四十四話 スナイプショット
スカイが駆け付けた時には、既に強盗団はほとんどの仕事を終えた状態だった。
強盗といっても場当たり的な犯行ではないらしい。
犯人グループはざっと見て10人ほどもいて、その手際が非常に良く、統率も取れていた。
「人質か」
スカイが杖を抜いて攻撃仕掛けようとしたが、犯人グループが人質を取ってそれを盾としていた。
襲われているのは規模の大きい派手なカジノだった。
内部を制圧した後なのか、どんどんと建物内から金銀財宝を運び出している。
外で待ち受ける馬車へと積み込み、人質は馬車の前で強盗犯に首を掴まれて杖を向けられている。
相手も魔法使いと見ていい。
「カジノを襲うなんて大胆ね」
遅れてやって来たレメはそう感想を述べた。
昼間の人の多い時間帯の犯行といい、この手際の良さ、更にはカジノを相手にする度胸まで、どこまでも飛びぬけた強盗団のようだった。
「あれってもしかして、レース家の経営するカジノじゃないかしら?」
レメの予想通り、それは王都一のカジノであり、あのバランガの実家が経営するカジノであった。
店の黄金の装飾がなんともレース家の趣味通りである。
「レース家って誰の家だ」
「昨日戦ったバランガの家よ。なんで知らないのよ……」
「そうか」
バランガのやつ散々だな、と少し同情したスカイだった。
魔法を行使したいスカイだが、人質を取られていてはまずい。
あいての警戒レベルは相当高く、少しでも魔法を感知した瞬間人質に危害を加えられる可能性があった。
それでも魔法変換速度の違いをもって先制攻撃できないかとも考えたが、人質の頭部に向けられた杖はどれもレメが使うような武器タイプのものだった。
つまり魔法を使わずとも人質へ手を出すことが可能と言う訳だ。
「カジノを相手にするって相当な手練れとみていいわね。カジノにはいつも複数の魔法使いのガードが用意されているはずだから。特にレース家のカジノなんて最上級の警備体制ができているはずよ」
「ああ、手練れだろうな」
スカイもそんな気がしていた。
これだけ統率の取れた動きだけで優秀さがわかる。
それが10人ほど全員が魔法を使えるとなると、憲兵や騎士が来たところで正面からぶつかりあえば相当危険だろう。
やはり自分が対処したほうが良さそうだとスカイは考えた。
「本当にやる気なの?カジノなんてどうせ後日自分たちで報復しにいくわよ。それにレース家のカジノなんて悪い噂しか聞かないわ。いい気味じゃないの」
「噂は噂だ。真実はわからない」
レメの言ったことを真っ向から反論したスカイだったが、この場合レメが正しい。
バランガ自身も、レース家も表や裏でろくなことをしていない。
全ての事実を見通す者がいたのなら、きっと今回のことを自業自得だと評価したことだろう。
しかし、スカイは噂を信じない。
自分がその噂の一番の被害者みたいなものだし、なにより今回は目の前の人質たちを放っておくわけにはいかなかった。
強盗犯たちが金銀財宝を運び出したところで、彼らが解放されると決まった訳ではないからだ。
バランガの実家とかそういう話は今どうでもいいと思っていた。
「でもどうする気?バッチリこちらを見ているわよ」
杖を手にしたスカイを強盗犯たちが見逃すはずもない。
確かに人込みに紛れてはいるが、素人と魔法使いではその所作に違いがあるのか、他にも人込みに紛れている魔法使いたちも目をつけられていた。
「この距離じゃダメだな……」
決断するや否や、スカイは人込みからそっと身を引いた。
元居たアイスクリーム屋の方まで戻り、念のためにと更に距離を開ける。
「ちょっと!どこまで行く気なのよ!」
一番に助けると言ったスカイがなぜか現場から遠ざかる。その行動にレメは理解が追いつかない。
速足で歩いていたスカイだったが、突如立ち止まる。
振り向いて、レメがついて来てくれていたことに一安心した。
「よかった。レメに頼みたいことがある」
「なによ!?説明も何もなく駆け出して!」
不満があるのも仕方ない。
先ほどまで楽しく美味しいアイスクリームを一緒に食べていたのに、今じゃ強盗犯にスカイの興味がすっかり向いてしまい、自分はほったらかしなのだから。
「俺が今から強盗犯を制圧する。レメは人質が解放されると同時に彼らを保護して欲しい」
スカイの意思は分かった。
しかし、行動と言葉に相違が生じている。
人質を助けたいなら、なぜ彼は距離を取るのか。
それがレメにはわからなった。
「いいわ。けど、なんでこんなところまで来るの?」
「もっと離れる。絶対に魔法を感知されたくないからな。ひっそりと速やかに、それが一番人質が安全に解放されるだろう?」
「余計わからないわよ。何をする気?」
スカイは腰の辺りに浮かべている拳銃型の杖を掴んだ。
「これで仕留める」
更にわからなくなったとレメは首を傾げた。
スカイの使用する魔力弾が規格外の威力を持っているのは知っている。
しかし、それは当ててこそのものだ。
先ほど紛れていた人混みの中でなら、スカイの速射を持ってして強盗犯を仕留められたかもしれない。
それを自ら機会を捨てるかのように距離をとっている行動が理解できないでいたのだ。
「任せておけ。また後で説明するから、とにかくレメはさっきの場所に戻って欲しい。強盗犯を無力化した瞬間、人質の解放を頼む」
納得はいっていなかったが、レメはスカイの言葉に従った。
なにかあるのだろうと判断してのことだ。
「わかったわ。信じていいのよね?」
「もちろん!」
強盗犯の目が届かないところだったので、いよいよスカイは走ってこの場から更に離れた。
レメは指示通り先ほどの人混みへと戻っていく。
スカイはおよそカジノから500メートルも離れた場所で立ち止まった。
辺りに人気は少なく、集中できる場所だ。
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐いていく。
落ち着きはあると自覚できた。
スカイが今からやろうとしていることは、先日から考えていたコンボ魔法についていいアイデアを突如として思いついたからだった。それを実行するつもりでいる。
両手に拳銃型の杖を握り、腕をまっすぐと伸ばしていく。
500メートル先の現場で何が起きているか、ここから見える人間などいるはずもない。
まっすぐの道でも厳しいし、何より人が行きかうこの王都では不可能である。
それと同時に、500メートル先の魔力を感知できる人間もいない。
スカイは魔法の詠唱に入った。
風の性質、初級魔法鷹の目。詠唱時間1秒。消費魔力量100。スカイは無色の七魔を利用して使用しているため、その魔力消費量が倍の200となる。
相変わらずではあるが、初級魔法ですら、スカイにとってはかなりの消費魔力量となってしまう。
綺麗に1秒後、スカイは鷹の目を発動させた。
視点が切り替わる。
まっすぐ前の光景を見ていた視界が、突如空からの視点に切り替わった。
初めて使用するので、一瞬空を飛んだのかと勘違いしたが、空から見える自分の体はしっかりと地に足をつけていた。
王都の街を歩く人々が見える。
そして500メートル先にいる強盗犯たちも当然視界にとらえた。
スカイが思いついたコンボ技とはこのことであった。
下手に使い慣れていない技同士を組み合わせる必要などない。
スカイの最大の武器は魔力弾であり、その魔力弾を軸にコンボ技を構築していけば、強みを消すことなく更なる強みを生み出すことができる。
そしてとっさに思いついたのが、今使っている鷹の目と魔力弾のコンボである。
スカイの魔力弾は威力に優れているだけでなく、下手に性質の変化を受けないことでその飛距離にも自信があった。この部分は本当に無の性質の強みである。
鷹の目で人の動きを捉えて、強盗犯へのルートを計算していくスカイ。
恐らく相手にも鷹の目を使う魔法使いがいると見ていい。
スカイと違って、相手は広く視野を取らなければならない。
特定の一人を見つけるには時間を要すだろうが、杖を構えている男を見つけたら放置するということはないだろう。
だから、ある程度急ぐ必要はあった。
強盗団たちがカジノの金銀財宝を運び終えたのか、全員が大通りまで出てきている。
人質に杖を向けているのが3人。
馬車を操っているのが1人。
カジノ内を制圧していたのが5人。
運んでいたのが2人。
そして、カジノの向かいの建物屋上で魔法を行使している、おそらく鷹の目、男が1人。
合計12人。全てを視認した。
スカイの魔力弾は、その一発が実に500もの威力を有している。
これがどれほどのものかというと、一般人が受けてしまうと骨折につながるレベルの威力だ。当たり所が悪いと、下手したら命を奪いかねない。
これを魔法使いが正面から受けた場合、魔力でカバーしたら、体のガードでかばったりしてそれなりにダメージを緩和できる。
しかし、同じ魔法使いであっても、意識の外からの攻撃はほとんど防御対処できない。
つまり、一般人同様、骨折程度のダメージを負ってしまうのだ。
今回は完全に意識の外からの奇襲である。
魔力弾の威力は500で十分だった。下手に魔力変換速度200%などで威力をあげたら殺しかねない。
犯人たちを殺すのが目的ではない。無力化して憲兵に差し出すのが最善である。
それに消費魔力1の状態の方が都合がいい。
今回は何よりも魔力操作が必要だった。
消費魔力量1というのは、魔力弾を打ち慣れているスカイにとってもっとも操作し慣れている魔力量である。
ダダダッとスカイの拳銃型杖から魔力弾が12発撃ちだされた。
魔力弾が超速で地面と平行に進んでいく。
空からそれを見ているスカイは、弾が一つ一つ一般市民に当たらないように丁寧に操作をしていく。
使用魔法の消費魔力量が少ない魔法はその操作が簡単になる。
12発と言えども、消費魔力量は12。一般的な魔法よりも操作は更にしやすい。
今回は更に俯瞰でその魔法を見れていた。
人々の間を縫って進んでいく魔力弾。
子供のアイスクリームをかすめ、大人のお姉さんのスカートの下をくぐりぬ、レメの髪の隙間も通り抜けた魔力弾が12発同時に強盗犯たちに直撃した。
あっと叫び声が上がったかと思うと、強盗犯たちがばたばたと倒れていく。
レメはそれを見て、予定していた通りすぐに人質を解放した。
強盗犯たちが無力化されたことを確認して、スカイは鷹の目を解除したのだった。




