四十六話 濃いのがお好き
王都で起きた盗賊団の事件は規模の大きさもあり、この一件は学校内でも通知されることとなった。
未だ学生が襲われたケースや、一般市民が襲われたというケースはない。
狙われている相手はそのほとんどが金持ち貴族や、悪徳商人たちである。
それは盗賊団スレインズのモットーであり、彼らは正義の名のもとに盗賊家業をしていると主張しているのである。もしもそこから逸脱して一般市民を標的にしようものなら、彼らはたちまち自分たちの信念からそれて、薄汚いそこらの盗賊団となりかねない。
そして、それは高尚さを名乗る彼らの組織分裂にもつながりかねない。
実際、そういう大義名分に感化されてスレインズに加入した魔法使いもいると、王都騎士団は情報を掴んでいたりもする。
つまりこれらの情報をまとめるに、王都内にあるとはいえ、高等魔法学院が盗賊団スレインズのターゲットとなる可能性は非常に低い。
ただし、ここに通う生徒の半分以上は貴族の子弟である。
ターゲットになる可能性が低いとはいえ、その可能性は一般市民に比べると言うまでもなく非常に高い。
そして何よりも、下手に警告もせず、警戒態勢もとっていない場合、生徒の親から苦情が入る可能性もある。
金も権力も持つ彼らである、学園へ口出しすることなど容易いのだ。
そういったわけで、生徒の中にも教師たちの中にも緊張感が一切ないのに反して、本日から学園には10数名の憲兵が配属されることとなった。
憲兵のそのほとんどはお世辞にもあまり優秀とは言えない魔法使いなので、非常時に戦力としてほとんど計算できない。
それでも彼らは学校側にとってはありがたい存在なのだ。
彼らがいるだけで、貴族家からの苦情はその大半が鳴り止んだと言ってもいい。
冷静に考えれば、彼らが戦力にならないことは明白だ。
下手したら実力ある生徒の足元にも及ばないかもしれない。
しかし、危機感がないのは貴族家の父母も同じなのだ。
今日も学校では校舎内で平和に授業が送られ、訓練場では魔法の実習が行われている。
図書館も食堂もいつもどおり生徒が入り、それぞれの学校生活を満喫している。
空も見上げれば綺麗な青空が広がっている。
誰もまだ、この先に学校史上最大の試練が待ち受けていることなど予想もできていない。
未来を予知できる人間などいるはずもないので、仕方ないといえばそれっきりになるのだが、彼らがもう少し国内最高の魔法使いを要請している教育機関に属しているという意識を持っていれば、きっともっとうまく立ち回れたことであろう。
とはいえ、まだしばらく学校の平和は続いていく。
スカイもその平和を満喫している一人のうちだった。
バランガとの一大決戦を終えて以来、1学年の間ではスカイが本当は強いのではないか?という話が広がっていた。
思い返せば今までの公式戦での圧勝に始まり、連勝が続く。
そして暴れたBクラスの殲滅。
生徒会への加入が実力を認めている証拠でもあり、挙句バランガ・レースと公式な対戦で勝っている。
あの天才バランガ・レースに!?というのが学内での評価である。
もはやビービー魔法使いがインチキな魔法を使っていると見ている生徒の方が少なくなりつつあった。
しかし、それではおかしなことになる。
スカイは魔力総量が1000に達しないから、B級魔法使いと呼ばれることになった。ついでに貴族でもあるので、ビービー魔法使いとなる。
ビービー魔法使いがなぜ嘲笑の対象となるのか、それは魔力総量が少ない=弱い、という結論につながるからである。
その点、スカイの実力はどうだろう。
さきほどあげたように、彼には実力を証明して余りある実績を築きつつある。
インチキだと主張する声も、流石にあのバランガ・レースにインチキは通用しないという意見が大多数を占めており、だんだんとその声を小さくしていっている。
スカイには説明できない強さがある。
しかし、それはインチキではない。
もはや、前の様に嘲笑するべき対象ではなくなりつつある。
なによりも嘲笑した結果、反撃を食らってはたまらないと多くの生徒が恐怖を持ってスカイと距離を開けることにしたのだ。
相手はバランガを倒す程の実力を持ち、そして今更思い出したのか、ヴィンセント家が伯爵家だということも記憶に戻って怯え始めていた。
その恩恵を、スカイは今まさに存分に味わっていた。
しばらく放置される期間はあったものの、クラス内でこれほどまでに静かに過ごせる時間が来るとは思っていなかった。
たまにライバル心むき出しのソフィアからの蹴りがあるのだが、それも今じゃ日に日に数が少なくなっている。
蹴っている彼女も結構痛いのだ。
「平和だ」
思わずスカイはそんなことを漏らしていた。
スカイと最も敵対していたと言っていいバランガも、公式戦後の問題があり、今は停学中である。
正式にその期間は決まってはいないが、生徒会長からの情報に寄るとおよそ一か月になると聞き及んでいる。
つまり、クラス内も、そしてクラスがいも、この学校内で少なくともスカイは1か月で平和でいられるのだ。
上級生に目を向ければ、兄のスールがまた厄介な相手なのだが、そこは生徒会長が抑えてくれると約束した。
彼らは生徒会の権力をめぐって争っていることもあり、お互いにやり合うとなるとスカイに目を向けている暇もなくなると見られている。
生徒会長も「今度は前のようにはうまくはやらせない」と断言までしてくれている。
前のようにというのは、スカイが公式戦で魔力弾を禁じられた件である。
スカイは本当に小さい処分としか思っていないが、周りはそうは思っていない。
主に、ある程度魔力弾の本質を見抜いている者たちは処分の不公平さに首をかしげていたのだ。
彼らの戦いは彼らに任せようとスカイは思っていた。
何より面倒くさいのが嫌いなのである。
今は満喫できる平和を満喫するだけだ。
そして、その平和を象徴するかのような存在が休憩中にスカイへと近づいた。
レンゲである。
先日スカイをレメの部屋まで案内して以来、二人は仲良くなりつつあった。
「やっほー」
「ん」
レンガ手をあげてスカイに呼びかける。
スカイも気だるげにこたえた。
こうして二人きりで話す機会も徐々に増えている。
レンゲが語り、スカイがぼーっと聞くのが2人の会話スタイルである。
そして話は大抵レンゲの大好物へと切り替わっていく。
「ねえねえ、ところで昨日見たよー」
盗賊団との一件かと思い、スカイは少し身構えた。
どこから見られたいたのか、あまり見当がつかない。
「またレメさんと二人でいたわよね。楽しそうに」
ああ、そのことか、とスカイは勘違いしていたことに気が付く。
彼女はレメとの話を聞きたがる女性だったことを思い出したのだ。
見られたのは盗賊団との一件ではない、レメと王都をプラプラしていたときのことだ。
「少しだけちらっとね。声をかけるのも悪いと思ってねー。ねえ、何か進展があったの?」
進展と言われて、スカイは修行の件かと思った。
「ああ、順調だ。レメとの関係も悪くないし、先日は花を持っていったんだよ」
そう、杖を返すときに摘んだ花を添えて返した。
ちゃんと杖を返したので、もしも今後修行をまた頼みたいときにはきっと快諾してもらえる自信があった。つまり、順調であると答える。
「花!いいわねー。私も贈られたいわー。で、王都の街中では何があったのよぉ!」
頬に両手を当てながら、またまた徐々にテンションが上がっていくレンゲ。
スカイはレンガが奇特な女だと思っているので、このテンションにも慣れつつあった。
しかし、教室内では二人の様子を白い目で見ている人たちが多い。
先日レンゲが鼻血を出して倒れたことで、スカイにあらぬ疑惑が掛かった件もある。レンゲによって多少は誤解だと知れ渡っているが、それでもテンションのおかしいレンゲのこともあって、やたらと注目を集めてしまっている。
「街中か……」
スカイは二人の行動を思い出していく。
そういえば、あれがあったと思い出す。
「最初は、作ろうと思ったんだよ」
そう、無色の七魔用の杖をスカイは新しく作ろうとして、金欠を思い出して断念したのだった。
「つつつつ、作るですって!?」
レンゲはまたも勘違いをしてしまっている。
子供をつくる話だと奇特なこの人は思ってしまったのだ。
「そうそう、でも金もないし、また今度でいいかなって」
「当たり前でしょ!!お金があるどうこの問題じゃないわ!まだ早いわよ!早すぎるわよ!」
「お、おう。そうか、まだ早いか……」
レンゲが自分の杖のことをここまで考えていてくれていることにスカイは驚いた。
もちろん考えてはいないが。
「大事な存在だっていうのはわかるけど、でもダメよ。もっとお金とか貯めて、家とかのお金もいるし、ね!まだ早いわ」
「家?」
ちょっと良くわからないが、スカイはその後何があったのかも話した。
「作らないって決めてからは、いろいろ買い物に行ったな。レメが好き勝手はしゃぐから大変だった。あれを買って貰ったんだよ、体にかけるいい香りのやつ」
香水である。
「やっぱりそういうことするのね」
ボディーオイルをお互いに塗り合うのかと勘違いしたレンゲがまた顔を赤らめていく。
「どうなの?ねえ、どうなのよ?使った感想は!」
「ああ、いい香りがするな確かに。今朝もつけたんだ。レメと同じ香りだなって思った」
「そりゃそうでしょ!」
同じものを二人で塗り合っていれば同じ香りがして当然だ。
もちろんそんなことはしていないが。
「その後は、そうだ!レメがあれを食べたいって言ったんだよ」
「なになに?」
「あの白くて、なんだったかな名前。ほら白くて濃厚な」
「もう言わなくて結構よ!分かってるから!」
ホワイトベリーアンドラズベリーミックスセンチュリーアイスをスカイは言い出すことができなかった。
言わずとも分かったレンゲは流石だなとスカイは思った。
もちろん彼女はそんなアイスのことではなく、卑猥なことを考えている。
「美味しい美味しいって言って、あいつペロペロ舐めるんだよ」
「はあはあはあ、もっと頂戴!」
「だから俺も半分貰って、ペロペロ舐めたな。うん、悪くない味だった」
「どどどどど、このど変態!」
「なんでだよ!?」
もう立っているのもきついくらい興奮して、血が激流となって流れているレンゲは、これ以上聞けないとスカイの側を離れようとした。
離れる間際、スカイはレンゲを誘ってみることにした。
せっかく仲良くなりつつあるので、もう少し仲を深めてみたいという思いからだ。
「なあ、良かったら今度は3人で一緒にどうだ?」
ホワイトベリーアンドラズベリーミックスセンチュリーアイスを一緒に食べるお誘いである。
「さささささ、三人で!?」
「ああ、気まずいなら友達を誘ってもいいぞ。4人でも5人でも。まあ、あまり増えすぎるは困る」
「絶倫かよ!!」
言い切ったレンゲは今日も、鼻血を大量に吹き出して教室内で倒れたのだった。




