四十二話 後始末
思ったよりもバランガがやるものだから、スカイは予想外のダメージを引きずって闘技場を後にしていた。
魔力弾で先制、殲滅をとれないとなるとこれほど手こずる可能性が出てくる。スカイは今一度魔力弾に感謝の気持ちを感じていた。
アンスがこれを授けていてくれなかったら、自分は本当に苦労していただろうと改めて考えさせられる。
今日バランガを倒してしまったから、兄のスールとは完全に溝ができただろう。
それを自覚してバランガを倒したのだから、スカイには当然後悔などない。
むしろ予定通りしてやったりで気分がかなりいい。
勝負が決まった後の兄の悔しそうな顔で飯が何杯か食べられそうなくらいだ。
それにしても、やけに足取りが重い。
魔力変換速度200%をフルに使ったし、トリックメーカーの反動も来ていた。
更にはバランガから受けたダメージと、魔力総量999を使い切って残り魔力量が0に……。
どう考えても少しばかり頑張り過ぎている。
そして直後、スカイの視界揺れた。
気を失いかけて、なんとか踏みとどまった。
魔力を使い切ることがこれほどに負担がかかってくるとは知らなかった。
今も微量に回復していっている魔力だが、これは本格的に睡眠をとらないと回復しないだろうとな想定できる。
重い脚を引きずりながら、スカイは闘技場を後にした。
レメに借りた刀型の杖は磨いて返す必要があるだろうか?
杖を借りたことがないので、いまいち対応がわからないスカイである。
普通は貸し借りするようなものでもないので、一般的な対応もない。
花でも添えて返そうかと半ば本気で考えながら歩いていたスカイの後ろから声が上がった。
「スカイ! 待ちやがれ! 」
振り向いたそこにいたのは、先ほど公式戦で戦ったばかりのバランガであった。
凄い形相でスカイを睨みつけている。
「インチキ野郎め。お前にあんな魔法が使えるはずはない! 」
禁断魔法を知らないバランガにとっては、無色の七魔によって放たれた魔法がそう見えても仕方ない。
ただでさえ、スカイの実力を認めない男である。
今回のことで納得いっていないことはスカイにも簡単に想像がついた。
「使えるんだから仕方ないだろ」
気だるげに答える。
実際気だるい。
「そんな言い分で納得できるか! あのまま続けていれば俺が勝っていた。ビービー魔法使いのお前があれ以上魔法を詠唱することは不可能だからな」
その通りなので特に言い返すこともない。
眠くなってきたのであくびを交えてバランガの言い分を聞く。
「あくびをするな。貴様、礼儀と言うのを知らんのか!? 」
「お前に言われたくはない」
自分のことをリンチしようとして、公式戦も不当な裏工作をしていた男だ。
こんな男に説教は食らいたくなかった。
「いいか、ビービー魔法使い。あそこが実戦の場なら外野からストップはかかっていない。あのまま俺のウォータードラゴンが水でお前を締め上げてそのまま地獄に叩き落していたところだ」
「地獄はお前がいけ」
「クソが! 分かってねーな。お前が負けるはずだった続きをこの場でやってやってもいいんだぜ」
「糞はお前だ」
「どこまでも生意気な! お前は貴族ではない。ただの劣等生物だ。劣等生物はせいぜい俺たち真の貴族の邪魔にならないようにコソコソと暮らしていろ! 」
「断るね。お前の髪型のほうが劣等生物っぽいぞ」
バランガのおかっぱ頭をさしてスカイが真っ向から反論する。
それに、バランガは先ほどから矛盾したことばかりを言っている。
あそこが実戦の場なら……。
それはもはや前提が変わってしまうことに気が付いてない。
「このビービー魔法使いがー!! 」
バランガはとうとう激昂した。
彼がこうなると知って、スカイも挑発していたので少し質が悪い。
バランガが学校の敷地内でウォータードラゴンを呼び出す。
ピエロのような実体が無害な使い魔ならまだしも、ドラゴン系の使い魔をこうして指定場所以外で呼び出すことは学則によって厳しく禁じられている。
「使い魔をしまえ」
「断る。先ほどの続きをしようぜ、ビービー魔法使い」
バランガがいよいよ金ぴかの三又の槍、彼の杖まで構えだしたので、スカイは最終警告に入る。
「杖もしまえ。今すぐ武装解除をしないと、俺は見逃せなくなる。これでも一応生徒会役員だし、毎朝穀物ジュースも貰っているから真面目に働かなきゃならん」
「怖いなら怖いと言えよ、スカイ」
にやけた顔で獲物をいたぶるように笑いを見せるバランガ。
どこまでも性格の悪さがにじみ出ている。
「怖くはない。5秒やるから大人しく引き返せ」
5秒を丁寧にカウントしたスカイだが、激昂したバランガが引くはずもない。
「学則違反により、おまえを無力化するぞ。バランガ。反省文は保健室で書くといい」
「もう魔法が使えないだろう? どう戦うつもりだ? なあ! 」
バランガはすっかり失念してしまっている。
先ほど公式戦が実戦なら自分が勝っていると述べた彼だが、肝心なポイントがそこからは抜け落ちてしまっている。
あれが実戦なら、スカイはわざわざ無色の七魔に頼っていないという点である。
スカイの最大にして唯一ともいえる武器は、魔力弾だ。
その魔力弾を今は封じなくていい。
トリックメーカー『練度違反』によって練度マイナス100となる魔法は、もともと練度が未発達のものだけ。
つまり魔力弾はその影響を受けていない。いつでも使用可能。
ここは公式戦ではなく、実戦の場なのだから。
刀型の杖でいかほどの威力が出せるかはわからないが、数発撃てればバランガを制圧できる自信があるので特には気にならない。
まだ余裕をかましているバランガに、スカイは引導を渡してやることにした。
「生徒会役員の権利にのっとり、暴徒と化したバランガを制圧します」
スカイの戦闘態勢を見て、バランガもいきなり上級魔法を詠唱開始した。
冷静さを失っているが、特にそれは結果に大きな影響を与えない。
なぜならば、0,1秒で撃ち込まれた魔力弾2発が一瞬でバランガに向かって飛び、彼に直撃後、その意識を刈り取ったからだ。
まっすぐ飛んできて、顎に直撃した魔力弾をバランガは当然避けきれなかった。
「ふう、雑魚め」
やっと回復した魔力を、この2発でまた使い切った。
魔力弾の相変わらずの消費魔力量のお得感に満足しながらも、使い切らせたバランガには不満を同時にいだく。
近づいてみると完全に意識を失っていることが分かった。
自慢のおかっぱ頭をバサバサと乱しても起きない。
完全にお眠の状態である証明だ。
涎をだらしなく垂らしている惨めな姿がそこにはあった。
「……これどうするんだよ」
スカイはあまり人通りの多い道を選んで歩いていないので、今いる道もなかなか人が通らない。
こんな時に限ってバランガの取り巻きたちもいないと来た。
「えー、俺が連れていくのか? 」
とても背負いたくない相手だが、無力化させた張本人としては無視するのもどうかと思ったのだ。
後日ボロボロのバランガが発見されたら、それはそれでまた自分に非難が集まりそうな気がした。
慣れてはいるが、理不尽な非難はムカつくので、それは未然に防がないといけない。
面倒くさいと再度愚痴をこぼしながら、スカイは同じく憎いと思っている相手を背負って帰ることにしたのだ。
「こいつ、やたらといい匂いがするな」
高級な香水に馴染みのないスカイは、やたらと甘い香りがするバランガの香りをかいだ。
そして顔を見ては身持ち悪いと顔を逸らして、またあまい香りに惹かれて顔を近づける。
何度か繰り返しているうちに保健室が見えてきた。
雑に保健室に投げ捨てたスカイは、後の始末を先生に任せた。
「あの香水どこで売ってんのかなー」
でも金がないので買えないか、と悲しく納得してスカイは刀型の杖をレメに返しに向かったのだった。
魔力弾の練度マイナスの影響について一部加筆




