね。2年生のぽっちゃり君、プストっていたでしょ?これは彼の担当分野。盗賊団スレインズが王都のカジノを襲撃して以来、この学園には安全のために憲兵が配備され出したでしょう?」
これは情報に疎いスカイでも流石に知っていることだった。
校舎の外に出れば、必ずどこかしらで憲兵の姿を見ていた。
それにスレインズの襲撃事件の解決はモロに当事者である。
「憲兵たちの中には仕事柄血の気の多い人が多くてね。これが貴族の高いプライドと思いっきりぶつかり合うのよ。度々喧嘩沙汰が起きているけど、憲兵に学則を適応させるわけにもいかないでしょう?だから制圧できるあなたじゃなくて、人当たりのいいプストの出番。彼が出るとなんか上手いこと丸く収まるのよね、大抵は……」
最後の大抵は、という部分が一番重要なことは明白だ。
全てが丸く収まるなら彼女が頭を痛めることもない。
しかし、自分の管轄外ならば関係ないな、とスカイはその気持ちに同情はしてやらなかった。ご飯を食べ進める。
レメがいたらきっと説教をかましていたことだろう。20分くらい、もしくは簡単に腹にパンチ。
「原因となっているスレインズにはほとほと怒りが湧くわ。早く捕まってくれないかしら」
スカイがジェーン・アドラーから聞いた話によると、スレインズは元騎士団長が率いる盗賊団である。
カジノへ強盗に入ったあの12人の実力を思い出しても、指揮する者の力量が高いことが伺える。
そう簡単には捕まらないだろうという予感はする。
たとえ、ジェーン・アドラーがいかに強くても相手の方が上手な気がしてならない。
「先日アジトの場所が判明したらしいのだけど、騎士団長本人が出向いたのにも関わらず空振りに終わったらしいわ」
「ふーん」
興味のあることだけど、下手には食いつかない。
この話はあくまで対岸の火事である。スカイ本人がこれ以上当事者にはなりたくなかった。面倒くさいからである。それ以外に理由はない。
「ジェーン・アドラーって知ってる?いや、知っているわよね」
大きな瞳でスカイを見つめていたスルンの目の色が少しだけ変わる。
彼女が何か探り出そうとしていることを、スカイも感づいた。
「生徒会長にまで上り詰めた私には卒業後いろいろな道があるの。もちろん騎士団長のポストもね。そういう繋がりでジェーン・アドラー騎士団長とは度々連絡を取り合う仲なのよ」
「ジェーン・アドラー、知っていますよ」
「あら、正直に吐くのね。レメたんと当日王都散策をしていた情報も掴んでいるから誤魔化せばそこから追い詰める予定だったわ。ちなみに情報源はレメたんよ。楽しかったって言ってたわ」
「あ、そうですか……」
隠せとも言っていないので問題はないが、例え隠せと言ってもレメなら簡単に彼女に話すだろう。
それほどまでに二人は信頼し合っている。
それにレメは結構単純な性格なので、あまり深く考えては話さない。
例えば、昼食のサラダを食べならがスカイと王都でデートしたことを楽しそうに報告するタイプだ。ちなみに、これは例えではなく事実である。
「ジェーン騎士団長は現場に少し異色の生徒が2人いたと言っていたわ。レメたんとあなたね」
「そうですね、そこで会いました」
「ちなみに、異色の生徒は間違いなくレメたんのことではないわ。彼女は間違いなく光魔法の王道を行く子よ。だから強い。その点をジェーン騎士団長が見落とすわけもない。間違いなく、異色の生徒というのはあなたのことだわ」
全ての追及が事実なので、スカイはいまいち否定しづらい気持ちでいた。
この後事件の詳細でも聞かれたらどうしようかと思い悩んでいる最中だ。
「犯人グループは人質を取っていたのにも関わらず、見張りごと複数人が一瞬で殲滅された。一体一に特化したレメたんの戦術じゃあやはりできることじゃない」
「……」
「しかし、私はあなたの魔法を見たことがある。詳しくはどんな力が働いているか知らないけれど、できるとしたらあなたしかいないんじゃないかと思っているわ」
「無理ですよ」
「普通ならね。ただ、あなたなら可能性はある。いや、あなたしかあり得ない」
断言した発言だった。
これは否定したところで意味がないとスカイも理解する。
「俺のことをジェーン・アドラーに報告しますか?」
スカイは警戒した面持ちで聞いてみた。
これ以上の面倒ごとは困る。出来れば報告はして欲しくない気持ちでいた。
「いいえ、それはないわ。あなたを、私のものにしたいもの」
「はい?」
私のものにしたい、という発言はスカイを大きく戸惑わせるのに十分なセリフだった。
手に持っていたフォークを思わず落としかけた。ギリギリでキャッチしたが、同様は間違いなくバレてしまった。
「今も生徒会で働いて貰っているけれど、将来卒業してからも私と共に働いてほしいわ」
「なんで?」
「私の大義のために」
大それた感じの言葉に、スカイは真剣に彼女の大きな瞳を見つめ返した。
どこまでも真面目な視線が返ってくる。彼女の本気さがうかがい知れた。
「大義ってなんですか?」
「どこまでも平和な世界の実現」
「はい?」
言われてみて、余計にわからならなくなるスカイ。
それならば彼女の行動に矛盾が生じるからだ。
「だったら俺のことをジェーン・アドラーに報告すべきじゃないですか?何かの参考になるかもしれない。ま、俺は事件に関係ないけど」
いいや、とスルンは首を横に振った。
「あれは騎士団の仕事よ。彼らが解決するべきこと。そのためにあなたが嫌がる情報を提供したりはしない。あなたの力はあくまで私の理想とするものの為に使いたいの。何度も言うけど、そのための見返りは用意するわ。それにあなたの嫌がることはしたくない」
見返りはいらない。それは素直なスカイの気持ちだ。あえて言うなら金欠気味な財布問題を解決して欲しいくらいである。
しかし、自分の嫌がることをしないというスルンの姿勢にはすごく好感を感じたのだ。
この人の頼みなら少しくらい聞いてもいい気がする、なんとなくそう思ってしまっていた。
きっとレメもこうして心を掴まれたんじゃなかろうかとスカイは想像する。
いいや、真実を言うとレメはもっと単純だ。
本当は子供の頃に飴を買って貰ったからなついただけである。
「こちらも前にも言ったけど、とりあえずは協力します。毎日の穀物ジュースも貰っていますしね」
「それは良かったわ。じゃあこれからもよろしく頼むわね」
スルンが手を差し出す。
スカイも握手に応じた。
彼女の博愛精神がどこまで本気なのかは不明であるが、しかし当分やることも目標もないスカイにとっても悪い話じゃない。
「あなたの力は当分は学校を生徒を守ることに使って欲しいわ。あまり大きなピンチなんてそうそうやってはこないけれど、来た時は是非とも助けて頂戴」
「俺なんかで良ければ」
話したいことも終わったみたいで、スルンは満足した顔でスカイを見ていた。
ちょうど二人とも食事を終えた頃だった。
また仕事でと声をかけて、スルンが先に席を立ち、食堂を後にしようと歩き出す。
歩き出した彼女だが一度立ち止まり、スカイを振り返った。
「やっぱりどうやってスレインズを殲滅したのか気になっちゃうわ。眠れなかったらどうしようかしら。教えてくれない?」
「まだ秘密です」
「ふふ、俺じゃないとは言わないんだね」
やられた、とスカイは彼女の作戦にハマってしまったことを遅れて理解した。




