四十五話 騎士団からの情報
強盗犯たちが倒れている場所にスカイも戻った。
見逃している強盗犯がいないかと念のためにレメに人質を一足先に解放させたが、それは杞憂に終わったようで、犯人グループは間違いなく12人で構成されていた。
「スカイ、良かった!人質は丁度やってきた憲兵に保護してもらったところよ」
「助かったよ、レメ」
自分は何もやっていない、とレメは首を横に振った。
けれどスカイからすると、レメの存在は本当にありがたいものだった。
彼女がいなければ、安心してこの作戦を行うことができなかった。
自分の腕には自身のあるスカイだが、それでも予期せぬもう一人の犯人が潜んでいた場合、人質を守れない可能性が高い。
それでは強盗犯たちを殲滅しても、本末転倒になってしまう。
だから素直にレメは感謝を受け入れて良かったのだが、それでもレメは一度この件を放置するつもりだったこともあり、やはり素直に感謝を受け入れる気にはなれなかった。
「じゃあ帰ろうか?今日はもう一杯見て回れたし、こんなこともあったし、疲れたわ」
「そうだな。帰るとしよう」
憲兵が辿り着いていることもあり、二人がこれ以上事件を気にかける必要はないと判断しての退散だ。
今回狙われたのがレース家のカジノ。金満の彼らは回復も一般施設より速い。
それにしても、やけに強盗犯たちの手際が良かったことを思い出して、スカイは彼らの正体が何だったのかと考えて、結論が出るはずもないとすぐに判明して考えることを止めた。
ただでさえ、スカイは世間に疎いところがある。
王都で何かしら危ない集団が暗躍していようが、それを知るはずもない。
当然、推測なども出てこない。
「もし、少しだけ話をいいか?」
推測が出てこないスカイと違い、二人を呼び止めた女性の目には確かな観察力があった。
白馬に乗ったその女性は、重たい鎧を身に纏っているとは思えない身軽な動きで馬から降りてきた。
赤い髪を短く切って整えた、清々しい雰囲気の女性である。
腰には鞘に入った剣が一本あり、いかにも騎士の様相を呈している。
二人に近づいて並んでみると、その身長はスカイとレメよりも高いことが分かる。
装いからして騎士の人間だとレメはすぐに分かった。
魔法使いであると同時に、物理戦闘でも秀でている。そこはスカイにも判断できる点だった。
明らかに周りと違うその人物に呼び止められて、レメは少し緊張気味にその顔を見ていた。
「あまり畏まらないでくれ。わざわざ呼び止めてしまって申し訳ないと思っているんだから、少し横暴な態度でいてくれたほうがこちらもやりやすい」
「騎士の方にそんな態度は取れませんよ」
事情を知らないスカイに変わって、レメが答えた。
レメがそう答えたのには理由がある。
騎士はいうなれば、この世界におけるエリート中のエリート。
高等魔法学院を優秀な成績で卒業した者のみがなれる職業であり、騎士を辞した後は爵位と領地を貰える優遇っぷり。
しかし、当然その責務は重い。
戦地にも出向くし、こうして街中での事件にも出向く必要がある。
今回の強盗犯の話を聞いて彼女もやって来たのだということは明白だ。
憲兵が数十人来ているのにもかかわらず、騎士で駆け付けたのは今のところ彼女一人だ。
他の騎士がただ遅れているだけなのか、それとも彼女一人で殲滅できると判断してのことか……。
彼らは実力と功績を有した存在、つまり、一般人からしたら雲の上の人である。
それはまだ学生のレメたちからしても、そう違いはない。
敬うべき相手だし、恐れるべき相手でもある。
それが礼儀正しい態度に出たレメの理由である。
この場合、それだけでなく、レメはこの女騎士にとんでもない力を感じて緊張していた。
スカイは世間知らずなので、ポカーンとした顔をしている。
「私はジェーン・アドラー。指摘通り騎士だ。王城で強盗団の話を聞き、すぐさまこうして駆け付けた次第なのだが、憲兵の様子を見るに事件は解決してしまっているらしい」
何か答えようとしたレメに、ジェーンは手で制して言葉を防ぎ、顎に手を当てて推測に入った。
落ち着いて対処する憲兵団。怪我人なし。
解放された人質にもけが人はない。
現場を見守る観衆たちは何が起きたのかイマイチ理解していない様子。
襲われたのは自警能力のあるレース家が経営するカジノ。
強盗団は彼女が追っている組織の可能性が高い。
そして、この場に手練れが2人。それが目の前にいる少年と少女。おそらく高等魔法学院の生徒。
そこからジェーンはある程度の予測を立てて口にし始めた。
「君たちに目を止めたのは正解みたいね」
「どういうことです?」
レメが疑問を口にした。
スカイはあまり情報を提示したくなかったため、口を開かない。
そして、できればこの場から去りたいとも考えていた。
しかし、振り切るにしてもレメがいては逃げ切れる自信もない。なにより、変に面倒ごとになるのも嫌だった。
それでとりあえず、黙ってジェーンとかいう女性の推測を聞くことにした。
「カジノを襲撃した強盗犯たちはスレインズと見て間違いないわ。私が追っている盗賊団よ。レース家のカジノを襲撃できる組織なんてスレインズくらいだわ」
スレインズという組織にレメはピクリと反応した。
スカイは無反応だ。鈍感なわけではない、無知なのだ。
「そして彼らはおそらく一斉に殲滅されている。もののみごとに、気が付くことなく意識を刈り取られたと見ていいわね。憲兵にそんなことは無理だし、ちらほらと見える魔法使いにもそれは不可能。ここにいる若い学生二人の仕業だと私は推測するわ。そして、どうやらそれはお嬢さんよりも、そっちのぼーっとしている男の子の可能性の方が高いわね」
「ご名答ですね!」
レメがあまりの推測の正しさに声を張り上げて賞賛を贈った。
情報を漏らしたくなかったスカイにとっては厄介なことこの上ない。
今日は振り回されっぱなしだと、改めて感じたスカイだった。
「ふふふ、結構好きなのよ、仕事柄事件後の現場を見ることも多いから、ついつい推測しちゃった」
「流石は騎士様っていう感じですね」
レメは素直にそのすごさを褒めたが、騎士全体を褒めるのは少し間違っている。
騎士の中でこんな芸当ができるのは、ジェーンだけであって、他の騎士にこのような特異な能力はない。
そして二人はまだ知らないが、このジェーンは騎士の中の騎士、ナッシャー王国騎士団、騎士団長ジェーン・アドラーなのである。
「ありがとう。で、真実は大体判明したのだけど、いったいどんな魔法を使えばこんなすごい現場が出来上がるのかしら?」
「それはですねオブッ」
見たことを話そうとしたレメの口を、スカイが急いで塞いだ。
スカイの行動に一瞬イラっとしたレメだが、すぐに勝手に話そうとした自分の非を認めてしょんぼりした。
「ごめん」
「いいよ。でも、これ以上話すつもりはない」
「そう? 気になるけれど、まっいいか」
意外とすんなり手を引いてくれたことにスカイは驚いたが、相手がそれでいいならいいとすぐにその場を去ろうとした。
あまり自分の魔法能力をこれ以上知られる危険にさらしたくはなかったからだ。
「ちょっと待って。お礼くらいさせてよ。謝礼金くらいなら準備出来るわ」
金欠気味のスカイは思わず立ち止まってしまった。
立ち止まってしまったので、いまさら興味がないと見苦しい言い訳もできない。
「……貰おう」
「そう来なくちゃ」
ジェーンは魔域から白い鷹のような使い魔を呼び出し、何か伝令を記した紙をその足に巻き付けて飛び立たせた。おそらくあそこに謝礼金のことが書かれているのだろう。
「いまから持ってきてもらうから少し待ってて。退屈させても悪いから、スレインズの情報でも提供してあげるわね」
スレインズの話は先ほど少し出た。
レメも何か知っているほどの組織である。
面倒事に巻き込まれる予感がしてスカイは耳を塞ぎたい気持ちになったのだが、レメが興味津々で聞いているものだから、止む無く自分も聞くことにした。
レメ一人を危険な目に遭わせるわけにはいかない配慮である。
「スレインズは今王都を騒がしている盗賊団よ。自称、正義の盗賊団を語ってるけど、やってることはそこらの盗賊と変わらないわ。今日だって人質を取っての、ただの強盗よ。正義を語るクズってところね」
「正義?」
やっていることと真反対の名乗りに、スカイは思わず疑問を口にした。
「ほら、今日も狙っているのはレース家のカジノでしょ?悪いことして金を設けている連中しか狙わないんだって」
一見良さそうな連中に思えてきたスカイとレメ。
しかし、ジェーンはすぐさまその反論を口にする。
「レース家が黒いっていう噂は一杯あるけどさ、確証はないのよ。それに盗ったお金を自分たちの組織拡大に使っているし、あくどいあくどい。狙われる相手がレース家のような人たちばかりだから、意外と王都民に人気があるのもムカつくしね。しかも、悪いことに彼らはかなり優秀。今日だってスレインズの犯行だと思ったから部下を連れて来なかったの」
逆なのでは?という二人の中に浮かんだ疑問。
相手が手ごわいなら部下は連れてくるべきだ。
その疑問が伝わったのか、ジェーンが答えた。
「ああ、だってケガさせちゃかわいそうだし。私一人なら問題ないからね」
やけに自信過剰である。
レメはどこかスカイに似ていると思った。
スカイも戦うとき、いつも自信満々だ。自分が痛い目に遭うことなど全く想像してもいない。
しかし、そこには圧倒的な実力があるから故の自信がある。
おそらくジェーンも一緒なのだろうと考えた。
「そしてね、もっと最悪なことがあるの。これは秘中の情報で、騎士でも一部の人間しか知らないんだけど、君すごい実力の持ち主だから、特別に教えてあげる」
「結構です」
速攻で拒否するスカイ。
「遠慮しないで」
それを速攻で拒否するジェーン。
「スレインズのボスは元騎士団長ブラロス、私の前任者で、歴代最強の騎士団長と呼ばれていたわ。ま、絶対私の方が強いけど」
なんだそれ、とツッコミたい気持ちを抑えてスカイはその場から歩き出した。
「面倒くさそうなので、最後のは聞かなかったことにします」
「ないと思うけどさ、彼と会っても戦っちゃダメよ。死んじゃうからねー。下手に実力がある方が、意外とすぐ死んじゃうんだから」
ジェーンなりの優しい気遣いであった。
実際、彼女の歩んできた道がそれを証明している。
半端な実力を持った人からこの世界は死んでいく。
ブラロスの相手は危険すぎる。
スカイとレメがこれ以上スレインズに関わらないように、少し脅しの意味も込めて教えたのだ。
関わる気なんてさらさらないスカイは、軽く手を振ってジェーンに別れを告げた。
そしてジェーンが見えなくなったところまで来て、謝礼金を貰い忘れたことを思い出し、苦虫を嚙み潰したような顔になった。
ああ、悲しきスカイは明日も金欠である。




